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小説家志望の僕と──。  作者: ヘリック
嘘つきな君
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002

「おい、実、どうした?」

 教室に帰った僕は、よほど酷い顔をしていたのだろう。勇気が心配をしてきた。

 なんと優しい人物なのだろう、とは、出会った当初以降一度も思うことはなかったけれど、今日ばかりはナチュラルに優しいこの親対して、素直に感激してみるのも悪くないと思った。思ってしまった。

 やはり、僕の脳みそは少しやられてしまったらしい。

 回復の見こみはあるにはあるが、さすがに今すぐというわけではない。今すぐにでも回復できたら、僕の脳みそはやられていないということになる。パラドックスでもない。ただの常識だ。物理法則だ。

「……ちょっと麗にね」

 僕はこういう反応をすれば、親友が勝手に勘違いしれくれることを知っている。嫌な友だちだと思う。そんな手を使う僕がいい友達であるわけがない。しかしながら嘘をつかない辺り、僕は僕がまだマシだと思っている。

「ああ、なるほど」

 釣り餌に魚が引っかかったときのように──釣りは今まで一度もしたことがない──僕は手早く勘違いさせる要素を叩きこむ。

「また作品を叩かれたのか?」

「…………」

 沈黙による肯定。

「そりゃあ、そんな顔色にもなるわけだ」

 嘘ではない。このことが問われたときのことを考えて一度、僕の小説に対する罵倒もしてもらっていた。

 僕は決して被虐主義ではないけれど、親友謀るためならこれくらいはしなければならないというだけなのだ。

 というのも、鬼頭勇気は嘘を見抜ける。

 なんの予備動作もない完璧な嘘でも、一瞬で、感覚で看破することができる。

 端的な感想を言ってしまえば、恐ろしい。

 嘘が通じないというだけで人はここまで要注意人物になるのかと、僕は三年前に感心したものだ。

 言い忘れていたけれど、僕と勇気が出会ったのは中学校の入学式のことである。

 正確には入学説明会で出会ってはいたのだけれど、僕がお互いを認識した最初の日は入学式である。

 もっともらしいことをなにか特別なことのように話すのは僕の得意技中の得意技だけれど──むしろ唯一の取り柄と言っても過言ではないだろう──勇気との出会いだけは、僕の人生のなかでも特別な部類に入ってしまう。

 別に悲劇というわけじゃない。言ってしまえば、喜劇のような一日だった。

 僕と勇気の最初の喜劇。

 まあ、それは今となってはそう思えるだけの話であって、当時は本当に悲劇だと思っていた節のある僕だからこそ、今は喜劇と、勇気との出会いを特別なものだと思えているのかもしれない。

 勇気がどう思っているのかを訊いたことはないけれど、そう思っていてくれていると嬉しい。喜ばしい。

 さてさて、今回僕がついた嘘に対して──嘘ではなく、追求を避けるためにわざわざ用意した本当のことだけれど──説明をしなければならないだろう。

 嘘と本当──この場合は真実と呼んだほうがいい気がする。

 本当でもいいかもしれないが、語感のよさと言葉のカッコよさは明らかに「真実」のほうが勝っている。別に「本当」がカッコ悪いというわけでは決してないということを勘違いしないでほしい。あくまでも比較してのことだ。

