第9話 GAMEOVERです
「GAMEOVER…ですね。」
ゲームオーバー、か。そうだな。なんでだよ…シルヴィア。どうして…。
「continueしますか?」
できることならしたいよ。分からないことだらけだ。確かめたいことが山程ある。シルヴィアのこと、あの後のこと、そして…ローズのこと。酷いこと言っちまった。ローズは何も悪くなかったのに。でもオレはもう…。
「それならcontinueしますか?」
したいよ!したいけどさ…。もう無理だろ。オレはシルヴィアに滅多刺しにされて死んじまったんだよ。オレはあの時どうすればよかった?何を選べばこんな残酷な結末を回避できた?一体どこで間違えた。オレは──
「じゃあコンティニューしなさいよ!!」
真っ白な空間に少女の怒声がこだまする。目を開けると、そこには小学生くらいの幼女が腰に手を当てて立っていた。所謂「メイド服」ってやつを着ている。可愛い。いや、別にロリコンじゃねえけどさ。
「あの、君は誰?ここはどこかな…。もしかして──天国?」
「はあ。」
少女は首を横に振りながらため息をつくと、その場にしゃがんで床をコンコンと叩いた。真っ白な床はノックに応えるように、ドロドロとした液状になり、渦を巻き始めた。
「折角私が死にかけのあんたをここに留めておいてあげてるんだから、そーゆーウジウジしたのはやめてほしいんだけど。」
渦巻いた床は小さな水たまりになり、その中から何かが浮かび上がってきた。これは…オレがシルヴィアから受け取った茶封筒だ。通り魔事件の犯人がローズであることを裏付ける証拠の鑑定書類が入っていたはずだ。
「そうだ。オレはこれを見て、てっきり犯人がローズだと…。でも真犯人はシルヴィアだった。どういうことなんだ…。」
そう呟くと、少女はまたため息をついた。少女はメイド服をパンパンと簡単に払って立ち上がると、オレに背を向けて歩きだした。彼女の進行方向には、いつのまにか煌びやかな装飾が施された座椅子が置かれている。
「ほんっとーにっ呆れた。そんなものに踊らされてチャンスを無駄にするなんて。」
椅子に腰掛けた少女は頬杖をつきながら言った。
「踊らされた…どういう意味だ?」
「それ、偽物よ。」
…?フェイク?まさか…!
「あのシルヴィアとかいうクソガキ、中々のやり手ね。四六時中あんたやローズを付け回して、闇の魔道士に情報を流して、周囲の厄介者を的確に排除していった。あんたを一人にするために。その書類もあんたからローズを引き剥がすための策略に過ぎない。」
「ま、それもこれもぜーんぶっ!あんたの怠惰が招いた結果なんだけど。そこんとこちゃんと反省しなさいよ?」
そうだったのか。オレはまんまと騙されて。自業自得だな。リクを失って変わろうとしたのに。またローズを失って。精一杯頑張ったつもりだった。でも全然足りなかったんだ。結局オレは…何一つ変わっていない。
「そーやって落ち込むのは得意なようだけど…考えてばっかじゃゲームはclearできないわよ。」
ゲーム。これはそんな簡単なことじゃない。ゲームなら何度でもやり直せる。でも現実は…ずっと残酷だ。たった一回のミスで、これまでの全てが水の泡になる。簡単に…パッと…壊れてしまう。
「真実を教えてくれてありがとう。君が何者で、何を知っているのかは知らない。でももう全部終わったんだ。ゲームオーバーなんだよ。」
どうしようもなく退屈な人生だった。でもローズと少しの間イチャイチャできて、ジークのような友達もできて、そこそこの人生だったな。オレにはこれくらいが丁度いい。
「本当にそれでいいの?」
…。
「後悔してるんじゃないの?」
…してるよ。でも。
「ローズはあんたを信じていたからこそ、病院を抜け出してまであんたに危機を知らせたんじゃないの?それなのにあんたは──」
「ッるせえなァ!わかってんだよそんなこと!!オレだって何とかしたいよ。したいけどさ…無理だろ。オレじゃ無理なんだよォ!!!」
「魔王襲撃の時も。ヴィゼフとの戦いの時も。今回も!オレが死ぬ気で頑張って、誰かを守ろうとしたって…今日も、変わらず人はゴミみたいに死んでいく。」
「リクも、ローズも救えずに。あんな近くにいたのに、友達の悪意にも気付かず…。こんな大馬鹿野郎に一体何ができるって言うんだ?」
これまで心に封じ込めていた気持ち。どうしようもない無力感。劣等感。オレを蝕んでいた「負の感情」。コップの水が溢れるように、オレは少女に思いの丈をぶつけていた。
確か、少し前にもこんなことあったな。そうだ。オレは焦っていた。明日は我が身、それか友。また誰かを失うのが嫌で。オレはローズにやり場の無い苛立ちをぶちまけた。何の罪も無い少女に八つ当たりをしたんだ。
そんなことしたって、状況が変わらないことくらい分かっている。どれだけ叫んだって、『ナツミ』は帰ってこない。
5年前。オレには妹がいた。どこにでもいる兄妹。親父の開発していた魔法兵器の試作品が自宅で暴発して、オレは一人っ子になった。まあそれも昔の話だが。
「でも。」
少女が束の間の沈黙を破る。
「でも、まだローズは生きている。」
…!
