第十一話:おまえら。もしかして、デキてる?
「えっ、澪ー! 久しぶり!」
「わーっ! 久しぶりーっ!」
七月に入り、いよいよ本格的な真夏が始まるという土曜日の昼下がり。
都心のビルの屋上にある、開放的なビアガーデンのワンフロアを貸し切って、小規模ながら高校の同窓会が開催された。
三十人から四十人くらいは集まるらしいこの会。
当然、拓巳が来るなら参加しないと決めていたけれど、今日まで参加者のリストに彼の名前はなかったので、安心して参加することにした。
「あ、先にお金回収しまーす!」
入り口付近では、幹事の藤崎くんが首にタオルを巻きながら、テキパキと会費の徴収をしている。
今回の開催は、杏奈が彼とのお酒の席での何気ない会話の中で「同窓会とかできたら嬉しいよね〜」とこぼした一言から実現したらしい。
彼はもうだいぶ杏奈のことが好きなんじゃないかと思っている。
ちなみにこの前、こっそりと「杏奈は藤崎くんのこと、どう思ってるの……!?」と本人に探りを入れてみた。
すると、「え? まあ、ノリが良くていい人だよね」と、表情ひとつ変えずにあっさり返された。
なぜか私がちょっと失恋した気分になった。
「暑っ……」
日差しが強すぎて、フロアの隅に設置された大きな業務用扇風機の近くで杏奈と涼んでいると、入り口に涼しげな姿が現れた。
グレージュのシンプルなTシャツを着こなした芦田くんだった。
ふと視線がぶつかったけれど、事前の打ち合わせ通り、お互いに見知らぬ同級生を装ってすっと目を逸らす。
(……昨日の夜から今日の朝まで、ずっと彼のベッドで一緒にいたんだけど)
今の他人行儀な態度と、昨晩の甘い記憶との凄まじいギャップに混乱して、頭がクラクラしてくる。
もう、なんなんだろう。私たちのこの関係は。
◇
「カンパーイ!」
盛大な掛け声とともに、同窓会が始まった。
卒業以来かも、というくらい久しぶりに顔を合わせる人もいて、純粋に再会が嬉しく、楽しい時間が流れていく。
しかし、久しぶりすぎるからこそ、悪気のないこんな質問も当然のように飛んでくるわけで。
「なあ! 河合とは続いてんの? そろそろ結婚すんの?」
ビール片手に、無邪気なテンションで尋ねてくる男子。
「あ、えーっと……別れたんだよね、最近」
「えっ!? マジ!? ずっと仲良かったのに、なんで!?」
心底残念がる反応に、気まずくて苦笑いする私。
「百パーセント、向こうの過失。はい、この話題は終わり!」
隣からスッと割って入った杏奈が、ピシャリと助け舟を出してくれる。
このくだりを、別々の人にすでに三回はやっている。
二回目の時、すぐ後ろのテーブルで別の人と談笑している芦田くんの背中があって、彼に聞こえるかもと、なぜか少し焦ってしまったけれど。
(まあ……彼も全部知っている話だし、別に気にしないか)
そう思い直した。
◇
会の途中で、フロアの端にあるビル屋内のトイレへと向かった。
個室から出て手を洗い、廊下へ出ると。
「……あ」
前から、同じくトイレに向かって歩いてくる芦田くんの姿があった。
参加者の誰かが近くにいるかもしれない。
私は軽く目で挨拶だけして通り過ぎようとした――その瞬間。
すれ違いざまに手首をガシッと掴まれ、強引に引き止められて小さく息を呑んだ。
「……えっ、どうしたの?」
周囲を警戒しながら彼を見上げると、彼は少し身をかがめ、私の耳元で小声で尋ねてきた。
「……カーディガンは?」
え?
「……ああ。鞄の中にあるけど……」
たしかに、昼前に彼の家を出る時は、今着ている黒のノースリーブワンピースの上に、アンサンブルの薄手のカーディガンを羽織っていた。
でも、昼間の屋上はあまりにも暑すぎて、着いてすぐに脱いで鞄にしまってしまった。
「……露出、多すぎじゃね?」
低く不機嫌な声。
たぶんわざとだろうけど、ひどく冷たい目で見下ろされて、背筋が思わずゾクッとしてしまう。
「え……そ、そうかな」
ダメなのだろうか。
真夏の屋外なら、ノースリーブくらい普通だと思っていたのだけど。
言い返す間もなく、彼の長くて細い指が、露わになった私の二の腕を、下から上へとなぞるようにスッと撫で上げた。
「…………っ!」
あまりのくすぐったさと色気に、思わず「ひゃっ」と変な声が出そうになる。
「……ちょ、ちょっと。誰か来るかもよ……!?」
ここは会場のすぐ裏手だ。
私は慌てて、彼の手に自分の手を重ねて必死に制止する。
しかし彼は、悪びれる様子もなく平然と言い放った。
「まあ、別にいいんじゃない」
(えっ!? いいの!?)
自分から『隠しておこう』って言ったくせに。
ていうか、誰かにこの距離感を見られたら、どう説明するの?
私たちの関係には……名前すらないのに。
『付き合ってないけど、毎週末一緒に寝てます』
――本当のことなんて、口が裂けても言えない。
心の中で激しくテンパり、彼の手を自分の腕から離そうとした、その瞬間だった。
コツ、コツ、と足音が近づく。
廊下の角を曲がってきた人影が急に現れ、私とバッチリ目が合った。
ピタリと、時が止まる。
私の驚いた顔を見て、芦田くんもゆっくりと背後を振り返る。
「……あ」
珍しく、芦田くんの口から間抜けな声が漏れた。
私の二の腕に、親密な手つきで触れたままの芦田くん。
恥じらいながら焦っている私。
そして、どう見ても『ただの同級生』ではない、二人の間に漂う甘ったるくて不穏な空気。
それらを瞬時に察して、角を曲がってきた人物――藤崎くんは、目を限界まで丸くして、呟いた。
「……おまえら。もしかして、デキてる?」




