004
彼女の口から発せられた思いは僕を丸一日何も考えられなくするに足るものだった。
僕は思考が命の人間だ。
思考以外ほとんどなにもしていないに等しい。
いや、そこまではないかもしれないけれど、考えを言葉にすることを日常ではまったくもってやっていないので、そんな解釈でもあまり間違っているとは言えないところだ。
僕は思えば、思い返せば、考えを言葉にするのが昔から苦手だったのかもしれない。
違う。
言葉にするのが苦手なのではなく、文字にするのが苦手だったのだ。
僕はこの通り人見知りだ。コミュ障ではない。人見知りだ。今現在のクラスメイトとも良好な関係を築いていると言っても過言ではない。
最低で半年、最高で八年半も一緒なのだ。打ち解けているに等しい。未だに勇気と麗以外には小説を書いていることを伝えられないでいるけれど、
まあ、大した問題ではないだろう。たぶん大した問題だけど。
そんなこんなで翌日だ。
最終章はトップスピードで行く。僕がそうしてみせる。
最終章はほぼ会話がメイン──今のところは──なのだ。
僕みたいに地の文で異常なまでの存在感を発揮しているやつが、やからがいるから物語の進行が遅くなる。
この物語だって、実際に数えてみると物語の数が異常に少ない。
もはや、僕の思考がメインになりかけているほどだ。いや、メインは会話だ、物語だ。という心のなかだけで発した突っこみはいつも虚しく消えていく。
悲しくはないけれど、もの悲しくはなるのかもしれない。寂しくはなるのかもしれない。
僕の心に関することで新たな発見があるのもこの物語のいいところではないだろうか。
というか、そんなことをしているから思考だらけになっていってしまってるのだ。
「わたしに小説の書き方を教えてください」
わたしに協力してください。
早朝、屋上前階段にて。
階段にて、秘密の会談。もしかしたら怪談噺かも。
そんなダジャレはもう聞き飽きたとは思うけれど、まだ暑いからな。空気を冷やしておこうと思ったわけだ。
親切だ。心は親切だが、行動は単なる迷惑である。もはや空気は冷たいを通り越して凍っている。
「うん、いいよ」
二つ返事で承諾した。
まるっきり無茶なことをさせようとしているけれど、小説の書き方を教えるくらいわけもない。今まで、だてに師匠に教えてもらっていたわけではないのだ。
要するに師匠の教えを僕仕様にして麗に渡すだけだ。
そこまで無茶なことではない。
「ありがとうございます」
なあにそこまでじゃないさ。
そんなことを言おうと麗のほうを見ると……。
綺麗な九十度だった。
さすがは名家香月家から輩出されたベストセラー作家の娘。
礼儀作法は完璧である。
ちなみにこの状態は小説読了状態ではないため、暴言は吐いてこない。毒は吐いてこない。
「うん、いいよ。いいんだけれど、せめてなんで小説の書き方を教えてほしいというお願いが、昨日の話に繋がるのかを教えてくれるかい?」
昨日は説明を余すことなくすると言っていたのに。
そんな言葉を口に出して、気が変わったりしても困るので──僕が麗の相談を受けるのはこのことが初めてなのである──今回は大きな突っこみポイントを見逃すことにした。見逃すというか見て見ぬふりだ。
「わかりました」
なんとなくだけれど、小説を書きたいことと相談事との関係は掴んでいたけれど、答え合わせもしないで知った気になって、結局のところ勘違いをしていたというのは小説でも、そして現実でもよくあることなのだ。
特に僕と勇気との間にはそれが多いかもしれない。まあ、それも当たり前のことなのだ。お互いがお互いを勘違いさせるように会話を運んでいるのだから。
お前らそれでも親友か?
