突然のさよなら
リオレでの生活も東支部での修業も順調に過ごせている今日この頃。
そろそろ戦闘の絡まない様なおつかいクエストでも引き受けたいなぁ…なんて思いつつも、私は修業の合間を縫って古道具屋で茶器等を物色していた。
(コトさん、今話せますかっ!?)
うわっ…思わずビクッってなったが、ミミナガ君からフレンド通信入ってるね。慣れないとビビるねコレ。
(ミミナガ君、どした~?今日は取材メインだって言ってなかったっけ?)
(済みませんが、今すぐお伝えしたいっていうか……確認事項がありまして。通信ではちょっとアレな案件でして、今どちらです?)
(北街区の『ナナフシ堂』って店だけど)
(北通りの端ですよね?比較的近いや。協会本部脇のオープンカフェ、『宿り木』で落ち合えませんか?)
(いいよ。クカ茶一杯で手を打とう!)
(了解。では後程!)
… … …
私は歩いて約七分で到着したが、ミミナガ君も急いで来たみたいで、私を見付けるとすぐにと予約席へ導かれる。
彼は素早くクカ茶を二人分頼むと、周囲を気にする様にして、囁く様に質問してきた。
「コトさん…フレンドについて、実は気になってる事がありまして。僕が個人的にブロックされたなら仕方ない事なのですが……」
「ん?ブロック??」
「三日前、暫くご無沙汰してたトイトイさんが久々にログインしてたみたいなんですけど、今日、改めてリスト確認したら、フレンドから消えてまして……コトさん、まだトイトイさんとフレンド登録してますか?」
「え…?あ、リストね?ちょい待ち……」
私は自身のフレンドリストを開く。ミミナガ君、ぷみらさん、ぐすたふさん、モアさん、シャンプーさん、アイアンさん、ジャムさん、ライさん、そしてエスっち。本当だ、トイトイさんが無くなってる。
「アレ?無い!」
「やっぱり……。僕、結構リストを頻繁にチェックしてるんですよ。ログイン中は交流もしますし、何より無事を確認出来ますから!」
「……そうか、白丸だとログアウトだって言ってたよね!?」
「はい。そして、フレンドリストから消えると言う事は、相手にブロックされた場合を除くと…生死に関連します。ハッキリ言ってしまえば、キャラロストで抹消される」
「それって…」
「さっきまで、トイトイさんを探して協会本部周辺で聞き込みをしてたんですよ。チップをはずんで情報収集を行いましたが、三日前…北西の森林に狩りに出たという裏が取れた以降の足取りがまったく掴めません……」
「……」
何か、不吉な予感がする。最悪、トイトイさんは……
「耳長新報の取材を始めた頃…冒険者協会を中心にして、リオレでは何件かの行方不明事件が起きたと騒がれていました」
「うん、読んだよ。『颯爽ヶ原の連続失踪』だよね!?」
「捜索クエストで冒険者が何人か駆り出されたそうですが、未だ未解決。トイトイさんが向かったという『朝靄林道』は、颯爽ヶ原の真西に当たります…」
林道か。ぶっちゃけ私は街の外や狩場には疎く、全くの無知だ。調査してみない事にはこれ以上はなんとも言い難い。
「ミミナガ君、お菓子…どれ位持ってる?まだ食べてないよね?」
「それは勿論、まだ残ってますよ。コトさんの付き合いでここ数日は通ってますし、店の隅で埃被ってた巾着なんてものをコトさんが見付けちゃうから、集めない訳にはいかなくなっちゃいましたもん」
そう、ここ数日の間は私の提案で通い詰めだった。
駄菓子屋を見付けるプレイヤーは少なく、駄菓子専用の無限インベントリを見付ける人は更に少ない。
でも、この組み合わせを利用すれば一時だが大幅なドーピングも夢ではない!そう提案して、二人で買い集めを開始していたのである。
勿論、運営側も駄菓子で無限上昇させる程甘くはない。
あの店、D・G・Cは近所の子達にも優しい仕様なのか、一日にプレイヤーが五十個買うと、品切で店仕舞いをしてしまう。
毎日チェックを入れたので、これは間違いなくそういう仕様になっている筈だ。
それとなく店のお婆ちゃんに聞いてみたが、近所の子等も日々買いに来てるとの話で、それと合わせて売り切れになるという設定にしていると思われた。