「彼女だけじゃない。リクも、ジークも、ピローも、そしてシルヴィアも。あんたが守りたいと思った者達。案外手遅れじゃないんじゃない?」
生きている。そうか…。
「確かに、あんた一人で解決できるようなことじゃないかもしれない。いえ、きっとそうに違いない。でも…」
そうか…これは…
「あんたに一握りの、諦めない『勇気』があるなら。『勇者達』は何度だって蘇る。」
オレだけじゃない。世界中の勇者達が平和を願っている。これは…みんなの物語なんだ。
オレを暖かな光が包み込む。ぐにゃぐにゃと視界が歪み、意識が朦朧としてくる。
もし。まだ間に合うなら。オレに少しでも運命を変える権利があるのなら!
消えていくオレに向かって、少女は優しく微笑んだ。
「私はアリス。終焉を望む者。EDを決めるのはあんたよ。」
ピー。ピー。
電子音が聞こえる。目の前にあるのは真っ白な天井。だが、さっきの場所とは違うようだ。スベスベとしたシーツの感触。天井と同じく真っ白なベッドに寝ている。ここは病院のようだ。
「んっうぅん…痛っ」
オレはなんとか体を起こそうとしたが、背中に激痛が走り、再びベッドに倒れ込んだ。
目の前の壁に掛かっている時計の針は7:30分辺りを指している。窓から差し込む朝日が眩しい。傍にある小さな机には花瓶と果物が置いてある。
『早く良くなって下さい。』
止め、跳ね、払い。レタリングでもしたのかというくらい綺麗な字で書かれた手紙が添えられていた。ローズの字だ。でもその手紙には差出人の名前が書いていなかった。
ローズはオレの言葉を気にして、自分が見舞いに来たことをオレに知られたくなかったのだろうか。そう思うと胸が苦しい。時間を巻き戻せるのなら…いやそうでなくとも、今すぐローズに謝りたい。
オレは精一杯左手を伸ばし、ベッドを囲っているカーテンを少しだけ開けた。いや、それしか開かなかった。早くみんなの所へ行きたい…!そして謝りたい!
心の中でそう叫んだ時、突然カーテンが開いた──
「ジーク=シュトロハイムが人の病室に勝手に見参だ。」
オレの思いを返してくれ。
「それで、誰がオレを助けてくれたんだ?もしかして…ローズか?」
そうであって欲しいと思った。おこがましいのは承知している。だが、そう思わずにはいられなかった。
「まあ、もっともな質問だな。お前がローズと別れて校庭に向かった後、ローズから俺に連絡があった。俺はローズと共に校庭に駆け付け、そこでシルヴィアと交戦した。」
ローズとジークが…、シルヴィアと…。シルヴィアの試合の相手はリクだった。本来なら殺し合うのはその一回だけで良かったはずだ。それなのに…。
「じゃあやっぱりお前らが助けてくれたんだな。あんな酷いことを言ったのに…。ローズはオレをまだ…。」
「そうだな。ローズにはキチンと礼を言うべきだ。だが…」
だが、と続けたジークの表情が曇る。
「お前を助けたのは俺達ではない。無論そうしたかった。だができなかった。」
「俺達はシルヴィアに惨敗した。」
な…!ジーク達が…負けた?校内トップの2人がシルヴィア1人に惨敗しただと?そんな…。
「いいか、ハル。よく聞くんだ。」
「今のシルヴィアは、かつての彼女とはまるで別人だ。殺戮を渇望し、他者の憎悪を至福としている。彼女と対峙してはっきりと分かった。あれはもうシルヴィアじゃない。」
それはオレも何となく感じていた。オレを襲った、あの時のシルヴィアの顔。狂気。それ以外の何物でもなかった。やっと殺せた。そんな顔だった。
「それに彼女からは、何か良からぬモノを感じた。形容しがたい…身の毛も弥立つような嫌なモノ。前までは持っていなかったモノだ。なんというか…その…。もう、わかるだろ?」
ジークは言葉を濁した。だがオレはその後に続く言葉が分かった。分かってしまった。考えたくなかった最悪の事態。
「シルヴィアは…闇の魔法を会得している。そういうことなんだな?ジーク。」
闇の魔法の会得。そしてそれは、もう一つ。絶望的な事実を意味していた。
「シルヴィアが闇と通じている。それはつまり、生きているということか。あいつが。ヴィゼフが。」
ヴィゼフは死んだはずだった。凶悪な闇の魔道士は光の賢者の聖人を持ってしても倒せないということか?
