十八歩目【見学】
山中のパンチを右手で受けて勢いのまま左に流す。そうすると自分の腕が体の前を横断して次の攻撃に繋げにくいことがわかった。流し方に気を付けなければいけない。そう考えながら書文は右足で半歩踏み込み右の頂肘を打ち込んだ。
狙ったわけでもなく流れで放たれた頂肘には体重も乗らず、当たりはしたものの大した威力は乗せられなかった。山中もそれで怯んだりはせず即座に追撃にでるが、書文は既に体を引いていた。
飛鳥なら引かずに回って山中の死角に回っただろう。冷人なら不十分な一撃など入れず、間を取って十分な一撃に出ただろう。いや、そもそもここまでべったり貼り付く事態にはならなかったかもしれない。
「しっ」
山中が距離を開けずにショートフックで刻んでくる。書文に引かせようという魂胆だろう。書文はその狙いを読んだわけではないが、山中に密着するように深く踏み込んだ。
「ふぅっ」
踏み込みの脚を内側に巻き込むように震脚し、肩から当たる鉄山靠で山中を後ろに弾き飛ばす。すかさず体の左右を入れ換え体勢の崩れた山中の胸の真ん中、胸骨を衝捶で打った。
鉄山靠の衝撃を堪えようとあがいた山中は反応しきれず、書文の衝捶をまともに受けた。崩れかけた体軸は跳ねるように崩され、山中は床に仰向けに倒れた。
山中の倒れきる動作を待つはずもなく、書文は間合いを詰め山中の顔に向けて踏みつけるような蹴りを放ち―――
「そこまで!」
太い声が書文の脚を止めた。元々踏み抜くつもりのなかった蹴りはピタリと止まり、山中の眼前で停止する。
脚を下ろして書文は山中に手を貸し助け起こした。山中も素直に手を取って応じる。体育の授業である。
「二人とも、順調によくなってるな。そのまま精進するように」
「はい」
「ウス」
教士の言葉に応じるのはたった今試合を終えた書文と山中。先日低位に上がった山中も含め、昇級の声はかからなかった。中位はまだ遠いのか、近いのか。
山中はすぐに試合場から降り、書文から離れていってしまった。書文としては、初対面より打ち解けたと思っているのだが、山中からはそうではないのだろうか。山中は山中で友達と会話を楽しんでいる。
「お帰りー」
「ただいま」
書文も友達の、刃月たちのところへ戻った。
今日は月に一度、学年全体で行われる合同試合の日。座学を潰して一日かけて生徒同士の試合が行われる。
一人辺り二、三の試合を行い、位分けの基準とする。組み合わせは生徒の希望も取り入れられ、希望した側とされた側、二人の現在の実力を鑑みて教士が適当だと思うと試合が組まれる。もちろん教士が独断で決めもする。
生徒たちからすれば、試合が出来るし位は変わるし授業を受けないで済む、待ち遠しい一日だ。
書文は今一試合目が終わったばかりなので、次の試合はもう少し先になるだろう。その間他人の試合を見るも良し、休息に勤めるも良し、友達の応援にいくも良し。基本的には自由に過ごして良いことになっている。
「前より大分よくなったつもりでいたんだけど、中位は遠いのかなぁ」
「そんなことはないんじゃない? 確かにいろいろ足りないところはあるかもだけど、功夫の過多で言ったら書文が一番なんだし」
「武歴と功夫は必ずしも一緒には語れないけどねー」
「やっぱり経験不足かな?」
「それは間違いなくあるだろうな。書文は極端に経験が足りない。八年功夫を積んでいて実戦経験がないなんて、画伯晴天を描くと言うものだ」
「風景画家かよ。画竜点睛を欠く、な」
「うーん、刃月のお陰で気圧されることは無くなったけど、経験不足ってそういう胆力に限った話じゃないんだよね?」
経験不足。己の未熟身をもって知っているものの、漠然とそう言われてもいまいち分かりにくいというのが、書文の正直な感想だった。この感想自体がすでに経験不足を現しているのだが、本人だけではそれにも気付けない。
書文の疑問にまず口を開いたのは、今日も活発な飛鳥だった。
「そうだねー。一胆二力三功夫とも言うし、胆力、気後れせずに身を投じるっていう度胸は勿論大切だけど、なんて言うのかな、動きかた? かな?」
腕を組んでうんうん唸る飛鳥だが、その続きは刃月が繋いだ。
「自分一人の練習でも、例えば型稽古なんかで『動作から動作へ繋ぐための動作』は練習できるけど、やっぱり充分じゃないんだよね」
「それにほら、間合いの測り方とか駆け引きとかは、どうしても相手がいないと出来ないからね」
もっともな話だ。そもそも一人でやるものではないのだから、二人以上でないと練習にもならないのだ。
「次、宝蔵院燃児」
「はい」
呼ばれた燃児が槍を持ち直して立ち上がった。どうやら次は燃児の試合だ。相手であろう男子生徒は既に試合場に上がっている。こちらも槍を携えた、大柄な男子だ。
燃児もこれまでに授業と言わず野良試合と言わず、挑み挑まれの学校生活を送っている。目前の男子は燃児と何度か戦ったことのある相手、恐らくは相手方の指名だろう。
「行ってくる」
「おう、俺も試合が入らねえ間は見ててやるよ」
軽く手を上げながら、冷人はちらと視線を送った。その先では恰幅の良い男子が試合場で雄叫びを上げていた。位分け以来冷人のライバルとも言うべき力士、明石剛三が試合中なのだ。冷人は明石に試合を申し込むつもりらしい。
「頑張ってね」
たった今試合を終えたばかりの書文は、今しばらく呼び声はかからないだろう。刃月と飛鳥は分からないが、呼ばれない以上はやることもない。燃児の応援に徹する姿勢だ。
「ああ、行ってくる」
このまま全員分の試合を書きます。