なので毎日二人で二十五個ずつ購入する作戦なのだが、当然ハズレもあるので薬効のあるものには限りがある。二人とも潤沢と言える程ではないが、自分の必要とするものを中心にして少しずつ買い集めていたりする。
「ミミナガ君!私達にとって、トイトイさんは最初に組んだフレンドだね」
「ええ。あれ以来、時々挨拶を交わす位でパーティを組む事は有りませんが、ここで出来た大切なフレンドの一人です」
「うん。あの時は、結果として無謀で終わったけど…あの失態でも死なずに乗りきった末出来たフレンドだ。格上相手なら同じ事になるし、ドーピング云々で何とかなる相手ならいいけど……とにかく、彼を探して現状だけでも、私は把握したいよ」
「同感です。どうにか出来るかは疑問ですが、僕だって知らんぷりはしたくないですから」
「可能なら他のフレンドに声掛けもして、少しでも情報を集めたい!この件に敵がいるなら、人海戦術でも策略でも何でも使って一泡吹かせてやる!」
手始めに私達は街を巡って友人知人に声掛けを始めた。
トイトイ・ホーという剣士の事とその行方、颯爽ヶ原と朝靄林道の事、行方不明事件についての情報等々。
些細な事でも情報あったら知らせて欲しいとお願いする。
ミミナガ君はラムラサさん達下宿先の四人に。また、アグルさんにはお金を払って人捜し及び行方不明事件の情報収集を依頼した様だ。
その後はこれ迄知り合った取材先や行き着けの店等彼の人脈筋を当たってくれている。
私の方はといえば…柳屋のリラベルさん、ナルハさん、ホール師範、バーナルドさん、シユちゃんとそのお母さん、リヴラさん、ボローニャのニャンティークさん、時溜まりのマスター、協会本部のルエタさんなどといったNPCの方々に一先ず聞き込みを行った。
続いてプレイヤーだが、お店をやってて人脈が豊富そうなぷみらさんはログインしていなかった。他に頼りになると思えるのはアカシさんとふらりぃさんだが…実はあのお二人、何時も散歩中に会って仲良くしてくれるというのが基本になってて、実はフレンド登録していない。どちらかというと一期一会に重きを置いていて、フレンド登録という機能で人脈を増やしたがるタイプとは一線を画している感じなんだよね。という訳で、今日は未だ遭遇ならず。
ガラム師匠は引退旅行と称して旅の空だし。次は、他のフレンド達を…という時の事であった。その声が届いたのは…
… … …
『ハァ……ハァ……ハーッ…………ハッ』
突然、耳元に荒い息づかいが聞こえて身体が硬直した。何だこれ!?素早く周囲を警戒するが、異常は見られない。
『……コト…ち…………ミミ……たす……け…………』
それは、街の雑踏の中で入ってきた、途切れ途切れの通信だった。最初はただの雑音に思えたが、単調なその声にハッとしてメニュー画面を呼び出すと、フレンドが表示されたウィンドウでエスプレッソの文字が点灯している。
『エスッち?どうしたのっ!エスッち!!』
『おそ……わ…れた……今…………街道…西……』
まさか!頭の中で、嫌な予感がパズルの如く塊となっていく様な気持ちに襲われつつ、西門へと全力疾走する。
『コトさんッ!!』
『西門で落ち合おう。2分で着くッ!』
『了解!』
… … …
中央広場から西門へと続く、西大通りを走っていると、南側の路地からミミナガ君が飛び出して来て並走を始める。
声を掛け合うのも省略してそのまま二人で門まで疾駆すると、門を護るガードのおじさんの慌てた様子と、倒れる様に駆け込んで来た傷だらけ、血まみれのエスプレッソが見えた。
「エスッち!!」
素早く駆け寄り、傷を確認する。頬、肩、脇腹、両腕、両足と痛々しい無数の裂傷があるものの、どの傷も深くはなく、刃を掠める様に付けられたものばかりだ。
エスッちはシーフだから、回避はそれなりに出来る方だと思う。
だがこの傷の付け方からすると、致命傷をどうにか躱したというよりも遊び半分に弄られたという印象を受けた。
心の奥に冷たい怒りが澱の様に溜まってくる。