オレは気付いていた。いや、オレだけじゃない。おそらく誰もが心に抱えていた矛盾。
闇に打ち勝ちたい。そのためには力が要る。その力を手に入れるためには、もはや。闇の力を借りるしか、手段が残されていないことに。
「じゃあ、結局オレを助けてくれたのは誰なんだ?警察か?」
「いや、リクだ。」
…?リクが…オレを?なぜ。
「まあ、理由はどうであれ、リクがお前を助けたのは事実だ。俺やローズでも勝てなかったシルヴィアに致命傷を与え、撃退した。ただ、リクもかなりの深傷を負ったようだな。」
リクは何を考えているんだ。あいつはオレを恨んでいるはず。なぜオレを助けた?何がどうなってんだよ…。
「大体の流れはこんな感じだ。通り魔の犯人がうちの生徒だった以上、試験の続行は不可能であると、光の賢者は判断した。今は皆、各々の教室で待機している。…光の賢者の監視付きでな。」
オレが寝ている内に色々あったんだな。オレのために、色々。さっきは「最悪の事態」って思ったけど、意外とそうでもなさそうだ。だってオレには、オレを大切に思ってくれる仲間がいるのだから。そうさ。オレは一人じゃない。
「監視付き…。それなら何でお前はここに──」
「大変だ!!」
突然、病室の扉が音を立てて開いた。扉の前には小柄な金髪の少年が立っていた。ピローだ。余程急いで来たのか、ゼェゼェと息を切らしている。真っ白で如何にも優等生みたいな壁をバックに、劣等生が息を切らしている姿はアンバランスで、どこか芸術的でもあった。美しさは微塵も無いけど。
「どうしたピロー。お前も全力でハルの見舞いに来たのか?」
全力の見舞いってなんやねん。てか、どう見たってそんなんじゃ無いだろ。
「全力の見舞いって…なんだよ…はぁはぁ。そんな事より大変なんだよ!!…ってハル!目ェ覚ましたんだな。まず一安心だな…。」
緊急事態のはずなのに、その中でピローがオレを気遣ってくれた事が内心嬉しかった。オレはこのメンバーが好きだ。チーム・ピローは不滅だからな。…ここにシルヴィアがいたらどんなに良かっただろう。どうしちまったんだよシルヴィア。
「おかげさまで元気だよ。それで、何が大変なんだ?」
ピローはハッとした顔をして、再びあたふたし始めた。一体何事なんだ。
「そう!大変なんだ!さっきパパから連絡があって…ローズがいなくなったんだ!」
は?
「ローズの机にボク宛ての手紙があって…」
そう言うと、ピローは胸ポケットからくしゃくしゃの紙片を取り出した。手紙の内容を確認し、一度頷くと、オレのベッドに走って来た。手紙をオレの顔の前に差し出す。
『ピローさんへ
大切な用事があるので出掛けます。
ハルには伝えないで下さい。
お願いします。
ローズ=ベルガモット』
「ここにいたのね。シルヴィア。」
山奥の崖。二人の少女が向かい合う。覚悟の表情で立ち尽くすローズ。怒りと悲しみが混ざり合ったような複雑な表情。
「ここから星を眺めるのが好きだったんです。以前、ハルくんと一緒にここに来て…まあ、そんな思い出話を聞きに来たんじゃないですよね。」
シルヴィアは大きく深呼吸すると、凍てつくような眼差しでローズを見た。ボロボロの制服は自分の血、そしてハルの血で真っ赤に染まっていた。
「思い出?殺し損ねた男との記憶を思い出だなんて…狂ってるわね。」
噛みしめるように苦しげに単語一つ一つを発音した。静寂にローズの声だけがポツ、ポツと響いた。
「狂っている…。人が狂う時。それはいつか分かりますか?」
シルヴィアはそう言うと、昼の暖かな青空を見上げた。星は無い。いや、見えないだけで星はそこにあるんだと。そう言わんばかりに少し笑みをこぼした。
ローズは依然微動だにしない。シルヴィアの感情を何とかして理解しようと一挙一動を観察した。しばらくの沈黙が続いた後、シルヴィアはローズの方へ向き直り、口を開いた。
「…人が狂う時。それは、耐えきれない程の苦しみに直面した時です。ローズさんに…私の苦しみは理解できない。」
シルヴィアが胸の上で両手を重ねると、足元から黒いモヤが溢れ出し、彼女の周りを漂い始めた。
ローズの目が見開かれる。シルヴィアが闇と通じている。信じたくなかった。でももう、目を背ける訳にはいかない。ローズには守るべき人がいるのだから。
「ジークさんと二人掛かりで私に負けたローズさんでは、私に勝つことはできませんよ。」
シルヴィアを囲む闇が一層濃くなる。
「まあね。貴女を殺さないように手加減しながら戦うのは心底苦労したわ。…でももうその必要は無い。ハルを傷つけた貴女を許す訳にはいかない…!」
ローズをオレンジ色の炎が包む。火花がパチパチと散り、シルヴィアの闇を焦がす。
「ハルくん…完全にローズさんの所有物ですね。いいでしょう──」
炎に照らされたシルヴィアの顔が狂気に満ちる。
「二度とソの口がきケなイヨう、ブっ殺シてアゲまスッ!!!」
多忙




