5.いえ、本当にそういうのはいい…いやよくない!
「本日は隣国との条約締結を祝う会にご参加いただきましてありがとうございます。」
そう。今夜の会は。
「先日、陛下から勅命を賜り私、マサリオス・ヤマザールが我が公爵家の誇りにかけて締結を目指していたのですが、なかなか纏める事難しく。」
彼は陛下の弟君に当たり、陛下に第二王子が産まれたのを機に臣籍降下されたのだ。
元々陛下の信も厚く、外交にも長けていたのだがその彼をもってしても難しい交渉だと言われていた。
長期戦も覚悟した交渉だったが、ひょんなところから一気に話が纏まった。
「このままでは直接的なぶつかり合いになるかと覚悟した頃でしたか、我が軍の者が言い出しましてな。」
"待機期間が長引くことが分かっているなら、地域住民向けに炊き出しを行いたい"
「とね。確かにこの地域は何かとおざなりにされやすい土地。今回の話し合いによってはまた戦火に巻き込まれると疲れ果てておった。」
そう。彼の地は隣国との間にあり元々はとても小さいけれどひとつの国だった。それが領土拡張を目指して無謀な戦いを隣国や我が国に仕掛けて自滅したのだ。
大して旨みのない土地。欲しくはないが相手に渡すのも悔しい。そんな土地を今後どう扱うかの重要な話し合いだったのだ。
「そこで炊き出しに許可を出したのだが、その話を交渉の席で出したところ、なんとあちらの国でも同様のことを言い出した者がおったとか。」
"ならば炊き出しで競い合うこともありませんから、先方と話し合うことにしますよ"
「そう言って炊き出しだけではなく孤児への支援まで決めて来てね。国同士の話し合いの前に良い関係ができたのだ。なのに、だ。」
「若者達が良い統治方法の道筋をつけてくれたのに、私達はなかなか国の威信を守る事から抜け出せず、揉めに揉めていたんだ。」
「そんな時だったよ。あの事件が起こったのは。」
※※※
「はあ?敵国の女に施すものなどないにきまっているだろう!さっさとそこをどけ!」
「何を言ってるのかしら!ここには貴方のような品のない者は必要ないの。さっさと物資を置いて立ち去りなさい!」
「はあっ!なんだと!生意気なっ!」
わたくしは今、隣国との条約締結交渉の停滞期間を利用して、現地の子供達のための環境作りをしている。隣国にも志を同じくする方がいて、先の戦災で孤児になってしまった子供への支援体制が徐々に形になりつつあった。
だから油断していたのだろう、隣国も一枚岩で平和を目指していると。
孤児への支援物資、炊き出しの材料。物資が届いたと聞いたわたくしは受け取りの手伝いをするために荷馬車に向かった。
そもそもここは交渉が成立するまではお互いに武力を行使しない、いわば緩衝地帯である。
だから、こんな風に敵視する者が近くに来るなんて…!わたくしはその男に力一杯突き飛ばされてしまった。
「あっ!」
歩道から馬車道に落ちてしまった。
そこは馬車への乗り降りを楽にするため、歩道がかなり嵩上げされている所だった。そんな所から突き落とされたら。
骨を折るくらいで済めばいいのだけれど…
咄嗟にそんなことを思い、来たる衝撃に目を瞑ったが何も起こらない。
その代わり。
「うううう!はっ、サクレシア殿、お怪我は?」
わたくしと一緒にこの街で支援事業を行っているハイウェル様が下敷きになっていた。
「えええ!ハイウェル様!貴方こそ、お怪我は⁈」
なんと、たまたま馬で通りかかったハイウェル様が馬から飛び降りて助けてくださったのだ。
「ハイウェル様…本当に申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、貴方が気に止むことではありませんよ。…貴方が怪我をするかも、と思ったら居ても立っても居られなかったのです。」
「……」
「……」
そこからとんとん拍子でいろいろな事が決まったのだった。
※※※
「その時の事件がきっかけとなって、我が国と隣国の間にご縁ができたのだ。ご紹介させていただいても良いですかな?サクレシア姫。」
