第13話 時給0円のアルバイトです
人気のない裏路地。
「気味悪いな。」
地面には赤黒い血がついている。まだ新しい。
ライト達が王様ゲームを始めたため、デフォルトで奴隷のオレは一人抜け出して来た。やっぱあのパリピな雰囲気はオレの肌には合わないようだ。普段は家と学校を往復するだけの日々を送っているオレは、この機会に少し都会を探検してみようと思い立ち、今に至る。
薄暗く、ジメジメとしたコンクリートの洞穴。こんな所に足を止めて、好奇心を抱いているのはきっとオレくらいだろう。もう本格的に夏を迎えたこの街は、ここを除いてどこもかしこも灼熱地獄だ。ここはヒンヤリとしていて気持ちがいい。
しかし、オレがここに来たのは避暑の為ではない。この裏路地の奥から唸り声が聞こえる。気になって来てみれば、夥しい程の血痕。何事だ。こんな休日まで厄介事に巻き込まれるのは御免だが、今更、パーティーに戻るのは癪なのでオレは恐る恐る足を踏み入れた。
タッ。タッ。静寂に、オレの臆病な足音だけが響く。でも、足音を消すのはダサいから、オレはいつでも魔法をぶっ放せるように神経を尖らせながら一歩一歩を踏みしめた。
声が聞こえる。近い。誰か倒れてる!
オレはおそらく血の主であろう、男性に近づき声を掛けた。
「あ、あのー。大丈夫ですか?…って、その傷!い、医者を──」
「呼ぶなァッ!!」
男性が豪腕を地面に振り下ろし、殴りつける。哀れな地面はスポンジケーキの様に陥没した。こっわ。
「はァはァ。どっか行ってろガキンチョ。俺様はァ…忙しいんだよォ…。グぅぅ…。」
拍手。
今度はハルの来た反対の方向から足音が近づいてきた。コツコツ。革靴だろうか。拍手をしながら現れたのは、光の賢者の制服を几帳面に着た、眼鏡の青年であった。
「お見事。危うく見失う所でした。」
青年は爽やかな笑顔で微笑んだ。
見失う?この男性と何か関係が…。でも、良かった。光の賢者の職員なら、この人を助けてくれるはずだ。とりあえず状況を伝えて──
「伏せろガキィ!」
「え」
瞬時に立ち上がった男性に頭を掴まれ、押し倒される。その瞬間、大きな破裂音が鳴り響いた。銃声。
「薄汚い犯罪者と馴れ合うとは…少しお仕置きが必要ですね。」
青年は目を細めながら、眼鏡を指で押し上げた。もう片方の手には白い拳銃が握られている。この人が撃ったのか!?
「おいガキンチョ。こいつをベルガモットの名を持つ奴に渡せ。ここは俺様が食い止める…!」
男性は眼鏡の青年を睨みつけながら言った。尻ポケットから丸めた紙が落ち、それを踵で蹴ってオレの足元へ転がした。
ベルガモット…。なぜ…。
「で、でも…。貴方を置いて行けません!!」
「うるせェ!ガキは黙って大人の言う事聞いてりゃいいんだよォ!!…もうこれ以上、誰も死なせねェ…!」
満身創痍。一目見れば分かる。それでも尚、オレを庇う様に青年の前に立ち塞がるその姿は「勇者」以外の何者でもなかった。
だからこそ。オレも。オレなりの勇気を…!
「…わかりました。でもその前に!ブレイズバード!!」
オレの掌から放たれた反撃の炎は男性の股の下をくぐり抜け、青年の拳銃に体当たりした。拳銃は炎に弾き飛ばされ、男性の後方に落下した。青年の右手が赤く腫れあがる。
「さっきのお返しだッ!ざまぁみろ!」
青年は歯を食いしばり、先程とは打って変わって、憎しみを込めた目でオレを睨んだ。
「やるじゃねェかガキンチョ。てめェのガッツ、確と受け取ったぜ。後は任せな。さァ、もう行け!」
オレは紙くずを拾い上げてポケットに突っ込むと、回れ右して一目散に駆け出した。今のオレにできる事。それは、この紙をローズに届ける事!この命に代えても、オレの命を救ってくれたあの人の為に成し遂げてみせる!