 比較したらカッコ悪いってことじゃないか。

 なんて反論がくる可能性を考慮しないわけがない僕なのでしっかりちゃっかり、反論の反論──すなわち正論を持ってきた。

 いや、正論とは限らない。

 嘘の嘘が決して真実ではないように、反論の反論もまた正論ではないのだ。

 正論と言っても正しい論理──議論だったか。まあ、どちらでもいい──という意味ではあるがそれ以外の意味は生憎持っていない。

 つまり、正論は正しさしか持っていない。困っている人を助けるのは立派な正義だけれど、しかしながら正論には人を助けることはできない。

 これは言葉では人は救えないということを表しているわけではないと予め、されるかもしれない反論に備えて言っておこう。

 言っておくだけである。別にこれを議論しあおうなどと言っているわけではない。僕は争うのが嫌いなのだ。

 話を一段階戻そう──話を二段階戻し、本題に戻そうとしないのは僕の僕たるゆえんだ──と思う。

 反論の反論が正論かはともかくとして、僕が用意したのは正論ではない。

 むしろ詭弁の域に近いものだ。

 だからつまらなければ聞き逃してくれても構わない。聞きたくなったら聞きに来ればいいだけのことなのだ。

 そうページをめくって戻してくれ。

 それがこの世界における唯一の時間の巻き戻す方法と言える。まあ、そんなことはどうでもいい。

 もうここに残っているのは僕の詭弁を聞いてもいい者ということにしておこう。

 では、こほんこほん。

 比較したらカッコ悪くなる、というのは当たり前のことである。

 それは「本当」のことだけを言っているわけではない。

 この世にあるすべてのものは比較されれば悪くなる。カッコ悪くなる。

 例え「神」でも「悪魔」と比べてしまえば、その評価は絶対のものと言えなくなる。

 この世界に絶対なものが存在しないなんて話をしているわけじゃない。だけど、比較されて揺るがないものなど、この世にあるはずがないのだ。

 本題から派生した読むことすら無駄になるような僕の話を聞いてくれて感謝する。

 僕が感謝を述べるということ自体、珍しいことこの上ないので、ありがたく受け取ってくれると、僕もありがたくなる。感謝は述べないという話をしてすぐ感謝をするとはどういうことなのだ。そんな声が聞こえてきそうだ。

 だがよく考えてみてほしい。僕は今、感謝を「述べた」のか。それとも思っただけなのか。

 この違いがわかる人間なんてそうそういないだろう。

 しかしながら、僕はこの章の最初のほうに言ったはずである。はずというか、僕的な感覚からしては、まだ一時間も経っていない。

 一時間以上経っていたら僕は、僕たち──この場合は僕と麗のこと──はホームルームに遅れている。遅れまくっている。遅れることは悪いことだと知っているが、まだ来ないよりかは幾分かマシである。

