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第14話 白の猛攻です

 何の変哲もない住宅街。いつも通りの昼下がり。道端では子供達が、今日も元気に走り回っている。


 「私について来られるかしら♡」


 音速で。


 目にも留まらぬ速さでローズの周りを駆け巡る。


 「純白の鎧は精鋭の証。たかがお子様二人の為だけに俺達が駆り出されたってことは、それだけ光の賢者(アルヴィス)も本気ってことっしょ。」


 光の賢者(アルヴィス)の騎士…!もう追い付かれた!


 敵は二人。屈強な方は私を、細身の方は私とリクを同時にマークできる位置にいる。敵の力量からして、双方を撃破して切り抜けるのは恐らく不可能…。かと言って、負傷したリクを置いて逃げる訳にもいかない。…そもそもこの二人から私一人で逃げ切れる?…無理だ。魔力が空の上に、相手は格上。万事休す…か。ならせめて…!


 ローズは左手を真上にピンと掲げた。


 「打上薔薇火(ローズビーコン)!!」


 掌から放たれた小さな赤い光は舞い上がると、空中で小爆発を起こした。キラキラと赤く輝く。


 「チッ。助けを呼ばれたか…。おいターボ!遊んでねーでさっさと仕留めるっしょ!」


 後方で様子を見ていた細身の騎士が怒鳴りつける。


 誰かが救難信号に気づいてくれれば、勝機はある!それまで時間を稼ぐ必要がある…!


 「あーんもう!今イイとこなのにぃっ♡これだから男子は困っちゃうわぁ♡」


 あんたも男でしょ!!!


 「でも、そうねぇ♡時間も無いことだし…♡」


 ターボの右脚が鈍い青色に光る。


 「韋駄天蹴(ターボキック)♡」


 速い…!


 反応は不可能。致命傷は必須。絶対絶命。会心の一撃…!放たれた音速の一撃がローズの下腹部にめり込んだ…


 「くっ…あれ?」


 筈だった。


 『オートシールド発動』


 困惑するローズの身体を、淡い水色の膜が覆っていた。ダメージは無い。


 「お前らの相手は俺だ」


 倒壊した家屋から人影がユラユラと立ち上がった。冷徹な眼差し。しかし、そこには確かに、静かに燃え上がる闘志があった。


 リクは憤怒していた。世界を守る役目にある者達が、何の罪もない善良な民に牙を剥いたことに。


 リクは内心、ハルを認めていた。ハルが認めたローズのことも。勇者を熱望するハルを応援していた筈だった。いつからだろうか。リクが歪んでいったのは。いつの間にかハルを遠ざけるようになっていた。その原因は何なのか。もしかしたら、自分は何か大きな過ちを犯しているのではないだろうか。募る不安を、リクは他者に暴力を振るうことで押さえ込んでいた。


 「リク…どうしてそこまで……」


 気がつけば、ローズは泣いていた。哀れみか。感謝か。それとも…。


 「行け。ハルにはお前が必要だ」


 !?


 「ハルは俺を必要としていない。それでいい。ハルはもう一人では無い」


 鈍く風を切る音と共に、鋭利な回し蹴りがリクの背後から繰り出された。光の賢者(アルヴィス)に有るまじき、明らかに人を殺めるために備えた業。


 ターボ。騎士の間では知れたコードネームである。名は無い。騎士の養成所で育ち、ジェットと共に暗殺のスキルだけを高めていった。


 ターボが女装をしているのは、男色家であることだけが理由では無い。自らを偽るためである。現に、殺しを生業(なりわい)とする一部の騎士達は自身の顔に何らかの装飾を施している場合が多い。


 紙一重で不意打ちを(かわ)された。白い閃光がターボのこめかみに撃ち込まれる。


 「なッ…!!」


 光の先導者、ゲンマ=ルドゥッシュに全てを捧げたターボ。それは(ひとえ)に光の意志を盲信したためである。血みどろの世界に生きながら、自分のような不幸な人間を二度と生まないよう祈り、奮闘した。どんなに心が傷つこうと、どんな犠牲を払おうと、明日に待つ平穏を民に(もた)らすため、一切の厚情を棄てた。

