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第17話 希望の唄です

 「うわ。ありゃ助からねーな」

 

 瀕死のリクを抱えて走っているハルを見下ろして鷹はそう呟いた。


 「友情に身を滅ぼされたとは、また皮肉な話だなァ…ククッ」


 アーヴィンは2、3回羽ばたくと、校舎の方へご機嫌で飛んで行った。


 「合格すっれば〜100万ゴル♪ローズを殺せば〜200万ゴル♫信じられるのは金だっけさ〜」


 「パイルはどこをほっつき歩いてんだ。やだね。相棒が能無しだとよ」






 不意に衝撃が叩き込まれ、ジェットは後方へ吹っ飛んだ。


 「グググググゥ……」


 相思相愛(コールレスポンス)は万能じゃない。同じダメージを受け続ければ筋力の差で私が先にダウンしてしまう…。なんとかして相手の体力を削らなきゃ…!


 ジェットの脚が鞭の如くしなり、ロケットのようにルナの懐へ突っ込んだ。


 韋駄天突(ジェットスピア)


 ジェットの左拳がルナの下腹部に触れると同時に、両者は反発するが如く別々の方向に吹き飛んだ。


 やっぱり、攻撃は左手の直接攻撃のみ。動きは直線的で攻撃箇所を見切れば対応は可能。加えて…


 ジェットの左拳が再びルナに──


 「ここ!!」


 死角から放たれた青色の小石がジェットの右脇腹に突き刺さった…!!


 「グガァッ!」


 右側ガラ空き!!ジェットの血塗れの白い胸当てが粉砕した。深く突き刺さった石は霧のように消え去ったが、致命的なダメージを受けたジェットは口から血を吐き出した。


 「オオオオォ……ターボォォォォオ!」


 「再生速度が速すぎる!」


 陽光が街に別れを告げ、世界は闇に包まれていく。その闇を吸い込み、ジェットはみるみる人間ではない()()へと姿を変えていった。


 「禍々しい気配がどんどん強くなってる。これ以上の長丁場は危険…」


 ハル殿はもう学校に着いただろうか。学校に着いた所で、リク殿は助かるのか。この男が学校へ向かった場合、対抗手段はあるのか。…私が甘かった。この男は強すぎる。リク殿もローズ殿もダウンしている今、これを相手できるのはおそらくジーク殿のみ。そのジーク殿も今は校舎から遠く離れたショッピングモールで待機している。


 「私がここで倒さなければ、みんな死ぬ」


 ルナは再びマイクを握り、息を深く吸い込んだ。






 「すごいじゃないルナ!!この成績なら特待生間違いなしね。よく頑張ったわね!」


 「えへへ。私は天才なのです!それに、最近は苦手としていた低音も出るように──」


 「きっと立派な科学者になれるわ!」


 「え?」


 「光の賢者(アルヴィス)直属の研究員になれば生活面で様々な優遇を受けられるし、それにお給料だってとってもいいんだから!」


 「お母さん…。私、科学者にはなりたくないのです。歌手になって、世界中のみんなを笑顔にしてあげたいのです!」


 「何馬鹿なこと言ってるのー。そんなことできるわけないでしょっ。ねえねえそれより、これ見て。お母さんこの教授の大ファンで…」


 「でも…私は!」






 「母の反対を押し切ってこの学校に来た。みんなを笑顔にするために…!ハル殿も、リク殿も、貴方だって!…そして、いつか。お母さんも」


 「ファン(みんな)の期待を裏切ってきた。せめて、最高のフィナーレを見せてあげる!!」


 闇に紡ぐは希望の唄。静夜に輝く満月の如く、孤独で揺るぎない物だった。それは誰よりも悲しみを知っているルナが自らに課した呪いでもあり、存在理由でもある。みんなを笑顔にする。これは()()()()()()()()()()()()、かつての理不尽な悪魔達への報復なのかもしれない。そんなことルナにだって分からないだろう。


 「友達とカラオケなんて初めてだった。あんなに楽しく歌ったのも。みんなが私を笑顔にしてくれた。だから今度は私の番!!」


 




 「リク!もう少しの辛抱だ…気ィ張れ!!」


 …歌が聞こえる。ルナか!?


 「うぅ…この音は…」


 「リク!!」






 「あ?何の音だ?」


 校門前に降り立ったアーヴィンは振り向いて目を細めた。


 「あの似非(エセ)アイドルがまたなんかやってんな…」


 「首尾は順調ですか!アーヴィン=ホークス!」


 門を隔てた向こう側にはリーゼントの少年が満面の笑みを浮かべて立っていた。


 「ああ。任務を放棄して観光していた誰かさんと違ってな。…何してた?こっちはあの厨二病バカのお()りにウンザリだったんだぞ……!!」


 人の姿に戻りながら舞い上がったアーヴィンは校門の上に着地し、鋭い目つきでパイルを睨みつけた。


 「『オクトマン様』から緊急要請がございましたので、そちらの任務を優先致しました!」


 「は?なんであのタコ野郎からお前に直接要請があんだよ。ホラも大概にしとけ」


 アーヴィンは手をヒラヒラ振って校門から飛び降りると、パイルを素通りして校舎の方へ歩いて行った。


 「こちらパイル=マイスター。ベルガモットが死ぬのも時間の問題かと。ええ。はい?…かしこまりました。全てお任せ下さい」


 少年は依然変わらぬ笑顔で頰にこびり付いた血を拭った。







 「…ルナたんついに本気出したっぽいな」


 何処からともなく校舎の屋上に現れたチャラ男は屈伸をした後、ポケットから携帯を取り出し耳に当てた。


 「レフ兄、ローズは無事か?…よかった。俺もそっちへ行く」


 「それと、俺から言っておかなきゃいけないことがある……」


 ライトは携帯を下ろすと空を見上げて首に巻いたネクタイを外して捨てた。


 「あーあー」


 「友達ってなんだろな」


 「そいつは考えるだけ無駄ッスよ」

 

 !!