「エスッち、何があったの!?」
「状況を、教えて下さいっ!!」
「森で……襲われた。まだ……JAMたち、が……そこ、に。りょ、緑磁岩……の、西側……」
不意討ちか何かを受け、恐慌状態のまま全力疾走して離脱して来たのだろう、エスプレッソは呼吸も荒く、絶え絶えに言葉を絞り出す。
「緑磁岩なら分かります!コトさんっ!!」
「JAMさん達がそこに……うん、行こう!」
「何か、騒がしい感じだね。どうかしたのかい?」
振り返った先にはアカシさんとふらりぃさん、さんぽ部の二人が立っていた。
「アカシさん、ふらりぃさん…」
「その子、怪我しているみたいだけど?」
「た…」
思わず助けを乞う言葉が出掛けたが、私はそれを飲み込んだ。
先輩プレイヤーである二人にお任せしてしまえば、私らが足掻くより効率は遥かに良いだろう。
でも、JAMJAMさん達の身の危険を何とかしたいというのは私達の個人的な気持ちであって、お二人の都合とは違う。
考えすぎなのかもしれないけど、やっぱり自分の考えで他者を死地へ誘導するっていう事に躊躇してしまったのだ。
このゲームでは、命は有限だから。
彼等二人がフレンド登録してるで無しに私達と仲良くしてくれているというのは、やはり趣味の部分で一緒に楽しもうというお誘いと、その楽しみを分かち合える相手として信頼してくれてるから、という気がする。
普通のプレイヤーの様に、冒険と戦力向上の利害によるパーティプレイを望んで…というのとはちょっと違うのだ。
だからこそ、私もお二人を信頼してお付き合いをしているし、不用意に自己都合で戦闘に誘ってしまったら、冒険者としても自分のこだわりプレイにしても、何か大事なポリシーみたいなモノを失う気がして正直怖かった。
「アカシさん、ふらりぃさん、都合の良いお願いですが、エスッち…この子をお願いします!後で必ず埋め合わせしますから!私達、急がなきゃ……仲間が、フレンドがピンチなんです!!」
私は彼女を二人に預け、ミミナガ君に決意の目を向ける。
彼も私の意見を理解してくれたらしく、真剣な目で頷いてくれた。
二人、一斉に西門から街道へとダッシュする。
「ミミナガ君、こっからどれ位かかるか分かる?」
「全力で行けば…七、八分かな?緑磁岩は朝靄林道に入って最初のセーフポイントなんです」
「成程、私って狩場の知識ゼロだから助かるよ。ところで、『敏捷すもも』は幾つ持ってる?」
「九つです」
「さすがだね!私は七つだよ。ねぇ、現地までに半分程使ってブーストして行かない?」
「そうですね。向こうでも必要になりそうですから、僕は三つ程使おうかな」
「私も三つだね」
巾着からすももを取り出し、素早く口に入れていく。ゲームだから、むせたり詰まったりは無しだ。これで敏捷が3アップだ。
私達は各自走るペースが落ち次第、『スタミナカステラ』で疲労を微回復させながら走り続けた。
… … …
「あ~あ、行っちゃったねー」
コト達が去った後の西門で、ふらりぃは呑気な口調を崩さぬままにそう言った。
視線は門の外へと向いてはいるが、淀みない動作でポシェットから薬瓶を取り出し、手馴れた感じでエスプレッソの口にサッと含ませる。
「むぐっ……にがい~ッ!!」
「『薬用酒・良薬口苦』(りょうやくくちににがし)。レア度Bの完全回復薬だよ。激マズ仕様なんだけどね!まあ、これでもう心配ないよ」
口に広がる渋さに、エスプレッソは顔をしかめる。さんぽ部の二人は、もう治療は完了とばかりに門の方へと意識を向けた。
「お二人共、無闇に共闘を願わないのは見上げたものですが……些か、無謀でもありますね」
「ま、ボクはそーいう拘り嫌いじゃないよ。ここは最高に楽しくて、かつ何処よりもシビアな世界だもの」
「さて…お嬢さん、エスッちさんでしたか?私達にも状況を教えてくれますか?」
アカシはくいっと眼鏡の位置を直しつつ、エスプレッソへと笑いかけた。
… … …
ぐすたふは森の奥へと意識を集中し、ラウンドシールドを構えた。