以前、担任教師からかけられた言葉だ。いや、クラスメイトだったかもしれない。もしかしたらこの目の前にいる少女に言われたのかもしれない。よく覚えていないな。
それこそ当たり前である。
覚えているはずがない。覚えていてはならないのだ。僕たちの物語に余計な人間は必要ない。存在しているだけでちょうどいい。クラスメイトもファンクラブも担任教師も、そして師匠も、今回に限って言えば、登場しないほうがいいのだ。会話文すらで出ないほうがいいのだ。僕たちの物語は、香月麗と鬼頭勇気の恋物語は三人だけで十分だ。
ここで自分がいなくてもこの物語は順当に進んでいたかもしれない、そんな甘い考えはもう、持っていない。昔は持っていたが、さすがにもう、自分がこの物語においてただの語り部という立場では収まりきれていないことは、もう十分にわかった。わかってしまった。
言うなれば、キューピッド、といったところか。
恋のキューピッド、といったところか。
僕がそんな役割を果たせる人間だったとは、まったくもって思いもしてしなかった。
まあ、極端な話、どんな役割でも環境次第では果たせてしまうものだ。いや、一応ながら補足しておくけれど、どんな役割の範囲内は、自分のスペックのなせる範囲内という意味である。
僕のスペックのなせる範囲内。
笑えてしまうほど狭いものだけれど、そのなかに恋のキューピッドが入っていたのは、僕としても、いや、君たちでさえも驚きだっただろう。だって、考えるだけでほぼなんの利益も与えない人間が、むしろ害すら及ぼしているとすら言える僕が、こんな大役をいただけるなんて。主人公とヒロインの橋渡し、恋のキューピッドという大役を与えられるなんて。
まあ、僕は与えられた仕事は、完璧にやってみせる人間であろうと思っているため、今回の役割も完璧にやってやろうじゃあないか。ちょっと強気な発言になってしまった。僕が完璧にできるはずなどあるはずないのだ。いやいかん、暗くなってしまってはいけない。できることもできなくなってしまう。
僕は麗の言葉に耳を貸す。
「わたしが選んだ告白方法は直接告白するというテンプレートなものでした」
そりゃあ、テンプレートだけれど、恋愛小説内では最も簡単でそして最もハラハラさせる重要極まりないシーンなのだ。むしろ直接告白しないほうが少数派であるとさえ言える。
たしか麗は恋愛小説を参考にしたと言っていたけれど、それもおそらく直接告白するタイプのものだったと見る。見ると言っても推測したというわけではなく、ただ高確率のほうに賭けただけだ。
告白しないほうが稀ではあるが、逆転の発想で言えば、稀だが「ある」ということになる。あるならば彼女が低確率を引く可能性はあると見ている。
いや、麗の性質から推測し直すと、確率を推測し直すと、むしろこちらのほうが確率が高くなってしまっている。
だから、彼女が選んだのが直接の告白だということを聞いたとき、正直びっくりした。
いや、そもそも彼女が特別な方法を取ると思っていたことが間違いだったのだろう。
彼女は特別だ。
生まれながらに、十字架を背負った哀しき少女。
そんな運命にあるのならば、より普通のほうを選んでしまうのではないだろうか?
当たり前な恋愛。
中学生としてはませすぎている気もするけれど、この世界においてそれは大した問題にはならない。
この世界には異常な中学生が多いのだ。
いや、多くはない。全体の人口からみると決して異常がはびこっているわけじゃあない。そうなのだけれど、この物語においては、その限りではなくなってしまう。
三人しか登場人物がいないのだから。
精神が腐っている中学生。
情報を持ちすぎな中学生。
十字架を背負った中学生。
この物語は結局、この三人が幸せになる物語なのかもしれない。まあ、一番最初の中学生に関して言えば、幸せになれるのか不安になってくるけれど……。
ともかく、彼女は普通に憧れていると言ったところか。
「普通」に憧れている。
僕が「特別」に憧れているように、彼女もまた「普通」に憧れているのだろう。
僕の単なる憧れよりも、彼女のもののほうがはるかに崇高なものだ。
一般人の言葉とは重みが違う。
さすが、特別な人間だ。
そんなことを言ったら、彼女はどんな顔をするのだろう?
少なくとも、睨んでくるのは間違いない。もしかしたら、罵詈雑言叩きつけてくるかもしれない。そうなったら僕の心は粉砕されてしまう。
「しかし、それだけというのもまた味気がありません」
味気ない。
告白はそもそも味気があるものだったのか。
僕の知る限りにおいては、告白とはドキドキと喜び、もしくは悲しさしかない。
しかしながら、それは僕の勘違いだったのかもしれない。
いや、僕が勘違いしているのではないとしたら。
考えろ、田中実。
昨日、麗はなんと言っていた?