 

 「ターボォッ!!!」


 享年26歳であった。


 リクの背後でザクロの如く破裂した()()は四方八方に飛び散った。灰色のコンクリートがベットリと赤く染まる。


 「ひっ…。」


 し、死んだ…。こんな簡単に…人が…。


 「畜生…!よくもてめえ…ターボをッ!…ああ畜生!絶対に許さないっしょ……!!」


 先程まで冷静だったジェットは、今度は肩を上下させながら、憎しみを込めた目でリクを睨んだ。


 「許さない?先に仕掛けてきたのはお前らだろ」


 まるで、「そんなこと関係ない」と言わんばかりの冷たさで淡々と、機械的に言い放った。


 「ローズ。お前に施したシールドは無敵じゃない。さっきの一発でガタが来ている。急げ」


 ローズは戸惑いつつも一度頷くと、来た道を引き返した。走り始めたばかりなのに呼吸が荒い。胸が苦しい。なぜだろう。


 「チッ…行かせるかよッ!!韋駄天闊歩(ジェットウォーク)!」


 孤独な騎士は誰よりも速く空を駆け、ローズに突っ込んで行った。伸ばした左手がローズの頭を鷲掴みにする…!ジェットは歯をむき出し、ニヤリと笑った。


 「てめえだけは逃さねえぞ、ベルガモット。おいお前、コイツを助けたかったら大人しく──」

 

 死角から強襲した一筋の閃光が、勝ち誇った笑みを貫いた。


 「助けたかったら…なんだ?」


 ローズは弱々しく立ち上がり、リクの方を振り返った後、歯を食いしばって再び走り出した。もうリクの位置からはローズが見えない。


 「あの状況で撃ちやがった…ふざけてるっしょ……」


 驚きからか、リクの眼が少しだけ見開かれ、辺りを見回した。ジェットは塀の上でゼェゼェと息を切らしている。


 あの体勢から避けたのか?…やはり一筋縄ではいかないか。

 

 「その厳つい左腕。…さてはお前がリク=バレットっしょ?お前は()()()()に入れると思ってたのによ」


 ジェットは虚ろな目でチラリとリクの方を見た。額から汗が鼻筋へと伝って、一粒。地面に落ちた。照りつける太陽が汗の一粒一粒をダイヤモンドのようにキラキラと輝かせる。


 「どういう意味だ?」


 リクはスコープの下の目を細めながら問いた。


 良いとこ?何の話だ。


 「…ゲンマ様はお前を引き抜こうとお考えだった。それも、騎士の中でも最上位に位置する『五つ星』の称号を与えてな」


 ゲンマが俺を?


 俺はこれでも、自分の身の丈は弁えているつもりだ。試験の為にあれこれ策を用意し、武器を作り、万全の体制で挑んだが、それでも俺にはまだ力が足りない。酷く、吐き気がするほど軟弱だ。…ゲンマがそれを見抜けなかった?なぜ、俺を騎士のトップに。


 「ゲンマ様の計画は、はっきり言って完璧っしょ。…だからこんなとこでベルガモットの馬鹿共に邪魔される訳にはいかないっしょ!」


 ジェットの腕が青い光に包まれる…!


 「韋駄天拳(ジェットブロウ)!!」


 高速の拳が繰り出され、リクの胸にめり込んだ。弾き飛ばされたリクは、胸部の外傷を軽く確認した後、左腕を構えた。


 「へへっ。今のでその面倒なバリアはお釈迦(しゃか)っしょ。…断言する。お前は次の一撃で死ぬ…!」


 ジェットの言葉通り、リクのオートシールドは既に耐久値の限界を超えていた。もう攻撃を防ぐことはできない。かと言って、リクにはジェットの音速の攻撃を見切る事は不可能。まともに食らえば致命傷は必須。


 しかし、リクはそれを聞いてもなお取り乱す事はなかった。


 「ククッ。」


 「…何がおかしいっしょ?」


 ジェットは分からなかった。なぜ、リクはこんなにも余裕を持っていられるのか。諦めた?それとも、何か策を見つけたのか?いや、それはない。策なんて無い。リクは確実に詰んでいる。そうだろ?