既に何十回もの攻撃を受けて続けた愛用の盾は傷だらけのボロボロであり、ここを生き延びたら買い換える必要性がありそうである。
最も、執拗に悪辣な攻撃を仕掛けてくる襲撃者が逃がしてくれればの話ではあるのだが、その望みは極めて薄そうであった。
昼前に狩場に来て、軽く連携の練習をした後にセーフポイントで弁当を囲み、また再開…そんな折に突然始まった攻撃。
相手は一人の様だが、スナイパーの様に周到で執拗だった。
「ぐっ……」
不規則な軌道で飛んで来た手斧が、左肩を抉った。先程までは、じわじわと盾を削って遊んでいたが、遂に一発もらってしまった。
(これは……いよいよもってヤバイな…)
防御しながら打開策を探っていたが、何も術がないというのが現状だった。唯一の救いと言えば、一番足の速かったエスプレッソが逃走しきるだけの時間を稼げた事くらいである。
彼女がこの薄汚いプレイヤーキラーの情報を流せば、街では犯罪者討伐の部隊が組まれる事になる。と、そう信じたい所だった。
「そろそろ終わりにしようぜ!」
前方の木陰から、男が声を上げた。
一人逃がした事への憂さ晴らしとばかりにぐすたふをいたぶっていたが、そろそろ焦れて来た様に見える。
この斧男は、『ザコである新人プレイヤー殺しが楽しくてしょうがない』とのたまった屑であるが、これまで生き延びて来ただけあって慎重さとしたたかさを備えているらしい。
焦れもあるだろうが、討伐隊が組織される前段階での逃走を計算に入れている様にも見えた。
「さあ、くたばれ!俺のこのアーティファクト、『必中帰巣のトマホーク』でなっ!」
本気の一撃が来る。実際、あの手斧はかなりヤバかった。皆、アレにやられたのだ。
ぐすたふはダメ元でその一撃を受けきり、メイスで突撃をかまそうと決意を固める。
とは言え相手は今迄、追えば逃げて、逃げれば追う様にして三十メートルの距離を徹底して保ってきた奴だ。こちらの最後の突攻も、決して勝算あっての事ではなく一矢報いたいという玉砕覚悟に他ならなかった。
「ウィィィッシャァァァーーーーーッ!!」
下劣な愉悦を含んだ雄叫びと共に、さっきまでとは明らかに違うフォームでの投擲で手斧が迫る。
両手で盾を支えた全力防御で迎えるぐすたふだったが、盾に着弾する直前で斜め後方から飛来した何かが手斧と接触し、炸裂した。
「!」
炸裂の威力に相殺されたのか、手斧は斧男の手元へと飛んで帰る。
「ぐすたふさんっ!!」
後方から走って来たのはコトだった。ぐすたふよりも二メートル程敵に近い位置で構えるが、徒手空拳である。
以前、打ち上げの折に聞いた戦闘スキルを考えると、さっきの炸裂玉はミミナガのものだろう。彼もこの近くに潜伏しているのだ。
「来て……くれたのか!?」
「JAMJAMさんや他の方は?」
コトの質問にトマホークが爆笑する。
「ハハッ……JAMJAM、シャンプー・ザ・ハット、モア・E!み~んな、くたばったぜ!もう二度とこの世界にゃ出て来れねぇ!!」
「……まだ、復活出来る人も居る筈ですよね?」
「プッ……カモを増やしてくれた礼に教えてやるよ。コレ、何か分かるか?」
斧男は半身を大樹に隠した状態で、一本の羽ペンを出してみせた。
「A級アイテム『ロストペン』。プレイヤーは死ぬと一分間、墓になって硬直状態になる。その後課金して復活って流れだが、このペンで墓碑にバツされると、そのプレイヤーキャラは瞬時にロスト!ゲーム参加権を失う。お前のオトモダチは逃げ惑いながら次々バッテンされたって訳!残念だねェ~」
斧男の馬鹿笑いが、林道に響き渡った。
… … …
前方の木陰に潜む斧男を、私は冷ややかな眼で見据えた。やっぱり、この手のどうしようもない輩は何処にでも涌くものだ。
潜伏中のミミナガ君のチャンスを増やす為にも、私が気を引かねばなるまい。
(奴は、自称BランクのPKだ。投擲斧に気を付けろ!)
ぐすたふさんが忠告してくる。すぐ近くに居るが、フレンド通信で伝えてくれたのは、敵に聞かれぬ様に話し合おうって事だ。なんかテレパスっぽい。
(ミミナガ君が隙を突きます!それまで私達で囮役を!)
