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「前も言った通りです。
「わたしは文章が苦手です。
「国語が苦手でした。
「いえ、現在進行形で苦手なのですから、過去形にするのは間違いですね。
「文章が苦手。
「いえ、正確には、わたしはわたしのの思いを言葉にすることが苦手なのです。
「思いを言葉にする。
「わたしがこれからやろうとしている告白も、言うなればそういうことなのです。
「自分の思いを──想いを言葉にして、伝える。
「相手が勇気さんということで、わたしの緊張具合も頂点に足するでしょう。
「そうなった場合、味気ないどころの話では済まなくなります。
「味気ない。
「わたしは先ほど、そう言いましたが、残念ながらその言葉はわたしの真意ではありません。
「わたしは常に、代用案を用意しているのです。
「間違ってしまったときは思考が回らないから。
「これは人間すべてに当てはまることかもしれませんが、一応、言っておかなければならないでしょうね。
「人間は、いざというときになるほど、なにもできなくなる。
「臨機応変な対応ができなくなる。
「自分の理解の及ばないものに、思考がストップしてしまうのでしょう。
「考えることをやめるのではなく、考えられなくなるのです。
「ドントではなく、キャントになるのです。
「誰にも責めることはできません。
「それは人間すべてに当てはまることなのですから。
「当てはまると言っても、わたしの場合はいささか過剰ですけれど。
「端的に言えば、簡潔に言えば、予想外のことに弱いのです。
「予想外。
「予想を立てるのは、あなたより劣っていると自覚していますが、それでも、わたしの性格的に、性質的に、予想に頼ってしまうのです。
「しかしながら、予想は予想。
「外れることもあるのです。
「実さんのような精度ではないのです。
「考えるのが得意なあなたとは、わたしは全然違うのです。
「それはもうすでに、大差に至っています。
「もしかしたら、これからわたしが言おうとしていることすらも予想してるのかもしれませんね。
「すごく、図星な顔してますね。
「だったらいいでしょう。
「できるだけ、本題にいかないであげますよ。
「答え合わせはまだしてあげません。
「意地悪なことをしているわけじゃあありません。
「わたしよりも精度が高い予想を立てるあなたに、嫉妬しているだけなんです。
「いえ、嫉妬ではないですね。
「これは強いて言えば、羨ましいという感情でしょうか。
「わたしも羨むことくらいはするんですよ。
「だから、あなたの文章力も羨んでいます。
「わたしにとってあなたは、勇気さんとは違う意味で特別なのです。
「羨望の眼差しを向ける気はありませんけれど、それでも態度の節々から、伝わるはずですよ。
「わたしの嫉妬に至らないギリギリのところで抑えている感情が。
「特に最近あなたに無茶ぶりをさせることがありますが、その原因も、羨みですね。
「すみません、嘘つきました。
「あなたからは、許されざる行為を受けたのでした。
「この恨みは、もしかしたら、羨みを上回るかもしれません。
「すごく不可解そうですね。
「わからないというオーラが、体中から滲み出てますよ。
「雑巾のように絞っても、まだまだ出てきそうなくらいですね。
「あなたが覚えていないのも無理ありません。
「大体のいじめ等の事件や、案件は、加害者側は覚えていないものです。
「あなたの記憶力だと、もっと覚えていないのでしょうが。
「それに、こういうのは被害者側のほうが、覚えていたりするものなのですよ。
「いえ、わたしだけが被害者だと、うそぶくつもりはありません。
「人間は、被害者にも加害者にもなりうるのです。
「一回被害者になったからと言って、これから先、加害者にならない保証はどこにもないのです。
「むしろ、被害者のほうが、加害者になる確率のほうが高いですね。
「まあ、今回の案件にはまったく関係のないことなのですけれど。
「話を数行、戻しましょう。
「わたしが一方的な被害者ではない。
「その可能性を明文化した場合、そんな言葉になるのです。そんな可能性が浮かび上がるのです。
「いえ、可能性だけなら無限にあります。
「わたしが被害者ではない、という可能性。
「わたしが以前、加害者だったという可能性。
「そんなものまでが可能性としてなら、存在できている。
「運よく。
「運悪く。
「あなたが覚えていないのに、わたしだけ覚えている、なんてことは絶対にありません。
「ありえません。
「ありえてはならないのです。
「わたしは特別な存在じゃあないのです。
「わたしは至って普通の中学三年生。
「体の成長が遅いのがコンプレックスな、特殊な生まれの普通な中学三年生なのです。
「まあ、その特殊も、わたしからしてみれば、邪魔以外のなにものでもない。
「勇気さんとの出会いのきっかけにはなりましたが、今までそれ以上の被害にあっているので、相殺してもしきれません。
「しかしながら、わたしは父を恨む気にはなっていません。今まで一度も、なっていません。
「不思議です。
「自分自身の感情がわからないのは、致命的な気もしますけれど。
「それでもわたしにはわたしの感情がわかりません。
「でも、父に対する感情のなかでも、一つだけ確かなことがあるのです。
「わたしは父を愛しています。
「家族として。
「小説家、香月一を愛しているのです。
「だから、父のことが原因で嫌な想いをしても、父を嫌いになることはなかったのです。
「わたしは父を尊敬しているのです。
「それはあなたもですよね。実さん?
「わたしたちは、小説家、香月一のもとに集まったとも言えます。
「田中実。
「鬼頭勇気。
「香月麗。
「この三人は、二人で出会うことはあっても、三人揃うことはないのです。
「わたしたちは、父がいたから、出会えた。
「別に、それで父に対する感謝が増えるということはありません。
「それでも、小説家である父がいなければ、わたしたちが出会うことがなかったということだけは確信できます。
「だから、小説なのです。
「保険という意味合いこそ、多分に含まれていますが、わたしは小説で想いを伝えたい。
「勇気さんは恐ろしく、読むのが遅いですけれど。
「逆に言えば、それは勇気さんはこの三人の誰よりも、物語を理解しようとしているということなのです。
「勇気さんに理解してほしい。
「わたしの想いを理解してほしい。
「ただ純粋に、そう思ったのです。
「しかしながら、わたしには文章力がありません。
「小説を作る力もありません。
「でも、救世主はいたのです。
「わたしの一番近くに。
「文章の天才が。
「一次の悪魔が。
「あなたがいたのです。
「だから、わたしはあなたに頼ることにしました。全幅の信頼おいている親友に頼ることにしました。
「どうか、お願いします。
「わたしに小説の書き方を教えてください。
「想いの伝え方を教えてください。
十月三十一日。
この世界に一組のカップルが増えた。
三章終了




