8 トモダチ フタリ
「おい待てよ」
腕を掴まれて振り向いた。河野君が息を切らして立っていた。その後ろから高津君が走ってくるのが見える。
「用事があるって言っただろう」
「用事?」
まだ済んでいなかったんだ。
「田中、ひどいな、花火に誘っておいて」
走ってきた高津君が河野君の肩に手を置いた。
「いや、幸助は誘っていない」
「大地じゃないよ、さっき、田中に誘われた」
「はぁっ? 誘ってないよな!」
あっ、私は確かに塾の玄関で高津君に声を掛けた。でも、それは事情があったわけだけど、そのことを高津君は知らなかった。
「あっ、声かけました」
「ほらね」
高津君が得意げに河野君を見る。
「花火、始まるから向こうの土手に行こう」
高津君はそう言うと私の手を取った。
「おい、手をつなぐな」
河野君がそう言いながら私の反対の手を取った。幼稚園生みたいに3人で手をつなぎながら土手を登って花火を待った。
友達みたいに3人で花火を眺める。時折花火の音が大きく響いた。3つ目の花火が何事もなく打ちあがると、3人でハイタッチをする。
河野君のお祖父ちゃんありがとう。感謝です。もしかしたら、もともと何もなかったのかもしれないけど、そうしたら河野君は怒られちゃうのかな? 一抹の不安がよぎった。隣でニカッと笑う河野君は何も考えていないように見えた。
「お前さ、明日は持って来いよ?」
「えっ? 何を?」
「あっ、僕も見たいな。黒い機械」
「幸助、塾だろ」
「田中も、塾だ」
「田中って呼ぶな」
「瑠璃も塾だ」
「瑠璃って呼ぶな」
なぜか2人が私の呼び方で言い争っていた。名前呼びなんて幼稚園の時以来だ。
「あのぉ~」
私が言うと2人同時にこちらを振り向いた。シンクロしている。
「田中でお願いします」
「よし、瑠璃だ」
なぜか確信したように河野君が言った。
「じゃあ、僕は瑠璃ちゃん」
高津君が言う。それ、絶対に呼んで欲しくないかも。学校では無理だし……。なぜか般若のような佐藤さんの顔が浮かんだ。
「それ、無理だから……」
思わず小さい声でつぶやいた。
「お前のせいだろ! あいつら瑠璃のこと透明人間だと思ってやがった」
河野君が高津君をどつく。
「ああ、佐藤と鈴木だろう? 委員が同じだから無視も出来ないしな。瑠璃ちゃん、ごめん」
高津君が申し訳なさそうに私に頭を下げた。
私は首を振る。高津君が悪いわけじゃないもの。
「学校では、ちょっと……」
私が口ごもると河野君がすかさず言った。
「瑠璃に話しかけるな。いいな」
「気をつける」
そう言って高津君は苦笑いをした。話しかけるのもそうだけど、呼び方が気まずい。いつの間にか2人共私を名前で呼んでいた。
恥ずかしいんですけど。名前を呼ばれるたびに周りを見回してしまう帰り道、「瑠璃ちゃんは尾行を気にしているの?」と高津君が笑う。
「エージェント瑠璃って感じだな」
「黒い機械がミッションを出してくるやつか。面白いな」
「おお、それで行こう。夏休みはミッション、ポッシブルだ!」
なんだか盛り上がっている。男子ってそういうの好きだものね。
「あっ、良かったらあげるよ。あの機械」
「いや、瑠璃ちゃんが持たないと意味がないな」
「そうだ。エージェント瑠璃。指令をお願いします」
おどけた2人が私にお辞儀した。いやいや、違うから。やめて、そういうのはね。
3人で笑いながら歩いた帰り道。2人は家の前まで送ってくれた。途中であの機械を拾った空き家を教えてあげた。
「なんか、暗いと不気味だな」
河野君がポツリと呟いた。一軒だけが真っ暗だものね。取り壊しはいつなんだろう?
別れ際に明日の約束までしてしまった。
どうしてもあの機械を見たいと言うし、夏休みの計画を練るらしい。
お前の家の計画票を出せとまで言われてしまった。
私は関係ないよね?
何にもないんだけど……。
お母さんは夜勤だったから、お父さんに夏休みがいつなのか聞いてみる。8月に一週間はお休みがあるはずなんだ。
「瑠璃はおばあちゃんちに行くのか?」
私は首を振った。おばあちゃんちは楽しいけど、ガキ大将みたいな従兄のお兄ちゃんが苦手だったから、一人でも家にいる方が良かった。
「お友達と図書館で勉強するの」
私は適当にごまかした。図書館は一人で行くつもりだった。実はマンガもたくさん置いてあるんだ。
「そうか、母さんに言っておくよ」
お父さんはそう言うとまたナイターにチャンネルを合わせる。お父さんは夏休みより野球だものね。枝豆に、ビール、それとスイカが大好物だ。
お母さんのいない食卓は野球中継で終わる。私は早々に部屋へ戻った。
今日は色々なことがあった気がした。明日はこの機械をもっていかなきゃ。
手のひらの上で機械が明るくなった。
『トモダチ フタリ』
えっ?
私は思わず窓の外を見た。
さっき別れたばかりの2人の顔が浮かぶ。
友達――。
そんなふうに呼んでもいいのかな。
機械は何も答えなかった。