(済まんな、お前等にまで危ない橋を渡らせてしまって…)
「あの…済みませんが三つだけ、質問させてもらえませんか?」
私は相手が優位に感じているならばと、思いきってそう切り出してみた。相手は、『卑劣なPK』、『手斧使い』、『ペンで復活を妨げる』、『Bランカー』、『ソロ』、『男』という程度しか把握出来ておらず、情報が少ない。
ダメ元であるが、バカ笑いで優位に酔ってる内は饒舌になる可能性がある様に思える。今はそれに賭けたかったのだ。
「あー、何だオマエ?モブみてーな格好しやがって。変な女!」
「ダメですかね?」
「言ってみろよ、まぁ俺がまともに答えるかどうかは別だがな!それと、お前等二人共一歩でも動いたら攻撃再開するぜ!妙な真似すんなよ」
第一段階、成功。私は内心、そっと胸を撫で下ろした。
「了解です。じゃあ一つ目!私、PKの経験ないんですけど…PKで倒しても相手のアーティファクトって得られない可能性の方が高いって聞きました。それって本当ですか?」
斧男はニヤリと笑って口を開いた。
「よく分かってんじゃねぇか。お前もPK志望か?」
話に乗って来た!やはり自分の趣味や得意とする所から聞いたのは正解だったかもね。
勝手な私見だけど、PKは『嫌われ者』かつ『孤独なボッチ』の割合が多いと予測している。
そして恐らく…理解者に会って語りたい願望と、俺はスゴいという自己顕示欲が人よりも強い。
「お前達は知らんだろうがなァ、PK達の集う互助会みてーなモンがあんのよ。そこで俺が得た情報によると、アーティファクトのドロップ率はS級で6%、A級で9.6%、B級15.36%、C級24.576%って具合で、いい品ほど手に入り難い様になってる」
うん、噂通りだ。パーセンテージは初耳だけど、PK商売は殺しを楽しむか、他の付加価値を見出ださない限りは割に合わないと聞いていたのだ。
何か抜け道があるのかも知れないが、アイテム強奪にはあまり使えないという運営の仕様は間違ってないみたいだね。
「やっぱり、そうなんですねぇ……。それで二つ目なんですけど、トイトイ・ホーという剣士に会いましたか?三日程前に此処に来た筈なんですけど…」
「あ~?今週はこの辺で網張ってたからな。そんな名の奴も居たかもなァ~。……ああ、あのソロ剣士かぁ!」
斧男は下品な口調で笑った。決まりだね。やっぱりコイツは救えない最低の奴だ。
「じゃあ、最後の質問です」
「おう」
「私のアーティファクトを譲渡しますので、見逃しては頂けませんか?」
『何っ!?』
斧男とぐすたふさんがハモった。いい反応だね。
「…………そうだなァ~。よし、考えてやろう!まずはお前のアーティファクトを見せてみろ!」
今、一瞬コイツの目は泳いだ。絶対、譲渡された後で殺す気だよね!単純な奴。
「良かった。今、バッグから出してお見せしますね!」
私はゴソゴソとカバンからアイテムを取り出す。
「こちらです、『鑑定魔のモノクル』。C級ですが、装備するだけで鑑定技能が得られます!」
「ほう、地味だけど悪くはねぇな。じゃあ、所有権放棄の宣言してこっちに放りな!偽物かどうか確かめるからよ!」
「分かりました」
アーティファクトは魔法の品なので、放った位では壊れない。だからこそ、こういう交渉の仕方も出来る訳だ。
私はアンダースローで斧男の足元目掛けてブツを放る。
「この品を放棄しますっ!」
言いながら行った投げの動作だが、私は瞬間的に自分の足元にモノクルを落としていた。
実はカバンからモノクルを出して見せた時、私は右手人差し指と親指で摘まむと同時に、残る三指で握るようにして煙幕ボールも取り出していた。
誰がアーティファクトをくれてやるもんか。お前には駄菓子屋の煙幕の方がお似合いだ!
足元に転がった物を見た瞬間、煙が飛び出した。斧男がすっとんきょうな声を上げる。
流石は格下ばかりを相手に楽してきた奴だね。瞬発的な判断力は鈍い。
「毒霧だよ!」
「ひっ……クソッ!」
ダメ押しとばかりに掛けたブラフの一声に慌てふためき、木陰から飛び出す斧男。煙はまだ腹から下に煙っているから、上半身は丸見えだ。
(ミミナガ君!)
茂みから飛んだ炸裂玉が、斧男の顔を捉える。
「ぐえっ」
正直Bランカーにどれだけのダメージが入るかは不明だが、顔前で爆発が起きて冷静な人間なんてそうはいないだろう。
私はモノクルを回収すると、自分とぐすたふの周辺に煙幕ボール二つを放った。私の所持する煙幕ボールはこれで打ち止めだ。
(離脱します!ぐすたふさんっ!)
(お、おうっ!!)