 だけど、さすがに三年生になった初日から遅刻をしたのはいけなかった。

 クラス替えがあったのを忘れていたのだ。

 別に僕は孤立しても大丈夫な人間だから、新しいクラスに馴染めないかどうかは関係ないのだけれど、さすがに三年連続で勇気と同じクラスの可能性は考えてはいなかったのだ。

 小学校のときは六年間あったから、三年連続などは普通に行われていた、実際僕は六年間同じクラスだった男子がいた。女子じゃないのが、僕らしい微妙な運の悪さだった。

 まるで三年連続で勇気と同じクラスが嫌だという感じに言ってしまったが、残念ながら、その通りである。

 別に勇気のことはいいのだ。

 勇気はいいやつで、ここまで精神の腐っている僕を親友として扱ってくれるのだから、これからの人生、すべて勇気のために使っていいレベルで感謝している。

 いや、嘘だ。そこまでは感謝していない。せめて、僕がやれることしては、僕が小説家になった暁の賞金を全部、譲渡していいレベルまでだ。

 そこまででもちょっと十分すぎるほどだとも思うが、僕にとってそれくらい勇気は大切な存在なのである。

 言うならば、家族だ。

 しかし、ここで疑問が湧き出てくるだろう。

 僕がどうして三年連続で同じクラスなることを忌避したのか。というものだ。

 確かに理由はまったくと言っていいほど、見当たらない。

 そうつまり、直接的要因は勇気にはないのだ。

 もともと僕は勇気に非があるなんて発言は一回もしていない。

 僕は親友を軽んじるのと同時に大事にも思っているのだ。

 先ほど、勇気に直接的要因はないと言ったが、それは逆説的に、別の言葉を浮かび上がらせるのだ。

 僕としてはここに至るまでにもう一クッション挟みたいところだけれど、さすがに怒られてしまう。

 まだ二章の半分の半分も書いていないのだ。語れていないのだ。早くしないと読者にこの本を閉じられてしまう。

 僕は後悔させなければならないのだ。

 この本をここに至る前に閉じてしまった、諦めてしまった人たちを悔しがらせるようなハッピーエンドを見せなければならないのだ。

 ハッピーエンドというネタバレもしてしまったけれど、これくらいはネタバレにもならない。伏線がどれなのかを漏らさない限り、僕たちの物語を読んでくれると信じている。

 結果、僕たちが叩かれても構わない。その叩きすら愛だと受け止める覚悟なら、もうできているから。

 直接的要因はなくとも間接的要因ならある。

 唐突な思考転換で申し訳ないけれど──別に、申し訳ないとは思っていない。そんな本音は伏せておこう──つまるところ、そういうことなのだ。

 勇気には直接的要因はない。

 しかし、間接的要因ならある。

 それはまあ、数え切れないというレベルではないにせよ、数えるのを憂鬱にさせるほどの量がである。

 いつだって親友ななんらかの事件すべてに絡んできた。

 巻きこまれたこともある。親友ならではというか常に一緒に行動していると言うだけで誘拐されたこともあった。されかけたのではなく、されたのだ。

 まあ、今となってはいい思い出に……なってはいないけれど、僕一人では決してそんなことにはならなかったことをふまえると、得難い経験であったことだけは間違いない。

 これが得難い経験ではない親友の目の前で語るのは少々喜劇みたいなものだが──僕が語るとすべて嘘っぽく、喜劇っぽくなってしまう。正直、なんとかしないとなとは思っている──それはしかたのないことと言えた。

 間接的に関わっていない人間なんてこの世にはいない。

 そんな言葉を以前どこかで聞いた覚えがある。

 聞いたのか読んだのか僕の記憶が定かではないためわからないけれど、少なくとも、この言葉を僕は知っている。

 知っているからといってなんなんだという話なのだけれど、この言葉を今回僕は否定せずに、大手を振って迎え入れようと思う。

 否定する要素がない。

 まあ、僕が見つけられていないというだけのことかもしれないが……。

 この言葉は少なくとも、僕の琴線には触れたのだ。

 何様のつもりだ。

 そんな感じの言葉が聞こえてきそうだ。

 僕はこの物語の語り部だよ。司会者だよ。司会進行役だよ。

 話を戻すけれど──結局のところ話は戻っていない。未だに逸れている──僕を参考にすれば、先ほどの言葉の意味はすぐに納得できた。

 僕は誘拐されている。

 それも僕とは一切関係のないことで、僕は一方的な被害者なのだ。

 しかし、僕が単なる被害者かと言えば、なにも関係のない一般市民だったのかと言えば、僕は残念ながら首を振らざるを得ないだろう。

 件の誘拐に関して言えば、終局的に、勇気も関係がほとんどないのだ。

 金目当てでさえなかった誘拐犯の目的はこの学校の教師への復讐だったらしい。

 正直に言って、安心した。

 もっともらしい理由で、安心した。

 この世のどんな犯罪の理由でも復讐以上に安心安全な理由もないだろう。

 とも言えなくなってきたのは最近のことである。復讐だからって、自分に関係のないことだと思っていれば、痛い目を見る。そう、僕のように。

 この学校の教師に復讐する方法に誘拐犯──このときは誘拐してなかったのだから復讐者のほうがいいだろう。言い直すのが面倒なのでこのままで行く。そっちのほうが読者わかりやすいだろうから──が選んだのは、生徒の誰かを誘拐することだった。

 この場合、適当に生徒誰かを通学中に誘拐すればいいだけの話じゃないかと思うかもしれない。

 しかし、誘拐犯は知能が低かった。馬鹿にしている。そもそも罪を犯す時点で賢いはずがない。賢かったらびっくりだ。

 誘拐犯は極論に行き着いたらしい。

 学校を相手取るならば、ただの生徒じゃなく、トップ狙うべきだ、と。

 画して生徒会長と生徒会長と一緒に下校していた僕は誘拐された。誘拐犯、今度刑務所から出てきたら殴る。絶対殴る。

 生徒会長と言えば、勇気の任期が今月までだったな。今度なにかサプライズでも用意しておこう。クラス全員でパーティーでも開くか。資金面は僕が、あとできれば師匠にもお願いしておこう。

