9 エージェント瑠璃
次の日塾に行くと高津君に声を掛けられた。
「瑠璃ちゃん。終わったら塾の入り口で待ってて、大地と合流するから」
「えっ、うん」
教室に入ると一番後ろの隅に腰かける。体験だけの私は今日が最終日。皆さんの邪魔はしたくなかった。塾での後ろの席は人気がない。皆、前の席を陣取っている。だから隣に座る気配がして顔をあげた。
眼鏡をかけたおさげの女の子と目が合う。会釈すると彼女が話しかけてきた。
「あなた、田中さんよね」
「あ、はいそうですが」
誰かしら? 知っている人だっけ?
「高津君と親しいの?」
えっ? 高津君のこと?
「あ、別に親しくはないです」
何か頼まれるのかな?
「でも、さっき廊下で話していたわよね」
「あ、学校でクラスが一緒なので」
入り口で話しているのを見られたんだ。やっぱり高津君は目立つんだ。
「あの、それが何か……」
「私、小林美恵子。よろしくね」
手を差し出されて、思わず握手した。
たぶん高津君と親しくなりたいんだわ。私じゃなくて直接言えばいいのに。
「高津君は人気があるんですか」
「あらやだ、知らないの? いつも彼は、模試でトップよ。全国でも五本の指に入るんですもの、憧れるわ」
「ぜ、全国で五本の指に……」
「そうよ。あなたはどのくらいなの?」
きっと全国で後ろから五本の指に入るかも……。とはいえなかった。
「あ、あまり勉強は得意じゃなくて……」
「良かった、高津君とは釣り合わないわね」
それだけ言うと、小林さんは安心したように笑った。カバンを持つと、前の方の席に移っていった。
『はい、おっしゃる通りです。って言うか、最初からそのつもりはないので、ご安心ください』と言いたかったけど、何も言えずに黙ってしまった。
ふぅ~、とため息が出た。
場違いだわ。塾なんてやっぱり無理だわ。今日が最後で良かった。
ノートだけは真面目に取ったけれど、何を書いているのか半分も分からなかった。授業が終わると、先生に呼ばれて入学案内書をもらう。感想を聞かれたから、曖昧な笑顔を返しておいた。
「申し込み書は明日持ってきてくれればいいわ」と、先生はニッコリ笑う。
「母と相談します」
私はそう言ったけど、もう、先生にお目にかかることはないと思う。
塾には縁がなかった。
塾の出入り口では高津君と河野君が私を待っていた。
周りをすばやく確認する。誰も見ていないわよね?
高津君が「おや?」っていう顔をするけど、どこで誰が見ているかわからない。
「知らんぷりして、ついてきて」
すれ違いざまに小声で言う。
「エージェント瑠璃か……?」
河野君が後ろで何かつぶやいたけど、気にしてなんかいられない。私にも色々あるんだからね。
駅前から移動してこの間の公園の方に向かった。
「さすが瑠璃、エージェントが身についているな」
「いや、本当だ。スパイ映画みたいだ」
河野君と高津君が感心したように言う。
高津君は悪くない。そう分かっているのに、さっきの言葉が頭から離れなかった。私が黙っていると河野君が私のカバンを引っ張った。
「瑠璃?」
「瑠璃ちゃん? どうかした?」
2人に聞かれて思い出した。あの機械を持ってきたんだ。それに2人には罪はない。悪いことは何もしていないし。起きてさえいないんだもの。いけないいけない。反省ね。
「なんでもないの。持ってきたよ」
気持ちを切り替えてカバンからあの黒い携帯を取り出した。
「機械なんて言うから大きなものを想像していたけど小さいな」
高津君が言えば河野君も、
「本当だ、手のひらサイズじゃないか」
と言って自分の手に取った。高津君と交互に見ながら、「スイッチあるのか?」「電源はどこだ?」なんて言いながらチェックしていく。
「瑠璃、これどこが光るんだ?」
「表のつるつるしたところにメッセージが出るの」
「表? モニター画面に見えないな」
高津君が不思議そうに撫でていた。
「こんなのは見たことがないな。今度何かメッセージが出たら教えて欲しい」
「うん」
私が頷くと、黒い機械を私の手に乗せてくれた。その瞬間だった。
真っ黒だった表面に淡い光が走る。
メッセージが浮き出てくる。
『ロジ カツアゲ チユウガクセイ』
3人で顔を見合わせた。
「これか、メッセージは」
河野君の言葉に頷いた。
「これじゃあ、日時も、場所も、わからないな」
高津君が冷静に言う。
「瑠璃は今までどうしていたんだ?」
「えっ? 私は何となく、動いていた」
あまり気にせず。気になったからお父さんに聞いたり、川に行ったりしたんだ。日時なんて考えなかったかも。
高津君は思考を巡らせるように人差し指をたてて頬につけた。シンキングポーズね。しばらくして高津君が顔をあげた。
どんないい考えが浮かんだのかしら。期待を込めた眼差しをむけると、
「つまり、瑠璃ちゃんの思った通りに行動すればいいんだ」
「はいっ……?」
熟考した答えがそれなの……。
全国で五本の指に入る人が人任せって……。
「そうだな。瑠璃はどう思う?」
「えっ?」
結局、私が考えるの?
2人とも役に立たないじゃない!
もうっ!
あっ……待って。
路地って、この近くにもあったような。
公園の近くの路地よ、きっと!
私は、思いついたまま口にした。