 「断言する。お前は、次の一撃すら打てずに死ぬ。」


 




 まだか。オレは特にすることもなく、ソワソワと足踏みをしていた。一刻も早く、ローズに会わなくてはならない。この紙のこともそう。しかしそれ以上に、ローズが心配だ。ローズに危険が迫っている。それはわかった。


 「ルナたん!!北西の方角で赤い花火が上がりました!」


 スーツ姿の中年男性がヒィヒィ言いながらルナの元へ駆け寄った。これが人海戦術の力…。一声掛けるだけで他人を思い通りに動かせるだなんて、改めて考えてみるととんでもない魔法だな。


 「赤い花火…救難信号ですね。ローズさんかどうか確証はないですが、行きますか?ハル殿」


 「ああ、行くさ。救難信号ってことは誰かが困ってるってことだろ?なら、それがローズだろうが誰だろうが、助けてやるのが筋ってもんさ」

 

 炎魔法を極めているローズなら花火を上げることくらい造作も無い。つまり、花火の主がローズでなかった場合、それはローズに危険が及んでいないということ。ヴィゼフとの戦いで負った傷が気掛かりだが、ローズなら大丈夫だろう。


 光の賢者(アルヴィス)が病院で待ち伏せていたのは、オレがローズの元へ行こうとしていることがバレていたから。それなら必然的に、光の賢者(アルヴィス)はオレだけではなく、ローズも標的とするだろう。それはローズも気付いているはず。


 ローズならどうする?逃げた先に、どこへ向かう?決まってる。学校だ。見晴らしの良い校庭。大勢の生徒。学校なら光の賢者(アルヴィス)の騎士も下手なことは出来ないし、外部との連絡も容易だ。


 そこから導き出される、各部隊の目的。


 

 

 第1部隊『ローズ班』

 ・ローズ

光の賢者(アルヴィス)の追跡を回避しつつ、学校へ向かう。


 第2部隊『ハル班』

 ・ハル

 ・ルナ

→ローズの捜索を行い、あわよくば合流する。


 第3部隊『ライト班』

 ・ライト

→病院の制圧。第4部隊と合流し、学校へ向かう。


 第4部隊『ジーク班』

 ・ジーク

 ・パイル

 ・アーヴィン

→ローズ逃走の障壁となる騎士達の殲滅。逸早(いちはや)く学校に着き、ローズをサポートする。




 「あの、ハル殿。助けに行く前に聞いておきたいことがあるんですけど」


 「ハル殿の使命ってのは、何なんですか?」


 ルナは何時(いつ)に無く真剣な顔つきで問い掛けた。


 そういえば、ルナには言ってなかったな。これからの動きに支障をきたすかもしれないし、言っておくべきだろう。


 「これをローズに渡すんだよ…」


 そう言って、オレはポケットからくしゃくしゃの紙を取り出して広げた。


 「なんだ…これ」

 

 そこに書かれていたのは、秘密兵器の設計図。…ではなく。光の賢者(アルヴィス)の不正を裏付ける内部告発文。…でもなく。


 乱暴に描かれた赤い花であった。


 「絵…ですかね。いや、これが何の役に立つんですか…」

 

 血でできた一輪の花の絵。花弁だけが描かれており、何かのエンブレムのように見える。よく見ると、花弁一枚一枚が燃え盛る炎の形をしている。


 「うーむ。私、馬鹿だからよくわかんないですけど、光の賢者(アルヴィス)がこれのために必死になってるとこを見ると、とっても重要な物なんでしょうねー。…ってハル殿?!」


 ブツブツ言いながら考え込んでいたルナは、オレの方を見るなり悲鳴を上げた。


 「え、何?」


 「あわわ…ち、血が…」


 言われて鼻をこすると手に血がついた。鼻血か。花粉症で鼻かみすぎたかな?