さっき、麗はなんと言っていた?
考えろ。
僕の勘ではあるけれど、もう素材は揃っているのだ。
それならば、あとは組み立てるだけだ。
そこまで難しいことじゃない。少し考えれば済む話だ。済んでしまう程度のものなのだ。
僕は考える。
それしかできないから。
僕は考える。
直接訊くなんて馬鹿らしいことをしたくないから。
……一つ目はともかくとして、二つ目はただのプライドを守るためだけじゃないか。少しも麗のことを考えていない。考えると言いながら、まったく考えていない。
けれど、このままでいいとさえ、思ってしまう自分がいる。まあ、確かにその通りだと思う。そうしなければ、物語が破綻していた可能性が高いのだ。あるだけなのではない。高いのだ。ないわけでも、低いわけでもない。可能性が高いのだ。
この物語は度々、可能性について言及を繰り返してきた。それを伏線として扱うならば、今この状況は、僕が望んでいたことだったのかもしれない。もちろん、ただの気分でこの状況にしているという可能性もある──ぶっちゃけると、こちらの可能性のほうが高い──のだけれど。というか、どうして僕は自分の望んでいることすらわからないのだろう。いや、わかるはずだ。わからないはずがない。わからなかったらただの馬鹿である。
考える。
そう、僕は考える。
今度こそ麗のことを──もう自分のためと割り切ろう。これもまた気分の問題である。誰にも解けない。僕の、僕だけの気分の問題である──考えよう。
そうすれば、絶対に解答は得られるはずなのだ。
絶対なのか、はずなのか。
そんなことを気にしている場合ではないけれど、今回ばかりは本当に気に停めない。
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
いや、もうその必要はまったくと言っていいほど、なくなった。亡くなった。
明らかに長時間考えたふうに描写してしまったけれど、実際、ほとんど考えていない。考えを考える前に持たないで、そんな発言はしない。
僕は──意外だろうけれど──優秀なのだ。もちろんそれは考えるという最も原始的な人間が人間たるゆえんとまで言われている能力なのだから、優秀なだけでは誇れることでもなんでもないのだ。
考えるのが上手くたって、早くたって、役に立つことは少ない。僕にはいわゆる推理力というものが欠如しているのだ。
いや、欠如は言いすぎだな。せめて推理力が弱い、鈍い程度なのだろう。ないということはないというのは今、説明した。行動をもって説明した。
僕は思考を終了した。
別に、タイムアップが来たとか、考えてもわからなかったわけではない。しっかりわかった。麗の言葉の意味を理解した。背景も予想した。し尽くした。
つまるところ、あとは答え合わせをするだけのこととなった。答え合わせをするだけで、すべてがわかってしまうのだ。
僕としては、すぐにでも次の節に行き、答えを聞きたいところなのだけれど、しかしながら、今回の節を持ってして、僕のターンがすべて終わってしまう。
僕が語り部を務めることはもう、なくなってしまう。
そんなことに一々感傷をはさんでいる場合ではないのは知っている。もちろん、文字数がまだ足りていないのも知っている。三章における文字数ノルマがまだ半分も達成できていないのだである。僕の語り部終了も一大事だけれど、文字数ノルマは絶対事項だ。僕としても破るわけにはいかないのだ。破ってしまえば、僕は大変なことになる。僕たちの存在自体が消えてしまう。消えてなくなってしまうのだ。
怖い。
正直に今、現在の僕の感情を表すとするならば、そうなってしまうだろう。
僕は自分の存在が消えてしまうことを恐れている。
誰だってそうだろう。
自分とはまったく関係のないところで、存在が消え、忘れ去られる。僕たちは一ヶ月にも満たない時間で「神」によって構成され、構築され、この作られた虚構の世界に存在することができている。
つまるところ、同じ日数で崩壊し、忘却され、消滅するということである。
僕はそこに恐怖を感じている。