 親友がこの学校における役割を果たしたのだとすれば祝わないわけがない。僕は勇気の一番の親友なのだから。

 盛大なパーティーにしよう。勇気の喜んだ顔が目に浮かぶ。

 僕が、とても大切で一生を捧げてもいいほどとさえ思える親友と同じクラスになったことに喜びこそせず憂鬱な気持ちになったのは、端的に言って「鬼頭勇気ファンクラブ」が原因である。

 それ以外が原因などありえない。こればかりは僕の命を賭けてもいい。

 僕を一方的に敵視してくるその姿勢にはほとほと呆れてくるし、そもそも僕は「ファンクラブ」──あいつらの怨敵でもなんでもない。

 僕はただの中学生である。

 少し性格がねじ曲がっているだけであって、勇気の親友としては申し分ないはずである。

 そもそも親友である僕に嫉妬して、僕のことを敵視してくるのであればそれはお門違いというものだ。

 僕を親友にしたのは僕じゃない。君たち──ファンクラブ──が心酔しているその鬼頭勇気なのだから。

 最初に僕に話しかけてきたのは勇気のほうであるし、それからも僕にまとわりついてきているのは勇気である。

 まあ、今年は絶大的な転入生、香月麗と被害を分担しているので、昨年と一昨年よりかはだいぶマシである。

 転入早々ファンクラブに目をつけられる麗にも同情の気持ちがないでもないが、彼女がしようとしていることを思えば、当然のことと言えた。

 僕の負担が軽減したのは事実なので、今さら、一人に戻ろうなんて思わない。

 一緒に地獄に落ちよう。

 さて、今回紹介しなければならない鬼頭勇気のプロフィールとあとそれにまつわる事件と、勇気とはまったく関係のない──ああ、関係ないことなどないのだった。発言者が自分の発言を忘れてはいけないな。ちょっと反省。ちっともしてないけど──話をし終わった。

 では、この物語を次の段階に進めよう。僕としても今この瞬間が永遠に続いてほしいとは思う。

 けれど、僕は進めなければならない。司会者として、この物語の語り部として、僕は語らなければならない。

「まったく、いつも通り辛口だったよ」

 というわけで次の議題は会話の続きである。

 続きというかそもそも始まってすらいないのだ。

 言い忘れていたことを今まで言っただけなのであって、未だに僕が被虐趣味ではないことの弁明、釈明をしていない。僕たちがそんな会話をしていたこと自体を忘れていた可能性も大だけれど、君たち──君たち。この本を読んでくれている君たちのことだ──はすぐに思い出せるではないか。

 僕たちのように記憶に頼るのではなく、時間をほんの十秒未満戻すだけで、当時の僕たちを、今の自分のように見ることができる。いや、読むことができる。

 もう、メタフィクションがなんだと言っている場合ではない。もう僕はそんなしがらみからは解き放たれた。

 君たちの回想も済んだことだろう。僕も語らなければならない。

 釈明開始だ。

 僕は半年前から、彼女に小説を読んでもらっている。

 もちろん、勇気にも読んでもらっているけれど、僕の書く速度──一週間に三冊分──についていけないようで未だに僕が最初に渡した作品集すら読み終わっていない。

 そう考えると僕の書いた最新の作品を書いたらすぐに読んでくれ、あまつさえ、その次に書いた作品を渡したときにはもうすでに読み終わっているのだからすごい。

 いや、それに加え、彼女は本を月に三十冊は読んでいるのだ。僕が速筆である以上に、彼女の読むスピードが、速読であることがすごい。すごすぎる。

 小説家志望としてはあるまじき語彙の少なさだと思うけれど、僕には「すごい」しか、言葉に表すことはできなかった。

 その麗すごさに関して、さらに追加での情報与えるとしたら、僕の脳みそではたった一つしか思いつかない。

 僕の脳みそ体たらくさ──いや、それは僕か──はこの際、一つでも思いついたということで目をつぶってもらいたい。目をつぶるというか、目をそらして、そらし続けてほしいくらいである。

