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学生武林  作者: 灰色
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十七歩目【化勁】

書文は静かに飛鳥と向かい合う。書文の構えは三才式。飛鳥の構えも三才式。その様相はさながら鏡に映る総身のようで、それでいて実力差は如実に見え隠れする。


その差の最たるものは意識だろう。書文はそう教えられたから三才式を取る。その構えから何を繰り出せば速いのか、何を出されれば受けうるのか、それらの理解がまるで及んではいない。


しかし飛鳥はこれまでの試合の多くで三才式を取ってきた。この構えから何をどうすればどうなるか、どうされてもどう返せるか、

それを身をもって知っている。経験を伴って識っている。


その差が、両者の構えに齟齬を作った。手足の置き場、肩の開き、膝の屈筋、ひとつ上の段階として目の配り。繊細な技術が、微妙な違いが、両者の立ち姿に力量の差を物語らせていた。


「はっ」


これを防御の指南と心得る書文は、飛鳥の胸目掛けてまっすぐに突きを放つ。指南と言えど加減のない渾身の突きは、伸びきる前に飛鳥の左手と合流した。素早くも鋭くもない、優しく柔らかく、書文の突きを包むように手首が重なり、両者の手が飛鳥の胸の前で円を描く。冷人の回し受けのように弾くのではなく、まるで二人で手を取り合っているようにも見えるが、しかしそこに書文の意識は介在しない。飛鳥の流すままに書文の拳が流れている。


瞬く間に円を描いた飛鳥の掌は、円の終点に戻るだけてなくそこから奥に、書文の拳を書文に向けて突き返した。手を捕まれていた訳でもないのに書文の拳は飛鳥の掌に沿い、見た目の柔らかさとはうらはらな力を以て押し返された。たまらず二、三歩たたらを踏む。


どう力を加えられたのか判然としない書文は未来かを見返すが、飛鳥は楽しげに笑んで書文を見返した。説明を求める書文の視線に微笑みで返す。今説明するつもりはないらしい。


理解を後回しにした書文は再度構えをとり、今度は三才式の置き手、左手越しに顔面を狙い突きを打つ。呵責のない縦拳が十代女子の顔面に迫る。


飛鳥はそれにも動じることなくただ左手のみで突きをやり過ごした。


書文の突きの打線に左手を合わせ、両の手が触れるや否やの数瞬で肘から先を回転。すると書文は、間違いなく自分自身の力で拳を振り抜いていた。飛鳥の顔の脇を。体側外側に向けて。


これは書文も知ったいた。父の遺した指南書にある、化勁(かけい)だ。


「そう、今の受け技はどっちも化勁だよ」


「どっちも?」


「うん。化勁っていうのはこれこれこういう動作だよ、って言うものじゃなくて、相手の攻撃を妨げずに方向を反らすものを言うんだよ」


「へー・・・」


実を言うと書文は化勁の項を読み込んでいない。基本的な防御すら覚束ないのはそのためだ。書文の父親の指南書には足運びや攻撃だけでなく受け技、化勁についても当然言及している。


書文がそれを読み込んでいないの理由は、練習相手がいなかったことにある。


昔は真面目に読み込んでいたが、何しろ父は早くに他界。母は多忙のため書文の鍛練に付き合うことは少なく、武術をやる友達も居なかった書文は防御の練習をすることが出来なかったのだ。


となると当然自分一人でできる練習に偏り、自然自分が練習している項しか読まなくなる。書文の心情に寄れば、仕方のないことかもしない。


「化勁は攻撃を弾くだけじゃなくて、自分の好きな方向に流したり、相手の体勢を崩すことに有効なんだよ。中国拳法やるなら、覚えとくべきじゃないかなぁ?」


「そうだね、これからは練習相手もいるし、防御や化勁の練習も積極的にやっていくよ」


「元より防御こそは武の本質だからな。いかに不躱不閃(ふたふせん)を謳う八極拳といえど、そこに至るまでに防御は要よう」


不躱不閃とは八極拳の理念のひとつだ。相手の攻撃を受けもかわしもせず、相手の攻撃が届く前に打つ、という攻撃的な理念である。


「防御と言えば今二人が見せたのが主だね」


一段落ついた会話に区切りをつけ、刃月がまとめる言葉を繋いだ。


「弾く、受け崩す、受け流す。受け崩しなんかは、空手では交差法とも言われるね。攻撃の手を攻撃して、防御しつつ攻撃する。攻防一体は多くの、全てといっても過言じゃないくらい多くの武術にある技法かな」