 声に驚き、ライトは辺りを見回したが誰もいない。すると今度はバサッバサッという羽音が聞こえた。ライトは(おもむろ)にもう一度空を見上げた。


 「なッ!?でかッ!!」


 そこにいたのは漆黒の翼を羽ばたかせる巨大な怪鳥だった。


 「…カラス?」


 「タカだ!!!」


 「喋ったッ!!何モンだてめえ!!」


 「タカだ!!!通りすがりの!」


 でけえ。こんなデカかったら羽音でわかるはずなのに。…こいつどっから現れた?


 「と、通りすがりの鷹が俺に何の用だよ…」


 「面会に来た。ローズはどこにいる?」


 ライトはなるべく()便()()()()()()()()、必死に笑顔を作った。


 「あーローズな。あれ。ローズが学校に着いたこと、誰かに言ったっけな?」


 黒鳥は嘴を歪ませ笑った。


 「ククク………全部わかってんだろ!?回りくどいことしやがって……!!」


 「やっぱそうなるよな…アーヴィン。ローズには指一本触れさせねェぞ!!」


 ライトは腰のレイピアに手をかけた。刀身がバチバチと音を立てて光り始めた。


 「ジークにボロ負けした負け犬がァ!!兄貴と違って弟の方はとんだ出来損ないだな!!」


 「ほっとけ!」


 鞘から引き抜かれた光の剣はアーヴィン目掛けて振り下ろされた。


 「お前は陸だが、こっちは空だぜ!?そんな剣当たるわけねェだろォ」


 レイピアは空を切り、ヒュンと音だけが虚しく残った。


 「ザマァねェな!!」


 「そーやってタカを括ってられるのも今のうちだ。……鷹だけに!」


 「いや、くだらねェ!!!」


 どうすりゃいい!これ勝ち目あんのか!?


 「烈空爪(れっくうそう)!!」


 「いてェ!」


 ライトが攻撃を外した直後、急降下した鋭利な鉤爪がライトの右肩を抉った。制服が破れ、血が染み出す。


 「風を纏った俺の攻撃は肉を切り裂き、より深い傷を負わせる!!」


 「馬鹿でも思いつきそうな技だな……」


 「そう言ってられるのも今のうちだ…ククッ」


 ライトは髪をかき上げ汗を拭うと、市街地の方を見た。


 ハルはまだ来ねェのかよ!敵の狙いはローズだ。この校舎だってあとどれくらい持ち堪えられるかわかんねェぞ!


 「おいカラス。ちょっとハルのとこまで乗せてってくれねーか?」


 「任せておけ。しっかり捕まってろよ…」

 

 「安全運転でお願いします」


 ライトは身を屈めたカラスの上に乗っかった。


 「……って、誰がカラスだッ!!!」


 「わわっ。ノリツッコミ…」


 アーヴィンはライトを振り落とすと、再び空に舞い上がった。


 「誰がタクシーだ!!誰がキャラ定まってない無個性野郎だ!!」


 「言ってねーよ。お前も苦労してんだな!!」


 ガクッ


 !!?


 突然、ライトは崩れるように膝をついた。


 「ようやく効いてきたか……ククク………!!」


 力が…入らない……!!


 「脳筋ドラゴンもイチコロ神経毒。便利だね〜」


 「爪か…さっきの攻撃のときに……!!」


 ライトはついにもう片方の膝も付き、右手に握った剣を力無く落とした。最後の力を振り絞り前方を見ると銀色の風が鷹の前脚を包み込むように渦巻いていた。


 「クソ。調子こいたな…。これまでか…」





 「(ボイス)チャージ…威力(ボリューム)上昇!!」





 「ローズ=ベルガモット!大人しく投降して下さい!気概は加えませんから…」

 

 パイルは満面の笑みで廊下を闊歩していく。





 「なんだあれ…月の光が吸い込まれて…。ルナたん一体何を…」





 「ククッ!終わりだァ!!ライトォォォ──」




 「3(アン)


 「2(ドゥ)


 「1(トロワ)


 地鳴り。

 

 突如、夜の街を呑み込んだそれの前には、もはや聴覚など意味をなさなかった。想像を絶する空気の振動は衝撃波となり、まるで風船が破裂するかのように、周囲の物を尽く弾き飛ばした。


 ドサッ


 二者がほぼ同時に倒れ込む。ボロボロの少女の傍らに転がる宝石でデコレーションされたマイクのひび割れた部分が音もなく崩れた。


 「……!!」


 ルナはなんとか立ち上がろうとしたが力が入らず、そのまま仰向けになった。ジェットの方はピクリとも動かない。助けを呼ぼうにも声が出る気配がない。仕方ないから今日は野宿をしよう。ルナはゆっくりと目を閉じた。


 あとは任せましたよ。ハル殿。


 口をパクパクと動かし、声にならない思いを短く呟くと、夜空に向かってVサインをした。月は勇者の健闘を讃えるように、街を静かに照らし続けた。

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