十六歩目【防御】
書文が中村に二度目の負けを喫した日の放課後。書文は冷人に組み手を申し込んだ。間違いなく自分より格上の相手と組み手をし、少しでも濃密な経験をしようという、書文の提案である。可能なら今日のうちに燃児や飛鳥、刃月とも試合うつもりだ。
場所は第一練習場、「道場」だ。相対する書文と冷人を囲むのは飛鳥、刃月、燃児の三人。この広い道場にはもちろん他の生徒も多いが、それぞれが自分達の練習に熱中している。道場の場所とりに間に合わなかった生徒が順番待ちの為だろう、出入口にたむろしているのも伺える。
「書文に足りねーのって、経験の次に防御だと思うんだよ」
冷人は肩周りの柔軟をしながら書文に示した。
「防御?」
「そう、受け技」
言いながら冷人は両腕を立て手のひらを書文に向けるように構えを取った。前羽の構えだ。
「ま、取り敢えず突いてこいよ」
「いいの?」
「ああ」
書文は構えを取って冷人を注視した。両腕が邪魔で顔や胸は狙いにくいが、腹は比較的空いている。あそこなら当てられるだろう。そう考えた書文は順手の刻み突きを放った。
「ふっ」
一直線に冷人の腹部に伸びる書文の左拳。力みもなく速度の乗ったその突きは、冷人に命中する、その直前に、
ビシッ、と書文の拳が払われた。体が開くよう外側に弾かれ、まっともなく隙を晒してしまう。
「おらどした? もっと来い」
冷人は挑発的に笑う。弾かれたはずなのに構えが崩れていない。そのことに気付きながら、書文はもう一度突きを打った。今度は右の逆突きで冷人の顔を狙う。
拳が迫るなか、冷人は瞬きもせずに拳を打ち払った。左掌を外側に回し、豆状骨で手首を打ちながら元の位置に戻す。始点と終点が同じである円運動の有用性は、今ここで語るものでもないだろう。それはエネルギーの容量が小さい人間でも同じ、いやだからこそ研究されるのだろう。
手首に痺れが残る書文は、冷人の全身を観察した。見るほどにどこを打てばいいのかわからない。 腕が邪魔で、どこを打っても防がれてしまう気がする。それを踏まえて、書文は右足を跳ね上げた。顔面への弾腿。腕の一本くらいで防げるほど、柔な鍛え方はしていない。
己の顔面を踏み潰さんと襲う足を前に、冷人はどこまでも冷静だった。僅かに体を捻りつつ再度手を回して蹴りを逸らす。そうしつつ手首を外に曲げ小指と薬指を足首に掛けた。手刀内掛け。
その状態のまま体ごと腕を引き、書文は足を大きく引っ張られる形になった。
「うわわわわわわったったった!?」
軸足一本だけで立っていた書文はいとも容易く体を崩され、畳の上に引き倒された。慌てて体勢を立て直すも、書文の眼前には寸止めされた冷人の拳があった。
「とまぁこのように、受け技ってのはただ防御するだけでなく、開き、崩し、引き倒しと、その後の攻撃に繋げるものなのだよ」
仁王立ちに腕組みをし、冷人は居丈高と講釈を述べた。書文はそれに苦笑で返す。感心すべきか否か、今までに見ないタイプの友人に書文は対応がわからないでいる。
「冷人の態度はともかく、確かに防御は大切だな。書文は相手の攻撃に目を瞑ることこそないが、捌いた先を次の攻撃に活かすことが出来ていないように見える」
「そうだよね。今まで人と打ち合ったことないのに目を瞑らないなんて、結構凄いことだと思うんだけど」
燃児の言葉に飛鳥が疑問の形で追随する。書文は、自分が目を瞑らない、その理由に心当たりがあった。
「それは多分、刃月のお陰だと思う」
「私の?」
「うん、刃月、めちゃくちゃ怖かったから・・・・・」
失神させられたときのことを思い出し、書文はぶるりと身震いした。あの経験は間違いなく人生最恐のものだろう。書文があと何年生きるかはわからないが、あの恐怖が更新されるとは、書文には思えなかった。
「え、何? それって二人でやったって言う特訓のこと? そういえば何をやったのか知らないんだけど」
「あ、オレも知らない」
当然燃児も知らない。書文は誰にも言っていない。というか言えない。同い年の女の子の気迫に当てられて気絶したなんて恥ずかしくて言えない。 負けたことを恥じるのも悔しがるのも、悪いことでは決してないが、仕合なんてここに来るまで全くしたことがなかったばかりに、どうしても書文は気後れしてしまっている。そこまで割り切れるほど書文は武林に馴染んでいないし、そもそも武林でも、いわゆる「女子供」に負けることを恥と思う輩は多い。
刃月から話題にするでもなし、書文はこのまま闇に葬ってしまうくらいのつもりでいた。というか正直今さら話題に登るとは思ってもいなかった。これはもう観念して言うしかないのか、腹のくくりどころか、と書文がひとり冷や汗をかいていると、刃月が先に口を開いた。
「内緒。私もちょっと言いづらいから」
失神した書文ならともかく、手も触れずに相手を倒して見せた刃月が「言いづらい」とは何だろう? 書文がその意味を考えあぐねていると、冷人が大袈裟にのけ反る反応を見せた。
「じ、女子が言いづらくて男子に度胸がつくって、書文、お前まさか・・・・・・」
冷人のたわ言には燃児の槍の一閃が応じた。
「言いづらいのは私の剣に関わることだからです。他の理由はありませんっ」
「刃月ちゃんの剣って、もしかして噂の秘剣?」
「秘剣っていうほど隠してるわけじゃないけどね、書文は知ってるわけだし。ただなんていうか、結構泥臭いイメージで、あんまり女子がやるものじゃないから・・・」
やるものじゃないから、恥ずかしい。書文は続く言葉をそう予想した。しかし当然、そんな理由ではない。
「敵の意表をつけるし、油断してくれるでしょ?」
「ああ~、あるよねそういうの!」
書文は予想すらしていなかったが、つまり奥の手を隠しておくという、至極当然のことだった。そもそも、恥じるような武術ならば初めから取り組んでなどいないだろう。
「変な誤解を予防するために言っておくけど、書文に見せたのは私の剣が書文の拳と似てるから。同じ理念でうたわれるからだから」
「ほうほう?」
冷人がニヤリと笑いながら顎を撫でた。
「八極拳と似た剣術であの長い柄なんて、オレは一種二流派しか知らないな。もう答えじゃね?」
「だから、別に必死に隠すものでもないの。わざわざ言いふらすものでもないってだけ」
「それに、僕だって別に何かの説明を受けたわけじゃないよ。何かをする、何かをされる前に、その・・・・終わっちゃったから」
構えて向かい合ったら気絶しました、とは言えない書文は言葉を濁した。書文の態度に冷人が口を開きかけ、また燃児に一突き貰っていた。
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「さ、今度はあたしとだよ!」
「うん、よろしくお願いします」
書文は、飛鳥の指導を受ける。