いわゆる世界五分前仮説による、世界五分後崩壊──この場合、消滅のほうが理解しやすいのだとは思うけれど、しかしながら、崩壊のほうが、構築の対義語としては相応しく見える──と言ったところか。
あまり恐怖が伝わらなかったことに関して言えば、僕に全面的に非がある。まあ、謝らないけれど。
だがしかし、幸いにして、文字数問題の解決方法は近くに転がっていた。最も近くに散りばめられていた。
散りばめる。散りばめられている。
僕はそれを繋ぎ合わせる。繋ぎ合わせるほどの量があるのかは一体全体まったくもってわからないけれど──わからないと言うか。知らないと言うか。興味がないと言うか──それでも、やってみるしかないのは、目に見えている。
僕の目に見えていたとしてもそれがなんなのかという話に持っていかれると、僕も反論できなくなる。
まあ、そういうわけで──どういうわけなんだ──僕は解決方法を手に入れた。
いや、繋ぎ合わせた。木工用ボンドで繋ぎ合わせた。繋がるまでしばらくかかる。
別にこれが解決策──打開策というわけでは決してない。
そういうわけだったら、僕はただちにこの節を終わらせられて──文法正しかったかな──いただろう。
まあ、問題の解決策はこの節の終わりにでも話そう。僕の最後の言葉がくだらない解決策の公開に使われるなんて、心情的にキツいものを感じるけれど、それに至るまでの猶予すら与えられないよりかはマシである。
というわけで──今度こそというわけで──僕の最後の自分語りと参ろうではないか。
僕の司会の終わりと、この物語が終わりに近づく感覚をじっくりと味わいながら、その心で噛み締めながら、聞いてほしい。
まあ、終わりと言っても、あと一、二万字はあるんだけどね。
僕が小説家を目指していることはここまで読んでいる人にとってはわざわざ語るまでもない公然の事実だ。
小説家。
僕が最後に語ることとして、これ以上に相応しいものはないだろう。
あるはずがない。
あったならば、それを僕に教えてほしい。まあ、教わったところで僕がそれを覚えているかは定かではないけれど。
小説家になる。
僕の幼い頃からの夢だった。本を読み始めてからの夢だった。僕はその夢を叶えるために今まで頑張ってきたと言っても過言ではない。
才能はあった。
僕も繰り返し言っているように、僕には文章の才能があった。逆説的に言えばそれしかなかったということであり、僕がストーリーを書けない原因も結局のところそこに依存している。
小説家は、小説を書く。
小説家志望は、欲望を書く。
なにも望んでいないものは、なにも書けない。
どこかの誰かはそんな真理にたどり着いていた。なるほど確かにその通りだ。思わず僕も膝を打つほどの、真理だ。この世界にノーベル真理賞があるのなら、一日もしないうちに受賞が決定するだろう。
ちなみに僕はノーベル賞についてなにも知らない。知ろうとしてこなかったから、まあ、当たり前と言えば当たり前のことなのだ。
小説家は小説を書く。
そんなことは、当然のことである。なにも偉そうに言うことではない。それこそ当たり前だ。
小説家が小説以外を書いてはいけない。小説家は小説を書くことによって生計を立てているのである。小説家を名乗っておきながら、小説を書かないなど、言語道断。
この世に天使がいないのなら、僕がそいつを裁こう。なんて、小説家志望の分際で言えることではないのだ。
天使か。
僕もなかなかに面白いワードを出したものである。普段の僕ならば絶対に口にしないような台詞である。
もう僕は、中二病ではなくなったのだから。さながら後遺症とでも言うべきか。
そんな残りかすでここまでいい単語を出してくれたのだから──もう二度と中二病は発症したくないけれど──後遺症くらいは残しておいても問題ない気がしてきた。
たぶん、多分に問題がある。見えてないだけで問題は山積みなのだ。
僕のことだ。このまま天使の話題について延々と、ダラダラと──二つとも同じ意味だ。細部は違うけど──語り続けるのだと勘違いしそうな輩──いや、失礼、読者は神様だった──人間も出てきそうであるため、今回のところは早めに誤解を解いておこう。