二人で一気に駆け出す。ミミナガ君も同時に撤退している筈だ。私達は一先ず緑磁岩目指してひた走った。逃げながら敏捷すももを使い切ってブーストも掛けるのも忘れない。
ここまで来たら何とか逃げ切りたかった。
… … …
「ぐぁあああぁーーーーッ!!」
前方に緑磁岩が見えてきた矢先、ぐすたふさんが悲鳴を上げ倒れた。視線を送ると、右膝の裏をえぐった手斧が元来た方角へと返っていくのが見えた。
「ぐすたふさんっ!」
「逃げろ!!」
「…逃がす訳ねーだろがっ!」
後方からは、当然の如く斧男が現れる。
やはりBランク相手には、足留めが足りなかったかみたいだ。青筋をビキビキと立ててブチギレている。
致命傷ではないけど、ぐすたふさんはもう走れないだろう。
「モブ女、ナメた真似しやがったなァ!オメエは、じっくりブチ殺してやる……まずはテメーだ盾野郎っ!!」
再び斧が投擲された。
追い付かれる可能性、それ自体は予測していた。大事なのはまずどちらを狙うかだった。
私に飛んできたら全力で回避するつもりだったが、狙われたのはぐすたふさんだった。
それを把握した瞬間、私は斧男目掛けて全力ダッシュした。
逃げる途中、通信で奴の基本戦法は聞き込み済みだった。
… … …
(奴はこれまでの間、手斧以外の攻撃はなかった。身に付けているバックパックは俺が初期に使ってたのと同型の安物、入り数は5。奴の財産がアレだけという事は有り得ないが、移動と逃走も考えて身軽にしており、他の物はホームにあるのだろう。斧とペンで残る空きスロットは3。食料品、医薬品の類いは持ってるかも知れないが、万一のドロップ品の為に空きもある様に思える。予備武器のある可能性もゼロでは無いが、手斧投擲中は丸腰になるというのが一つのポイントになるかも知れん…)
… … …
私はそれに賭けてみる事にしたのだ。軽装の丸腰相手なら、私のとっておきが通用するかも知れない。
ブーストのお陰もあり、私は一気に距離を詰める。斧男はゴソゴソと荷物を探っているが、あと数秒で私の間合いだ。私のタト族としての能力を使い、一日限定一回の強撃を入れてやる!
「馬鹿が!それで勝ったつもりかーッ!」
斧男の手が札らしき物を抜き出したのが見えた。その次の瞬間、バックパックから手斧を取り出す。
装飾といい、色合いといい、さっき飛んで行った筈のアーティファクトそのものに見えた。
「がっ……」
思いきり殴られ、地面を転がった。
相手にとって咄嗟の抜刀ならぬ抜斧だった為、逆振りとなったお陰で斬られはしなかったのだが、ちょっと意識が飛んだ。
頭部への衝撃で足にもきてしまい、立ち上がるのもままならない。これはちょっと、マズったかも。
「俺が丸腰だと思ったか?残念だったな!」
凶悪な笑みを浮かべる斧男。
「アーティファクト、『インベントリの栞』!コイツをインベントリ内に入れると、中の内容物は記憶される。大量にアイテムを引っ張り出した後にコイツを引き出す事で栞を挟んだ直前の状態に戻す事が出来る!使いきった消耗品こそ戻らないがな。本来はキャンプ道具等を一瞬で仕舞ったりする為のもんだが、俺は緊急用に使ってる。これが俺の戦術、名付けて『クイック・リロード』!」
地べたに転がった状態で、ぐすたふさんを見たが、奴の言う通り彼に飛んだ攻撃はキャンセルされた様だ。
「上級者に勝てるなんて思うなよ、格下がッ!上位ランカーになればなる程、能力とアーティファクトの組合わせで独自のバトルスタイルを確立してるもんだ。お前らとは次元が違うんだよ!」
斧男が勝ち誇って能書きをたれる。足をやられたぐすたふさんと頭を殴られ倒れている私。後はミミナガ君だが、一人でやり合うのは厳しいだろう。今はどう動くか、茂みで考えを巡らせている筈だ。
「成程……ご立派な高説です。ですが、対新人専用に用いるだけのバトルスタイルというのは如何なものか。能力が泣いてますね!」
その声に、一同が視線を向ける。アカシさんだ!彼とふらりぃさんが、ゆっくりと緑磁岩の裏から姿を現す。
「アンタさ、『ネックハンター』のトマホークでしょ?南部の地方都市でちゃちなPKしてるって聞いてるよ。リオレではボク達みんなで楽しくやってるんだ。困るね、こんな真似されちゃあ」