「愚か者が…。」
「おっと、てめェの相手はこの俺様だ。七三クソ野郎。」
かの勇者アーサー=ブレイブの伝説には、こんな言葉が登場する。
『勇者とは悪を滅ぼす者である。』
ハル達は決断せねばならない。いずれ訪れる大戦にて、光と闇、そのどちらに与するかを。そのどちらが悪なのかを。戦うべき仇は誰なのか。信じるべき賢者は誰なのか。幾重にも交差する陰謀の最中、若き勇者達の正義が今日も世界に警報を鳴らす。
早く。早く届けないと…!
オレはただ韋駄天の如く、全力で疾走した。恐怖からではない。得も言われぬ、強い使命感からである。紙くずの内容は見ていない。だが、これが物凄く重要な物であることだけははっきりと分かった。
スマホを取り出して、震える手でローズに電話をかけた。…繋がらない。もう一度かけてみた。…ダメだ。どうして出ないんだよ!こんな時に!
ローズはまだ病院にいるはず。オレは通行人を跳ね除けながら、ローズのいる病院に駆け込んだ。
「す、すいません!ローズ!ローズ=ベルガモットって人いますか?!」
受付の看護師さんに前のめりになって、早口で伝えた。待合室の人々が顔を見合わせる。そんなことを気にしている場合ではない。一刻も早く、ローズに合わなくては。
「いらっしゃいますけど…。本日はどのようなご用件でしょうか…。」
中年の看護師は珍しい物を見るような目で、おずおずと答えた。
「渡したい物があるんです!緊急なんです!今すぐ会わせて下さい!」
看護師は、「わかりました。」と一言告げた後、奥へ行って、またすぐに戻って来た。武装した騎士を数人連れて。
「では、まず。そのポケットに入っている紙を渡してもらいましょうか。」
待合室にいた患者達が立ち上がり、隠し持っていた白い拳銃を一斉にオレに向ける。
まんまとやられた。全員…グルだったのか…。そりゃそうか。世界中の医療施設は全て、光の賢者の管轄だもんな。馬鹿かよオレは。こいつを届けるってあの人と約束したのに…。
「動かないことをお勧めします。どうせ死ぬなら楽な方がいいでしょう?」
最悪だ。死んだ。もう死んだ。終わった。こんなあっさり死ぬのかよ。こんな──
閃光。
稲光と刃が待合室を駆け巡る。それは一瞬の出来事だった。刃の持ち主はオレの前に着地し、調子に乗ったチャラい声で言った。
「病院に来て怪我するんじゃあ、世話ねえよなあ…!」
ライト!!どうしてここが…。
「詳しい説明は後だ。それより、お前にゃやることがあんだろ?ちゃっちゃと済まして来い。」
「いや、でも…」
オレが戸惑っていると、ライトは人差し指をチッチッと横に振った。
「今は俺が王様なんだ。だからこれは命令だ。王様ゲームの王様は命令するまで有効なんだよ。」
そう言うと、ライトは再び剣を構えた。細身の剣がバチバチと音を立てて光りだす。
「ハル殿!こちらへ!」
ガラス張りの自動ドアの前に黄色いカチューシャをした女の子が立っていた。オレはライトの方を一度振り返り、短く礼を言った後、自動ドアを抜けて脱出した。
「お怪我はありませんですか?!」
ルナは心配そうな顔でオレの顔や身体をペタペタと触った。その手は徐々に下半身に下がっていき…
「ってオォォォォイッ!どこ触ってんだテメエは!」
オレはルナの手を払いのけ、息子の安否を確認した。…大丈夫。少し硬いが元気だ。いや、こいつ何やってんだァァァァァァアッ!!!
「はっ!私としたことが…!」
ルナは仰々しく驚いた顔をして、ブルブルと首を左右に振った。この破廉恥野郎が…。
「って、そんなことしてる場合じゃありませんですよ!ハル殿は何か使命があるのでは?!」
そうだったッ!!ルナの奇想天外な行動に呆気にとられ、目的を忘れるところだった。オレはこれまでの経緯を簡潔に説明した。
「…大体わかりました。おそらくですが、ローズ殿はここにはいません。敵とてそこまで馬鹿じゃない。私に任せて下さいです!」
ルナはポーチからゴテゴテに飾り立てられたマイクを取り出し、大きく息を吸った。何をする気だ?
「すぅーっ…皆さぁぁぁぁぁん!!一緒にローズ殿を探しましょぉぉぉぉぉっ!!」
ルナの周りに光の粒が舞い散った。カラオケの時と同じだ!