賢明なる信者の君たちのことだ、勘違いするはずないとは思っているけれどね。信じているけれどね。
保険はいつでも必要である。僕は自分の発言にすら必ずフォローを入れるし、勘違いされないように保険をかけている。
おそらく、僕は恐れているのだ。
自分の言葉が及ぼしてしまう影響が、自意識過剰と言われてしまうかもしれないけれど、怖いのだ。恐ろしいのだ。
そもそも自身に過剰反応しない人間は大抵、他のものにもよりよい態度を示さないのだ。
まあ、それも絶対のこととは言えないし、やっぱり僕のような自分のことしか文字通り考えていない人間もいる。
千差万別の性格、というか精神から、一般的なものを取り出そうという時点でもはや、常軌を逸している。
人間が罪深いことは人間が一番よく知っているけれど──人間が一番なにも知らない。なんて仮説があるのも知っているが、今日は使用しないでおこう──ここまでとは思いもしなかった。
同一種同士で区別を図ろうとするなんて。
まあ、こう言っている僕も人間ではある。この世界から嫌われ、それでも盲信的に愛され、愛すべき存在としての人間だ。
心のなかだけは、なにを言ってもいい。
僕の心のなかが今現在、君たちに見られている現状では、僕にそんなことを言う資格はないのかもしれないが、一応、言ってみた。思ってみた。
まあ、思うだけではなにも変わらないというのはこの物語上におけるキーワードの内の一つではあるため、このままで繋げていけば、いつしかこの物語の真相にたどり着けるはずである。
ちなみに思わせぶりなことを言っているけれど、僕はなにも知らない。知らないことを知っている。無知の知って感じかな。
そんなふうに誰かに弁明しておく。誰にも届かないのはもちろん承知している。
思うだけではなにも変わらない、か。
確かにその通りである。僕たちの物語はここに行き着いた時点で終わりを迎えてもいいくらいに完璧な終わり方である。
まあ、それでは君たちが満足しないだろうね。
今だって余談に余談を重ねているだけなのだし、もはや横道に逸れまくっていて、本題がなんたっだのかを忘れている僕だけれど──嘘だ。忘れていない。僕の記憶力はそこまで悪くない。そこまで悪かったら僕は小説なんて書き上げられていない──この物語は、勇気と麗の恋物語は、そんなものが根底にあったのかもしれない。
ちなみに本題は麗のもう一つの相談内容である。未だに公開されていない。
そもそも僕のターンが終わるまではそのことについて触れないでほしい。今は──何度も何度も言っているように──僕のターンだ。
では一つ前の話題に戻ってみよう。
天使。
対応する単語は悪魔。
小説家の在り方は悪魔とその性質が似ている。
そんなふうに思ってしまったのである。
天使と悪魔は同一の存在かもしれないという意見があるのは知っているけれど、悪魔の所業は小説家が行っていることとは似通っていると言える。
悪魔は魂と引き換えに願いを叶え。
小説家は金と引き換えに夢を与える。
魂という真実の代わりに願いを叶える悪魔。
金というすべての代替品の代わりに夢という虚構を与える小説家。
字面だけを見てしまえば、一見小説家のほうが悪質である。一見してのことではあるので、結局のところ、悪魔が悪質なことには変わりないのだ。
悪魔以上に悪質な存在などこの世に存在などしないのかもしれない。したとしたら、僕の価値観は壊れてしまうだろうな。
小説家と悪魔。
まったく違うのに、同質のなにかを持つ存在。いや、小説家だけではない。もっと多い。はっきり言って小説家と悪魔程度の繋がりを持つものは他にもたくさんいる。要は虚構でさえあればいいのだ。それを踏まえる──踏まえてどうする──と、芸人もほぼ同じものではないだろうか。一時の笑いという一種の解釈による虚構と引き換えに金を巻き上げる。
巻き上げるという言い方からしてそれはよろしくないように見えるけれど、僕としては悪意はまったくなかったとしか言いようがない。実際そうなのだから。君たちのことを信じている。僕が悪意のない人間だと証明してくれることを信じている。
悪意なき悪。
それは本当に悪なのだろうか?