これから義理とは言え娘になるサクレシア姫が、にっこり笑って壇上に上がった。
「宰相、紹介ありがとう。わたくしは隣国より参りましたサクレシアです。今回はご縁がありましてウィズセイン侯爵家に嫁ぐこととなりました。」
こちらを見てにっこり笑う。と、ついでに先ほどまで敵意丸出しで睨みつけていたミーウォンに一瞬だけ冷たい眼差しを向けた。
「この度は我が国と御国との条約が無事締結された事を嬉しく思います。また、締結までの長い話し合いの中、国は違えど臣民の為に尽くす気持ちに違いはないということも実感しました。」
その時、チラリと意味ありげにタクヴィアンに目を向けた。そして続ける。
「もちろん高い志を持つ者だけではない、と実感する出来事もありましたが、わたくしはこの国で皆様方と共により良い未来を作って参りたいと思っております。」
盛大な拍手が収まった後、宰相が語り出す。
「本来ならばこの条約締結の我が国側の立役者であるハイウェル・ウィズセイン侯爵子息に一言もらいたいのだが、先ほどの話の通り名誉の負傷で本日夜会に参加する事ができなかった。代わりに上官であるケイドリック・ヨシャード第一連隊長に一言頂こう。」
さあ、と招き入れられたケイドリックが堂々話し出す。
「ケイドリック・ヨシャード第一連隊長であります。ハイウェル・ウィズセイン侯爵子息…ああ慣れない呼び方で舌を噛みそうだ。上官の特権という事でいつも通りにウェルと呼ばせてもらおう。」
ワッと笑い声が起きる。それを宥めながら続けた。
「ウェルは何事にも真剣に取り組む、我が第一連隊の良心と呼ばれるような男です。今回の任務でも、進展しない話し合いに武力衝突で対抗しようとする者たちを宥めてくれていました。」
「だが、いくら真面目な彼でも少し飽きて来たのでしょう、こう提案して来たのです。」
"先方だって争いを望んでいるわけではないのでしょう?ならこの地の人々のために炊き出しをするくらいなら妨害もしてこないでしょう"
「彼の思った通り妨害が起きなかったどころか、賛同者が現れて孤児への支援まで。両国の協力関係が広がったのです。」
「サクレシア姫、貴方様が率先して平和の架け橋になって下さったこと、大変感謝致しております。ウェルは…ああ私がわざわざいう必要もない事ですね。」
ニヤッと笑ったケイドリックが茶目っ気たっぷりに言った。
「彼は貴方のためならどんな困難でも乗り越えていくでしょう。皆さん、サクレシア姫に、この場にいないウェルに大きな拍手を!」
割れんばかりの拍手が少し落ち着いた後、サクレシア姫が発言を求めた。
「わたくしはお二方のお話の通り、突き飛ばされ大怪我をする寸前でした。…助けて下さったハイウェル様は実際に大怪我をなさっています。ですが、ですが!悔しいことにあの時の犯人はまだ捕まっておりません。」
そこでまたタクヴィアンを見る。
「ですが、先ほどウィズセイン侯爵夫人と共に過ごしております時にあの時の犯人を見つけました。」
「犯人とそのお母上はどうやらウィズセイン侯爵夫人も、もちろんわたくしも気に食わないらしくて。」
ふふふと温度のない笑いを挟んだあとこう続けた。
「婚姻前の王族が身につけるこのドレスをパッとしないといい。」
「ウェル…ハイウェル様の負傷を恥ずかしいことと笑い。」
「挙げ句の果てに軍での所属を偽るとは。」
「恥を知りなさい!タクヴィアン・ドゥーイー!ミーウォン・ドゥーイー!」
分が悪いと気づき、会場から逃げ出そうとしていたタクヴィアンは一歩遅かったようだ。会場中に、いや国中に愚行が知れ渡ってしまった。
「はあ?!貴方ねえ!王族だからって根も歯もない事を言わないでくださる?何か証拠でもあるのかしら!」
母親は抗うことに決めたようだ。だが、タヴレンによって息子共々引きずって退場させられていった。
タヴレンには多少なりとも危機察知能力があったみたいね。