すると、声を聞いた通行人達がルナの元に駆け寄り、あっという間に人集りができた。
「俺に任せとけ!」「私も手伝うわ!」「必ず探し出してみせる!」
人々は口々に言うと、四方八方に散らばった。中には壁を走ったり、ビルを飛び越える者までいた。…いや、おかしいだろ!この街はこんな化け物じみた身体能力した奴しかいねえのかよ!…いや違う。
「月光の歌姫。今日は大活躍ですねー!」
煽動と強化…!これがルナの魔法!しかし、まただ。レフトに続いて、ルナの魔法は五属性のどれにも当てはまらない。どういうことだ?
「すぐに見つかると思いますよ。それまで少し待ちましょ。」
住宅街を駆ける二人の若者。二人とも病衣を着ているが、ペアルックではない。カップルではないし、デートしている余裕も無いようだ。
「こんなの違法よ!光の賢者は何やってんのよ!どうして助けてくれないの?!」
赤髪の少女は大袈裟な身振り手振りで共に逃走する尖り頭の少年に、いかに現在の状況が理不尽であるかを訴えた。
「状況から察するに…その光の賢者が今回の黒幕と考えてまず間違いないだろう。」
リクは左眼のスコープのダイヤルを回しながら答えた。ダイヤルが忙しなく音を立てて行ったり来たりしている。
「最悪ね。それと一応言っておくけど、先日の戦いで使い切った魔力がまだ回復してないわ。魔法は殆ど使えないから、戦闘は任せたわよ。」
「言われなくても分かっている。役立たずは黙ってろ。」
軽口を叩き合いながら、学校を目指す。目的地までは凡そ2㎞。
そこでハル達を待つ。こんな所で死んでたまるもんですか!…リクはなぜ助けてくれたのかしら。
—数分前—
今頃、ハルはどうしているかしら。試験は順調なのかしら。…できることなら、私も同じ土俵に立ちたかった。でも、今の私に出来ることはハルを応援すること。これ以上、闇をハルに近づけてはいけない…!
コンコンッ
病室の窓を叩く音がした。外を見ると…リク!そんな所で何やってるの!
私は窓を開けようとしたが、開かない。仕方ない。指を窓に当て、僅かにある魔力を指先に集中させた。ドロドロと、ガラスが溶けていく。リクは窓に穴が開いたことを確認すると、真剣な表情で話し始めた。
「…入り口に光の賢者の騎士がぞろぞろと集まっている。狙いはおそらくお前だ。」
光の賢者が…私を?まさか…。
「ど、どうして私を──」
ガラガラ
病室のドアが開き、屈強なスキンヘッドの男性が入って来た。光の賢者の制服を着ている。
「一緒に来てもらいます。さ、こちらへ。」
ヤバい。捕まる…!
リクは舌打ちをした後、窓に開いた穴に左掌を密着させた。リクの左腕に電流が流れる。
「狙撃。」
掌から撃ち出された白い光が、男性の眉間を正確に撃ち抜いた。大きな音を立てて、後方に頭から倒れ込む。
「…気絶させただけだ。逃げるぞ。」
凶暴で冷たい。しかし、どこか暖かい。リク=バレット。一体、貴方は何を考えているの?
「…追われている。」
「え?」
前を走るリクはハンドサインで静止の合図をした。リクの後に続き、曲がり角で息を潜める。ザラザラとしたブロック塀が素肌に触れて少し痛い。
「二人。さっきまでのとは格が違う。…相当の手練れだ。合図をしたらお前は逃げろ。俺が囮にな──」
衝撃
ブロック塀を何かが突き破り、リクを向かいの壁まで吹き飛ばした。壁が崩れ落ちる。
「リク!!」
「来るなッ!」
リクがそう叫ぶと、二発目の何かがリクへ直撃する。家屋が倒壊する。どこかから撃たれてる?…いや、違う!
十字路の中央に真っ白な鎧を着た男性?が現れた。いや、女性かもしれない。ゴツいけど。
「あらぁ、良い男ねぇ…♡。私の音速の蹴りを二発食らっても死なないなんて♡」
紫色のウィッグと、真っ赤な口紅。そして、濃い髭。なんて言うか…インパクトあるわね。
「逃げるからこうなるっしょ。大人しく捕まっとけばいいっしょぉ?」
いつの間にか背後には同様に白い鎧を着た細身の男性が。顔には白と黒の奇抜なペイントを施している。
「音速の『ジェット』ぉ。」
「音速の『ターボ』♡。」
挟まれた…!
「さ。そろそろ遊びは終わりっしょ?」
トイレ行きたい。