「黙れ!お前等は新人じゃない様だが、俺と同等だなんて考えるなよ。俺は今でこそBだが充分修練は積んで来たし、そろそろシマを手広くして昇格するつもりでなァ!マッタリ系プレイヤーがしゃしゃり出て来るんじゃネェよ!」
「へぇ、新人潰しでAランクになんてなれるの?格上と殺り合えないんじゃあ、この子達以下だね~」
「オイ……口には気をつけろよ、ヒョロ兎!お前等、もしかして数が優位なら勝てるとか思ってんじゃネェだろうな?」
「さあ?数なんて一々気にして戦った事ないから分かんないけど、取り敢えずムカついちゃったから…アンタ潰すわ!」
「フヒャヒャッヒャッ……」
斧男…トマホークが爆笑する中、ふらりぃさんはミニスカートを脱ぎ捨てた。
『!』
アカシさんを除く一同がギョッとするが、彼女はスカートの下にスパッツを履いているので、別段下着が見える訳ではない。
「フゥーーーーーっ……」
ふらりぃさんの深々とした深呼吸。呼吸法というのだろうか。なんか、彼女を取り巻く空気が変わった様な気がする。
「『獣王さんスパッツ』、解放!!!」
その言葉と共にスパッツが発光する。同時にバキボキバキッと凄まじい音が響いた。骨と筋が軋む音である。
そんなエフェクトが起きたと思った刹那、ふらりぃさんが大きく膨らんだ。胸、腹、腕が二倍に膨れ上がり、腿とふくらはぎは三倍程になった。普段のスリムな彼女からは想像もつかない様な筋骨隆々なその変貌に、私達は声も出せない。
「おまっ……まさ、か……待っ……」
ドーーーーーンッ……という凄まじい音が鳴った。ふらりぃさんが地面を抉る様に蹴った音だ。
残像だけを残して、彼女は刹那の一瞬でトマホークに肉薄し、突進する勢いのまま肘鉄で顎にチャージを喰らわせていた。
「がっ……」
何も出来ぬまま、トマホークは後方の大木を三本薙ぎ倒しながら吹っ飛び、四本目に激突して動かなくなる。
「ギリギリ、生かしてやった。でももう身体動かねぇだろ?オマエさ、殺害数が自慢なんだって?数えられる程度しか殺ってねぇザコが、Aランク目指すとか笑えるぜ、ゴミクズヤロー!」
ふらりぃさんは、冷笑を浮かべてトマホークを嘲った。体格はもう普段の姿に戻ってるけど、その豹変ぶりと圧倒的な強さは、点さんと会った時と似た凄味に満ちていた。
「流石はふらりぃ。素晴らしい手際ですねぇ。ラストはやはり被害者である新人さん達にこそ、ケジメを着けさせるべきです」
アカシさんがうんうんと頷いて言う。
「さあ、卑劣な殺人鬼はあのザマです。皆さん、どう対処しますか?」
私はぐすたふさんの方を見た。彼はまだ負傷中だし、ミミナガ君もぐすたふさんの傍に姿を現しつつ、こちらを伺う様な視線を向けてくる。
そんな情況の中で、私はこの先輩達は事実上圧倒的に強く、そして何て優しいのだろうと感激した。
私達を殺す筈だった敵を半殺しにした上で、私達に仇を取らせる様に御膳立てまでしてくれているのだ。
この好意には答えなければならないし、私もいずれはこの人達に何かしてあげられる位にはなりたいと強く思えた。
「私が……」
足取りも覚束ないが、私は木に寄りかかったまま動かないトマホークの前まで進み出た。
「トマホーク。いや、トマホーク先輩……聞こえてますよね?アナタが私達を殺すのは何でもない事な訳ですから、私が今から動けないアナタをなぶり殺しにするのも問題ない事なんですよね?」
「なッ……」
「私も、今後この世界で生きてく為に人を殺る覚悟っていうか、練習がしたかった所です。最初がアナタみたいな屑で本当に良かった。礼を言います」
「ひゃ……ひゃめろぉ……」
トマホークは砕かれた顎とふらりぃさんのパワーにびびって呂律も回ってない状態だが、私に懇願してきたが、私には躊躇いなど一切無かった。
「シユちゃん、使うね……」
私は、腕に結んだミサンガを引き千切る。これで、次の行動は大成功になる筈だ。
「奥義……」
私は腰を落とす様に構えて、拳に力を込めた。全身から、気というか、エネルギーの様な鈍い光が溢れ出し、右拳に集約していく。これが一日一発、最初で最後の私の持ち技。
「……『尖山甲』!」
トマホークの顔面に拳がヒットした瞬間、私自身のエネルギーに耐えかねて指ぬき軍手が弾ける様にして破れ散った。これ迄は隠して来たが、手の甲に生えた茶色いウロコが顕になる。
「カ、ペッ……」
拳はそのまま、トマホークの顔に半ばめり込んだかと思うと、凄まじい衝撃を生んで彼の顔を爆散させた。