 「やべ、鼻血出た。ティッシュとか持ってない?」


 オレは鼻をつまみながら、上目遣いでルナを見た。…あれ。鼻をつまんでいるはずなのに、地面に血が落ちた。え、何で。


 「どどっ、どうしましょう!は、ハル殿、眼から…っていうか鼻からも、今すぐその紙を捨てて下さい!」


 ルナはオレの手から紙をはたき落した。紙が手から離れると、流れ出ていた血が止まった。


 すると、今度は右手の甲がズキズキと痛み出した。熱い。オレは堪らず右手を抱えてしゃがみ込んだ。


 「くぅ、痛え…!!」


 ルナは顔面血だらけのオレを見て腰を抜かしている。


 熱を持った右手の甲に火が着き、メラメラと燃え出した。それと共鳴するかのように、血で汚れた花の絵からも炎が噴き出した。


 「私のせいだ…。私がハル殿に余計なことを聞いたから!私のせいでハル殿が!!」


 なんだよ…これ。こんな危ないモンをローズに渡そうとしてたのかよ…オレは。痛え…オレはどうなっちまったんだよ…。


 『…つ…れる…』


 !?


 「声が…声が聞こえる…」


 どこからというわけではない。頭の中に直接聞こえてくるような。男性の声。静かだが、それでいて力強い。


 『…しは…意志は…継がれる…』


 燃え盛る紙くずが吐き出した炎が宙に巨大な花の絵を映し出した。花弁の数は11枚。すると、地面に落ちたオレの血が浸み出し、紙へと集まっていった。血は一滴残らず紙に吸われ、宙に描かれた紋章が消える頃にはオレの右手の炎も、痛みも消えていた。


 「はぁはぁ…収まった」

 

 ルナは口をぽかんと開けてオレを凝視している。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


 オレはすかさず右手の甲を確認した。そこには、紙くずに描かれていた花の絵と同じ紋章が刻まれていた。…正確には違う絵だった。なぜなら…


 「花弁が…12枚ある」

 

 他の花弁と比べて小さく、今にも消えてしまいそうな弱々しい炎が加えられていた。それが何を意味するのかは、オレには分からなかった。ただ、またとんでもない厄介ごとに巻き込まれちゃったんじゃね?って思った。


 オレは落ちていた紙を拾い上げた。やはり、こっちにも花弁が一枚描き加えられている。褐色の乾いた血の花弁の中に一枚だけ、鮮やかな赤い花弁が加えられていた。おそらく、オレの血だろうな。


 「…それをどうするつもりですか?まさか、ローズ殿に届ける訳ではありませんですよね?ね?」


 ルナは体を起こして、その場にちょこんと正座した。


 「危険な物かもしれない。…でも、何故か捨てちゃいけない気がするんだ。だから、オレが持っておく。危険な物なら尚更だろ?そこら辺に捨てておいて、拾った奴等全員血だらけとか洒落にならないから」


 オレは顔に付いた血を服で拭きながら、軽い調子でルナに言った。ルナはそれを聞くなり、立ち上がってオレを抱きしめた。


 「…ハル殿の決意は分かりました。でも、これ以上ハル殿の身に何かあったら、私はハル殿を倒してでもその紙を奪い取りますからね」


 ルナは強い口調で、しかし優しく、オレに忠告した。温かい吐息が首筋にかかる。体重がのしかかり、オレはどうすることもできなかった。


 「わ、わかったよ」


 そう言うと、ルナはゆっくりとオレから離れた。ルナは袖で目をゴシゴシと擦って、にぱっとはにかんだ。


 「分かったなら良しとしますです。さ、早く困ってる人を助けに行きましょう!」


 オレはルナと共に、北西に向かって走り出した。…ごめん、北西ってどっち?

お寿司食べたい。

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