「あとは受け止める、かな。これは受ける場所とかタイミングとかだけじゃなくて、フィジカルの強さとかが必要だね。書文ならほら、排打功とかやってるからいけるかも」


「相手が自分の予想より強い場合とかざらにあるし、受けるつもりがフェイントかけられたり、あんまおすすめはできねーけどな」


「あ、それは指南書にも書いてあった。排打功の項に、打撃への耐性をつけるのは大事だけど、避けきるのが最善だ、みたいに」


「聞くほどに周到だな、書文の親父殿は。どこぞ名のある武術家だったのか?」


「そんなことないよ。というか、父は武術家じゃなかったしね」


書文が大事にしている指南書の筆者。書文の師匠。書文の父親。


「物書きだったんだ、父は。ミステリ専門の職業小説家。武術は小さいころからやっていて、でもそれを仕事にするつもりはなかったんだって。詳しくは知らないけど」


なにせ早くに死んでしまって、書文にはあまり思い出がない。優しい父であったことと、よい師であったことを漠然と思えているだけだ。


「お父さん小説家なんだ、すごいね。何て言う本書いてたの?」


愛書家の刃月が反応を示した。にわかに声が明るくなる刃月に対し、書文はどこか言いづらそうにしている。身内が「すごい」と褒められたのが面映ゆいのだろう。


「そんなにすごくないよ、ベストセラー作家だったわけでもないし。作品だって、きっと言ってもわからないし」


「わかるかどうか、それこそわからないじゃない。まずは教えてもらわないと」


「それはそうだけど・・・」


「この後本屋さん行こうよ。そこでタイトル教えて」


「それは構わないけど、なら買わなくても僕が貸すよ」


「いいよ、どのみちそろそろ行こうと思ってたし」


外は夕の色に濃く染まり、道場からも出ていく生徒が増えた。入れ替わりに入ってくる生徒もいるが、入らずに返ってしまうものも多い。放課後の余暇を休もうとするにはいい時間だ。


「取り敢えず受け技のことは教えられたし、後で練習するってことで今日はもういいんじゃねーか? なんかすっかり終わる気でいるみてーだし」


冷人がふざけたように言う。女子と仲良くすることには実に厳しい友人である。


「そんな言い方しなくても、冷人も一緒に来ればいいじゃないか」


「せっかくの誘いだけど俺は辞退だな。長い間じっとしてるなんてできねーし、読めない漢字多いし字ばっか見てると眠くなるし、オレと読書の相性はおよそ最悪だな」


「そういう人わりといるけど、読み始めると楽しいよ。読み慣れないなら読み慣れればいいだけだって」


「慣れるまでは苦行じゃねーか」


書文は苦笑した。どうやら冷人はこれからも本に触れるつもりはないらしい。


「俺も行こう。昨日は『月刊一本槍』の発売日だ」


燃児は携帯をいじりながら答えた。発売日のチェックでもしていたのだろう。


「あっ、ということは『月刊二本刀』も出てるってことだ」


刃月も買うものが増えたらしい。因みにもう一誌、『月刊三本指』も含めた三誌が指シリーズと呼ばれる有名書で、毎月購読する愛好家が多い。中距離、近距離、遠距離の武器をそれぞれモチーフにしていて、一本槍が槍を、二本刀が刀剣を、三本指が弓を取り上げる専門誌である。


「飛鳥は? 本屋行かない?」


「暇だし行こうかな。あんまり本読んだことなかったけど、二人のオススメとかある?」


飛鳥は肯定的なようだった。首を傾げて二人に問いかける。まず刃月が応じた。


「うーん・・・、人それぞれ傾向があるから押し付けるつもりはないけど、人にすすめたいのはいっぱいあるよ。堅苦しくない作家も多いし」


刃月に追随する形で書文も口を開いた。


「僕もすすめたい作品は多いなあ。よかったら貸すよ?」


「あ、じゃあお言葉に甘えようかな。いきなり買って、読まなかったりしたら勿体ないし」


「自分で買うのは、興味が出てからでいいかもね」


「でもやっぱり本屋さんには行こうかな。いざ眺めてみて気になるものとかあるかもしれないし」


「うんうん、フィーリングって大事だよね。私も、買う予定のなかった本まで買っちゃってよくお金なくなる」


「あるある。チェック漏れの新刊とか、作家買い装丁買いは基本だよね」


「想定外?」


「違う違う、装丁買い。ジャケ買いみたいなものだよ」


「ふーん、そういうのがあるんだ」


飛鳥のわかったようなわからないような相槌を聞きながら、書文ら四人は歩を揃えて歩き出した。和気藹々とした会話が響く。


「せっかくだしどこかでご飯食べてこうよ」


「いいな。俺はピザが食べたい」


「私ハンバーグとオムライス」


「あたしチキングリル!」


「じゃあファミレスだね。僕は何にしようかな」


「オレはラーメン食おう」


早足で追いすがってきた冷人も含め、五人でまずは書店に向かった。あとは寮に帰ってからの個人練習になるのだろう。息抜きの遊びの時間だ。

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