動かないとはいえ、初めて使用したこの必殺技はBランカーの基本防御力を貫通して打ち砕く程の威力があるらしかった。
「これはこれは、センザンコウの拳……マニスリングですか!」
後ろからアカシさんの興味深げな声がする。だが、ここに今残っているのは、私の信頼出来る人ばかりだ。故にタト族としての能力と特徴を知られても別段後悔は無い。
首から上を失い、墓石へと変じたトマホーク。これが此処での人の死なのだ。
「さて……」
アカシさんが私の隣まで歩いて来て、墓石を見下ろす。
「…まだ、聞こえているのだろう?トマホーク」
墓石からの返答は当然ない。だが、1分の間は復活も出来ずに墓石になってるしかない以上、プレイヤーの意識は墓に残ってるという事なのだろう。
「オマエはこの街に混乱を招いた。リオレには、四大国ですら表立って手出し出来ない制約がある。新人潰しは問題無いと思ったのか?今回の件には、私もふらりぃも正直ムカついているよ。故に、この世界にオマエの居場所は無い!」
アカシさんは懐から一本のペンを取り出した。
「バツが書けるのは、何もオマエ等PKだけじゃないんだよ…」
彼は呼吸をする程度の手軽さで墓石にペンを走らせた。
… … …
『やぁぁぁめぇるぉおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーッ……』
この叫びを誰も聞くことは無かった。一人の鬱屈した惨めな男が一人、自室のPCの前で叫んだだけなのだから。
かくして、PKであるトマホークの事件は幕を閉じたのであった。
… … …
NAME:コト・イワク 種族:タト族・マニスリング(獣化箇所:センザンコウの鱗の手甲) LV18 キャラクタークラス:転売屋 RANK:F
STR69 VIT63 DEX75 MEN72 SPD69
《所持金》
36578P
《師事》
『弧を描く餓狼』ガラム・マサラ
《習得技能》
工芸(LV1) ※工芸品知識及び製造におけるプラス補正。補正値はレベルに準ずる。
目利き(LV10) ※一定の商業系スキルにプラス補正。NPC商店訪問時にレアアイテム出現率が微細にアップ。
体術(LV23) ※格闘系スキル。強力な武術ではないが、あらゆる格闘技の基本となっているスキル。
《タト族の力》
尖山甲 ※生命エネルギーを込めた拳の強撃。一日に一発まで使える。
《フィート》
【綺羅星の加護】
《装備品》
木綿のセーラー、指ぬき軍手(左手)、紺のベレー、皮のくつ
《所持品》
肩掛けカバン(12)×2、水筒(小)、ペン付き手帳、遠眼鏡、小型ナイフ、初期財布(100)、お菓子の巾着、必中帰巣のトマホーク
《アーティファクト》
鑑定魔のモノクル(C) ※レア度C以下のアイテムの鑑定。
《フレンドリスト》
●ミミナガ・メデカ
●ぷみら・みにま
●ぐすたふ
●アイアン
●ライ・クライ
●エスプレッソ・デミタス
《登録ペット・使い魔》
『コルベル号』【ロットワイラー】♂(通い・ポルカ牧場所属)
《宿泊部屋の金庫(99)》
ロセオの花瓶、クルリエの錆びたスプーン、クルリエの錆びたナイフ、クルリエの錆びたフォーク、クルリエの錆びた包丁、???の皿、蒼き???水差し、チュチャチュッチョ・チャチャチュッチオの手織りペナント、きれいな石ころ、エマ・ランナのサンダル(左)、耳長新報(創刊号)
… … …
~リオレ探訪メモ~
◆『緑磁岩』
リオレの北西にある初心者向けの狩場、『朝靄林道』の序盤に位置するセーフポイント。
微量の磁力を帯びた巨石で、全体を特殊な苔で覆われているのでこの名が付いた。
岩の磁力と苔の薬効のせいか、ここで休息を取ると自然治癒が早いといわれており、新人プレイヤー達の休息の場として人気なスポットである。
今回トマホークがこの一帯を狩りに選んだのも、新人の人気スポットだった事に起因している。
尚、この岩だけに生えている特殊な苔について薬師達が採取して薬にする研究を行ったのだが、採取すると薬効が消えるという結果により頓挫している。
ようやく主人公の種族を解禁出来ました。奥の手を無闇に見せない性格にしているので、初殺傷・初必殺技使用まで引っ張りました。
普段から装備している軍手は、防御力とか格闘時の護拳用と見せ掛けて、実は種族能力の秘匿が目的です。




