十九歩目【見学】
いつもより短めです。
燃児は槍を構えて向かい合う。対する男子生徒、吉永も同じく中段に構えた。得物は互いに素槍(刃が両刃一本だけの槍。基本的な槍)で、燃児の槍の方がわずかに穂先が長い。
開始位置は両者共に突きの間合いの内だ。穂先が交差した状態でどちらもが動けずにいる。先に突こうとすれば、すかさず払われて返しの突きが来るだろう。
それがわかっているから、燃児が先に動いた。
ピクリと燃児の穂先が揺れ、吉永がそれに反応して内払いに自分の槍を巻く。しかしその時には、槍の穂先は燃児の手元近くにまで引き戻されていた。柄を大きく引き、手の中を滑らせたのだ。そのまま突き直すこともせず、柄が体の後ろに伸びた状態で体を回転させる。石突き側で大回りに吉永をうち据えるつもりだ。
「くっ……!」
すかさず槍を縦に持ち直しその横薙ぎを受ける吉永。激しくぶつかる大きな音がしたが、派手な音だけで威力自体は大したことはない。吉永もすぐに持ち直した。
「おい宝蔵院、お前俺をなめてんのか?」
「うん?」
「こんな、効きもしねえ攻撃でなにがしてえんだ」
「いやなに、膠着しては面白くないと、思っただけだ!」
語尾を強くしながらの大きな突きが吉永の顔面を襲う。吉永は槍の延長線上から逃れようと身をよじるが、燃児は突きを途中で引き戻した。素早く狙いを整え再度放たれる突き。狙いは胴体。無理に体を捻っていたせいで開いた胴体に燃児の槍が延びる。
「しゃらぁっ!」
吉永はその突きを腕で払った。抱え込むように払われた燃児の槍は吉永に抱かれることになった。
「ああぁっ!」
燃児の槍を封じた吉永が槍を振る。空いた腕一本で外から内へ、自分の胴を支点にして巻き込むように薙ぎ払われる。
必中の間合い。払う軌道には燃児の首。この一撃は燃児の首を厳しく打ち据え、次の挙動を遅らせるだろう。その隙に吉永が追撃を浴びせる。素人同然の書文にもそれがわかった。吉永に攻撃の手を止める理由はない。全力で振るわれる。
燃児の首に狙いを定めた薙ぎ払いは、猛然と音をたてて空を切った。
「……はぁっ?」
吉永からは自分の腕が邪魔をして見えにくかっただろう。燃児は一度自分の槍を手離し、しゃがんで薙ぎ払いを回避したのだ。
勝負の最中に唯一の武器を敵の手にゆだね、身を屈めてもう一度掴み直す。やったことこそ簡単だが、書文には想像できない戦い方だった。
「ふんっ!」
燃児が己の槍を掴み直し、すさまじい勢いで穂先を回転させた。内回し。外回し。二回、三回。
その勢いに負けて吉永が脇を空け、燃児はすかさず槍を引き戻す。
「せいぁあ!」
引き戻した槍は当然放たれる。小薙ぎにして吉永の首を打ち、内に回して反対の首を打つ。後ろ手を引き戻してもう一度、引き絞った矢を放つように、鋭い突きが吉永の鳩尾を貫いた。
無論真槍ではないので本当に突き刺さったわけではないが、しかし刃がついていれば間違いなくその一突きは吉永を絶命せしめただろう。燃児はあえて鳩尾を突いたが、これは首でもよかったのだから。
「そこまで! 宝蔵院の勝ちとする」
体を丸めてうずくまる吉永と、一礼して槍を立てる燃児。ありがとうございます、と一声発して、燃児は試合場から降りた。
「おめでとう、燃児」
「ああ、ありがとう」
「すごいね、まさか槍を引き戻す離すなんて思わなかったよ。僕だったらあのまま槍を抜こうと抵抗して、打たれてた」
感心した様子の書文をあやすように、燃児は苦笑しながら言った。
「武器を持ったことのない素人には多いな、そういうやつは。武器に固執しすぎて、武器の利点が活かせない場面でも武器を使おうとする」
分かりやすいのが、天井から吊り下げたバナナを取る実験。台座、棒、飛び道具、マジックハンドなどの道具が支給され、「どれを使ってもいいのでバナナを取れ」と言われると、人はそれらの道具で四苦八苦してバナナを取ろうとする。
しかしバナナは、なにも使わずとも手の届く高さに吊るしてあるのだ。使ってもせいぜいが台座ひとつで済むものを、そうと気付く人はなかなか少ない。
武器は体の一部。手や足と同じ、選択肢のひとつでしかないのだ。使わない、という用途があってもしかるべきである。
「次! 東郷刃月」
「はい」
最前まで燃児が試合を行っていた試合場で、今度は刃月が呼ばれ立ち上がった。柄の長い竹刀を携え段を上がっていく。その背中に、書文は声をかけた。
「頑張ってね」
「うん」
刃月は微笑みで返した。
「おっしゃあ大山よ、終わったぞ!」
「っしゃ! やろうや!」
轟くような声で勝鬨を上げたのは明石剛三。うっすら汗をかきながら冷人示して豪快に笑った。ようやく冷人の相手が空いたのだ。
「先生、大山冷人が明石剛三に試合を申し込みます!」
「よし、ここに上がれ」
「はい」
教士のひとりが空いた試合場を示す。今書文たちがいる場所とは少し離れている。
「んじゃ行ってくるから、書文は刃月の試合見てろよ」
どちらの応援をしようか迷う書文に、冷人は快活に笑って言った。
「汗臭い男見るよか華のある女子見てた方がいいって。それに、刃月の戦い方は、オレのを見るよりもお前の役に立つかもしれねーぜ?」