僕の知りうる限りにおいては、悪意なき悪は悪ではない。しかしながら善であるわけがなく、ただ僕の悪が本当に悪なのか、僕自身ではわからない。僕を構成する要素は善か悪か。
構成されているからと言って、僕が善人にも悪人にもなれないのは知っているだろう。
僕がなれるのは司会者だけだ。
語り部だけだ。
言い方を変えれば「傍観者」とも言えなくないけれど──そもそも言い方を変えるというのはいささか問題があると言わざるを得ない。言い方を変えてしまえば印象が変わる。ガラリと変わる。ありえないほどに、言い方を変えるだけ、意味が逆転してしまうものさえあるのだ──僕は決して傍観者にはならない。
理由?
そんなものは至極簡単な理由に決まっている。むしろ傍観者になる理由のほうがない。
傍観者。
僕が傍観者にならない理由、なろうとしない理由。なにもおかしいことはない。
誰にでもある普通の感情──そう僕にも普通の感情は持っているのだ。感情の機微が伝わりにくいとは言われるけれど、残念ながら僕にその自覚はまったくと言っていいほどない──である。
誰だって、暇は嫌だろう。
物語は待っていたって進まない。なにか行動を起こさなければ、物語は進まない。
そんなことを理解するまでに多分の時間を使ってしまったことにわずかながらの後悔と、それでも気づけてよかったという安堵感が同時に湧いた。我ながら面倒な人間である。
さてさて、僕の自分語りもとうとう三分の一に差しかかったところで、話を二、三段階戻そう。この際言葉の繋がり方など気にしなくてもいいだろう。
小説家志望は欲望を書く。
それは僕自身を表していると言っても過言ではないだろう。それは鏡のようにくっきりと僕自身を反転もせずに表していた。
小説家志望は小説を書けない。
それは小説を知らないから、小説を書く上での大事なものに気づいていないから。
小説家志望は欲望を書く。
そんなものは誰にだって書ける。自分の望む世界、理想とする世界を自分勝手にひとりよがりに作っているだけなのだ。
なんて小説家志望の僕が言っても大して心には響かないのだろうけれど、別に、届いてくれなくても構わないのだ。
努力はいつか実る。そんな他人から見れば酷く楽観的な考えのもと、僕は容易く響かない言葉をささやき続ける。
小説家を目指すものは決して小説家になれない。
そんなみんなを一気に目覚めさせてくれる残酷なまでの真実があれば、僕や、僕の同類たちは小説家になろうなんて思わなかっただろう。
残酷な真実はときに人を傷つけるが、概ね人を救うのだ。逆に優しい嘘は人を傷つけ、救わない。逆じゃないのだ。
残酷な真実と優しい嘘。
この二つは鏡合わせのように、すべてが反対に見えるかもしれない。
しかしながら、それは間違っていると言わざるを得ない。言わなければならない。
反対ではなく、別物だ。
同種でも近縁種でもなく、別種だ。別の種族だ。
決して相入れることのない真実と虚偽の領域。
残酷さや優しさ。
そんなものが意味をなさなくなるレベルでの世界。違い。
違い、か。
確かにこの二つは明らかに異なる。真実と虚偽、残酷さと優しさ。正反対であり、致命的に異なる。関係性が誰にも見えないほどに異なっている。
残酷な真実と優しい嘘。
僕にその二つを判断することなんて、異なると決定づけるなんて大それたことはできそうにないけれど、それでも僕は同じ同類として──この場合は小説家志望を目指している、なにかの目標に邁進している者同士として──「優しい真実」であることを願っている。
これもただの欲望と言ってしまえば、それまでのことなのだろうけれど、僕は欲望を押しつけるつもりはない。
僕は意外にも自分の意見を大人しく引っこめることができる人間なのだ。
別にそれが優れているというつもりは毛先のほどもない。毛先よりも少し小さいだけでも、あるということには変わりないのが、僕を少し悲しくさせる。
欲望を押しつける。
それは僕に可能な、いかなる暴虐を尽くしても、達成しうることなどないだろう。
それは人間が産まれたままの姿──まあ、服を着ていたところで前提条件は変わらない──でで空を自由自在に空中で動き回ることができないように。
絶対に不可能なことである。
可能性としてすらも存在していない。いや、実際に言えば、可能性という話だけに限って言えば、あるにはあるのだ。
しかしながら、それは小数点の彼方に存在しているのであって、僕たちが思考できる範囲内にはあっても、知覚できる範囲内にはない。知覚できる範囲外にはある。