 実際の麗のすごさは、速読術よりも、その作品を文章までは覚えていなくても──覚えていたらそれはそれですごいことになる。おそらく彼女は国の管理下に置かれ、その生態を一生涯研究されることになるだろう。僕にしては珍しく、かわいそうと思ってしまったくらいだ。まあ、そんなことにはならないだろう──作品の内容程度ならば、覚えていることにあるだろう。

 厳密に確認したことはないけれど、少なくとも、半年前に読んだ僕の作品を覚えていたことは確かだ。

 それをどうやって確認したかってことは大して重要性の高いものではないので、本当に知りたい人だけあとで教えてあげよう──つまるところ教えることは絶対にないということである──。僕は教えても別にいいのだけれど……。

「指摘は全部、的確なのに、口が悪かった救えないよね」

 実際暴露してしまうと、確認方法は至って簡単。

 メタい発言なら余裕でできるこの小説でも表現できないほどの、罵詈雑言。

 あの丁寧な口調から放たれる罵倒の言葉はおそらく被虐趣味の方々でも──違う。僕は被虐趣味じゃない。作品のできが知りたいだけなんだ──引いてしまいそうなレベルだと思う。

 麗曰く、小説を批評するときだけは本来の口の悪さを隠せないらしい。

 それはつまり、彼女の本来の姿はあの悪逆非道な性格や言葉遣いのほうであって、僕たちが常日頃見ているのは偽りの姿というわけだ。

──別に偽りというわけではないですよ。この口調も──性格も、またわたしそのものです。

 彼女がそんなことを言っていたのを思い出した。

 その言葉に納得した当時の自分に多大なる突っこみを入れたい。突っこむどころか、殴り飛ばしたいくらいだ。

 まあ、そんなことは結局、空虚な妄想にすぎない。僕は時間を戻すことできないし、時間を止めることもできない。時間の進む速度を限りなく止まっているに近い状況にすることは容易だけれど、時間は決して止まらない。

「まあ、そう言ってやるな。麗がそれだけ真剣に取り組んでくれているってことだろ?」

 まあ、そうなんだけれど。あんな罵倒を浴びせかけられれば、誰だって文句の一つでも言いたくなる。文句を言いたいのは麗ほうかもしれないが。

 僕は基本的に悪口は言わない。陰口も言わない。

 僕は人の悪口を言えるほど立派な人間ではないし、僕ごときに悪口を言われることが、性格のねじ曲がった人間に同類として扱われてしまうのは、相手にとって屈辱的すぎる。

 僕は決して被虐趣味ではないが、加虐趣味でもない。僕はなにもできない人間なのだ。

 まあ、なにもできないわけでは実際ないのだけれど、少なくとも僕は小説を書ける。それくらいのことが僕のできる精一杯だ。

 そう言えば、一章で描写していなかったから勘違いをされているかもしれない。

 僕は一人暮らしをしているけれど、部屋は片づいている。

 僕が一人暮らしと聞いて、汚い部屋を想像していたかもしれないが、清潔な部屋である。

 別に潔癖症というわけではないけれど、毎日掃除している。洗濯もしている。炊事もしている。全部家事の一言でまとめていいとは思うが、まあ、一概に家事と言っても僕がほとんど適当にやっているとは思われたくない──別に思ってもらっても構わない──のだ。