逆接ならぬ、発想の逆転により、真っ先にゼロになる。可能性としての意味がなくなる。
発想によらなくてもゼロになる運命に差異は生じていなかったということを予測できるのがこの物語のいいところである。
この物語の悪い点でもある。
いや、僕の悪い点だ。
この物語は一切悪くなく、全責任は僕が取るべきものである。
なにが悪いのかわからない。
そんな反論が来ることはもう、予測していた。予想していた。
予測。
僕は予測を立てすぎなのだ。
強いて言えば、それが僕の悪いところなのだろう。悪くて、酷くて、醜いところなのだろう。まあ、醜いというのはさすがに卑下しすぎた気がする。
そんなことはともかくとして、小説家志望に小説が書けないという話の続きをしよう。残酷な真実、その続きを。
小説家志望は小説家になれない。
文字通り。言葉の意味の通り。
夢を壊そうとしているのではない。僕はそんな人が無用に悲しむようなことはしない。そんな周囲に悪影響を与えるようなことはしない。
僕も小説家になりたい。
中学校の頃からずっと僕は小説家に憧れていた。尊敬と、憧憬のこもったまなざし──実際にこもっていたし──で、毎月新刊を発売直後に買って、読んでいた。
たしか第一章で説明したとは思うけれど、僕は麗のお父さんに憧れていた。天才的な小説家である師匠は僕に文章をコピーさせたのだ。
天才は読者を蝕む。
いや、ここ表現はいささか過剰すぎた発言かもしれない。強いて言うならば、天才は読者に自身を模倣させる、と言ったところか。
天才は読者に自身を模倣させる。
コピーさせる。
これは小説家を目指す者にとって一番最後の壁である。模倣し、コピーし、コピーキャットに徹していた自分を捨てなければならないときがくるのだ。
コピーキャット。
単なる模倣者はこの時点で、絶望に陥るだろう。彼ら彼女らは唯一の心の支えを自ら捨てなければならないのだから。
自分でなにかを捨てる。
自分で自分の大切ななにかを捨てる。
それよりも恐ろしいことなど、それよりも恐怖に絡みつかれることなど、おそらくこの世にはない。
かと言って、あの世にあるわけでもないだろうけれど。
コピーキャットの僕にとってもそれは辛かった。唯一の拠り所を失うことは僕の心に一生消えることのないであろう喪失感をもたらした。
一生消えることのないとは言ったものの、それはもちろん記憶力の問題であり、記憶力の乏しい人間にとっては大した喪失感ではない。
それはつまり、僕にも当てはめることができるということである。しかしながら、僕の場合は記憶力が乏しいのではなく、そういう感情に関心があまりないのだ。
感情への関心。
喪失感への関心。
一生消えることのない喪失感はもたらされた。そのことは確かである。確かではあるのだけれど、そのその喪失感を持続させることはできない。
一生消えることはなくても、いつかは埋まる。
消えたあとに残る穴の後任はいつか見つかる。
そんな当たり前のことに気づいたのは、喪失感を得て──この表現でいいのか? いいのだろうけれど、なんか僕が喪失感を手にしたがっていたみたいで、複雑だ──三日後のことである。
四日目の朝のことである。
ふと、脳内に思い浮かんだ。実際、そんなところである。僕の意識の変化ごときに大層な物語などあるわけがない。ある意味自然的に、僕の意識は変わった。
ちなみに、僕の一生消えることはない喪失は未だに埋まっていないけれど、僕は小説を──欲望を書けている。
誰でも通る道だろう。
誰もが止まざるを得なかった障害物だっただろう。
だったらなおのこと、そんなところで止まっているわけにはいかない。僕は小説家になりたいのだ。志望ではなくそのものになり、欲望ではない小説を書きたいのだ。
それから小説を書けた自信はない。
当たり前だ。そんな簡単に小説は書けない。
だからからこそ、僕たちは戦うのだ。自分自身と、自分自身の限界と。不可能を可能にするために、決して立ち止まらずに、目的の場所に向かって。
それでもいつか僕はなるんだ、小説家に。
倒置法を使ってしまった──うまく使えていたかどうかはわからない──ため、この節も終わりな雰囲気が出来上がってしまっているけれど、まだ終わらない。僕の秘策も現在発動中であるし──そろそろ公開してもいい頃だ──では、答え合わせと、最後の挨拶を使用ではないか。
ん?
最後のものに関して話していないって?
いや、もはや語る必要もないだけなのだ。
なにも望んでいない者は、なにも書けない。
この言葉は説明をすることすら侮辱に値するものだ。僕がなにを言っても侮辱の言葉になってしまう。この言葉については、こんなちっぽけな物語──決してちっぽけではないけれど、この言葉の前ではその表現以上に相応しいものなどない──で説明していいものじゃない。
僕たちの物語が踏みこめるのはここまでだ。
だから、最後の文に移る。
それが正しい選択というものだ。この言葉にはそれだけの魔力──超常的なものではない──がある。そんなことだけが、僕が伝えられる限界だ。
というわけで、答え合わせと、最後の挨拶だ。
いや、最後の挨拶が本当に必要かどうかはともかくとして、早めに答え合わせはしなければならないだろう。
もうすでに、秘策は完結した。
これ以上ないほどに、完結の一途をたどり、今ここに至った。
単純なことなのだ。
最後の挨拶までの時間稼ぎ。
そんなの誰にだってできる。
僕じゃなくたって、誰にでもできる単純なことなのだ。
だって、話を横道に逸らし続け、無駄な話をすればいい。横道に逸れたって、話が脱線したって、そんなものは関係ない。
僕以外でも誰にでもできることだけれど、それでも、この役割を二つ返事で引き受けるのは──僕が自分で勝手に作った役割なんだから、引き受けるという表現が正しいのかはわからない──僕がもともと話を逸らし続けていたからなのかもしれない。
完全に時間を稼げてはいなかった──そもそも、この登場人物が三人の物語で、ただ一人、モノローグを続けろというのが無理難題すぎるのだ──かもしれないけれど、それでもここまで時間を稼げたことに、僕は最大級の賛辞がほしい。
賛辞はほしいけれど、それを口に出して言ってしまったとたんに、僕の信用度は恐ろしいほどに減るだろう。
キャラクター人気投票で話にしか登場していないキャラに負けるかもしれない。
三位はとれると思っても大間違いだ。この世界には声が出てこないけれど、ばっちり存在感が出ているキャラクターが多いのだ。鬼頭勇気ファンクラブの連中は特にその部類だ。
僕でも勝てるかどうか怪しいな。
まあ、勝てることを祈るしかない。神にでも、「神」にでもない祈るしかない。
というかそもそも、キャラクター人気投票があるのかすら疑わしい。こんな世界のキャラクターをわざわざ人気投票で順位付けするというのもおかしな話である。
どっかの誰かは、人は皆平等であるとも言っているし。
人は皆平等なのだ。
自分が不平等に扱われていることなど考えることもないから。
不平等なところから目を逸らし、蓋をして、逃げれば、人は皆平等と言える──言えてない。単なる暴論だ。極論よりもひどい──のだ。
それが平等なのか、それは君たちが考えることだ。
丸投げしているんじゃあない。
君たちの感受性や、思考力に頼っているんだ。僕たちが伝えられないことが、君たちにどれだけ伝わるのか。信じているんだ。
だから、この物語は、明確なテーマは存在しない。君たちが、見つけ出す物語なんだ。僕たちが伝えようとしたその痕跡を君たちが見つける物語なんだ。
僕の最後の挨拶としては、そんなところだろう。
名残惜しいが、僕の役割は終わり──役割が終わっても物語は続く、世界は続く──だ。
それじゃあ、僕の司会者としての終わりに、本当の最後に一言だけ、言葉を送ろう。
君たちに届くかどうかはわからない。
僕にはそんなことなど知りようもないから。
でも、聞いてほしい。
心に刻んでほしいとまでは言わないけれど、それでも、聞いてほしい。
僕の言葉を。
僕の思いを。
君たちに。
僕は諦めない。小説家となることを、小説家志望が小説家になることを諦めない。道が例え、険しくても、塞がれていても、決して諦めない。無駄な努力を誇ってしよう。だから、君たちも──。
夢を諦めないでくれ。