 いくらワンルームとは言っても、家賃はそこまで安くない。

 現金に関して言えば、両親の遺産──遺産という表現で正しいのかはわからない。まあ、正しいのだろう──があるから少なくとも僕が成人するまでは大丈夫だろう。

 でも、両親が僕のために残してくれたお金をそうもぱんぱん使うわけにもいかない。

 よく勘違いされるのだけれど、僕は性格はねじ曲がっていても、感情はねじ曲がっていない。

 感情がねじ曲がっているとか、もうすでにそれは人間とは呼べない。

 いや、呼べることは呼べるのだ。種族上の人間として。

 それは世界に定義されているのだから、例え僕以上に精神が腐っていても人間であることは変わらないのだ。

 僕が人間であるように、すべての人間は人間であるべきなのだ。

 そんなことはどうでもいい。どうでもよくないけれど、今現在この話の流れからして関係がない。

 どうでもよくないので、感情がねじ曲がっている人間が本当に人間なのかの問題解決は三章にするとしよう──三章で語るとは言ったものの、それは僕が覚えていたらの話であって、僕の記憶力から考えると(考えなくてもわかるけれど)ほぼ確定で覚えていないだろう──。

 言わば、それが僕であると言ってもいい。

 僕の性質であると言ってもいい。

 都合の悪いことは忘れる。

 都合のいいことも忘れる。

 ことごとく興味のあること以外のすべてを忘れる。忘れてしまう。

 別にそれが悪いことだとは思っていない。かといっていいことだとも思っていない。悪いことかどうかに関していえば、僕ごときに一人の意見でどうにでもならない。

 しかし、いいことかどうかに関していえば、君たちもよくはないと即座に答えるだろう。それが僕の性質の正体だと僕も思う。

 …………なんでこうなった。

 僕は好感度を上げるつもりでこの話を切り出したはずだ。

 僕はささやかながら働いて両親の遺したものを使わないようにしているのだという美しくも切ないいい話にしてこの二節を締めようとしていたのに……。

 僕はなにも悪いことをしていない。むしろいいことをしているはずなのになんでここまで株価が下がっていかなければならないんだ。

 もともとゼロだったという可能性をガン無視した。もう、空に飛んでいるがんのように無視した。癌は無視できないけれど、ガン無視はする。なんかうまく言葉で遊んだ感じにしたみたが、なかなかにうまくいかない。

 うまくいったらそれこそ奇跡である。

 まあ、小説はすべて偶然の産物であると言うし──そうだったら、小説はすべて必然の産物と言ってもいいんじゃないか? もともと偶然と必然は同じものなのだから──うまくいくもいかないも、どちらにしろ神にでも任せるしかないな。

 かといって努力をしないのは間違いだと僕は知っている。

 僕は今まで何回も努力をしないことを選択してきたから、僕は努力の価値を知っている。努力しない者には幸運も、奇跡も、偶然も、必然も、当然も、なにもない。なにも手に入ることはない。

 とにかく、僕の人間性や信念は横に置いておこう。横に置いておくことで本題に無理矢理にでも路線を戻そう。

「それだけは、僕は彼女に感謝しなければならないんだよね」

「そうだな。お前は麗に感謝しなければならない。お前の被虐趣味を満たしてくれるんだから」

 それは違う。

「僕の趣味について今度じっくり語りあわなければならないようだけれど、今度お礼は言っておくよ。そのために一本小説を書いてもいいくらいだ」

 本当にそう思ってはいたのだけれど、このタイミングで言ったせいでひどく嘘っぽくなってしまった。嘘ではない。本気を出せば、一日で終わる。

「そうか、頑張れよ」

 そう他人事のように言われたら、頑張りたくても頑張る気が失せる。まあ、失せないけど。

「うん、頑張るよ」

 こう言っておけば、勇気も応援したかいがあったと思ってくれるはずだ。本当に応援していたかは関係ない。言葉にしてくれたことが大切なのだ。

 思いは、言葉にしなければ絶対に伝わらない。僕のように黙って考えているだけではまったくと言っていいほど、伝わらない。

 ふと、この場を立ち去ろうとしていた勇気が止まって、思い出したかのようにこう言った。

「ああ、そうだ。俺はお前に相談したいことがあるんだった」

 そんなこんなで、今日も一日が終わる。一日の終わりはいつだってあっさりとしたものなのだ。

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