10 お巡りさん! 人殺しです!
「この近くの路地だと思う」
私の言葉に高津君が面白そうに口を開いた。
「その心は?」
その心? 何それ?
私がきょとんとしていると河野君が言う。
「瑠璃の勘だろ。リキの時もそうだからな。行ってみるか」
「待て、カツアゲだろう? 子供同士じゃ、まずいよな。どうする?」
高津君の言うとおりだ。小学生じゃ逆に餌食になっちゃう。
「お巡りさん呼んだら?」
「何て言うんだ? カツアゲあるかもっていうのか?」
河野君がばかにしたように言う。確かに、まだあるかわからないもの。お巡りさんは何かが起こってからじゃないと動かないってお母さんが言っていた。
「落とし物探すの手伝って欲しいとか……」
「公の機関を、そんなことに使うな」
高津君が苦言を呈した。
「兄貴呼ぶかな」
高津君が携帯をいじりだした。
「今からじゃ間に合わないだろう?」
河野君の言葉に高津君が頷いた。
「既読にならないな」
「高津君のお兄さん?」
「ごめん、兄貴は忙しいみたいだ」
「ああ、幸助の兄貴は中学生だ。逆にカツアゲされるとまずいから来なくていい」
「何もないかもしれないわ、とにかく見回ってみようよ。3人なら怖くないもの」
そんなにすぐに、ことが起こるかはわからないもの。明日かもしれないし……。
でも気になったの。あの機械が、3人でいるこのタイミングで光るなんて……。
「わかった。瑠璃ちゃんの言う路地に行ってみよう」
高津君の言葉に私達は3人で路地を探して歩き出した。
公園の脇から続く細い道は人がすれ違うのがやっとで、ところどころに階段もあった。脇には畑もあって、人通りは少なかった。
「カツアゲするとしたら、公園から連れて来るよな。こっちに」
河野君が言えば高津君が頷いた。
「人通りが少なく街路灯もないな」
今は日が長いとはいえ辺りはだんだんと暗くなってきた。私たちの方が危険じゃないだろうか?
「中学生がするのか、それともされるのかによるな」
「確かに、高校生のやつらだとマジヤバいな」
私はいきなり背筋が寒くなった。ふいに、刃物を振り回す男のニュース映像が頭をよぎる。喉の奥がきゅっと締まった。
「帰ろう……」
私が呟いたその時、脇の茂みから声が聞こえてきた。
高津君と河野君が顔を見合わせてスマホを起動する。
「大地はいつでも警察に連絡できるようにしておくんだ、僕は録画にする」
「わかった」
河野君が頷いた。私はどうしようと思いながら、皆の後をついて行く。
「だからさっ、さっさと出せよ!」
高校生くらいの4人組が、1人の中学生のカバンを奪って逆さまにした。
中学生は何も言わずにほかの2人の高校生に押さえられて悔しそうに睨みつけていた。
私達は茂みの陰に隠れて様子を伺った。高津君がスマホで録画を始めている。
「瑠璃、少し下がっていたほうがいい」
そう言うと河野君は来た方の道を指さした。そうだよね。どう見ても勝ち目はないもの。なるべく助けを呼べる方がいいのよね。私は頷くと後ろの茂みに移動した。
心臓がどきどきして手を固く握りしめていた。誰か大人がいたらいいのに。
「こいつのカバン楽譜だらけだぜ」
カバンをぶちまけた茶髪の高校生が言う。
「へぇ~ピアノ習ってんのか。金持ちのボンボンだな」
野球帽を後ろ前にかぶった高校生が楽譜を手に取ると破りだす。
「やめろっ」
中学生が言うと、楽譜を破ろうとしていた野球帽が口角を上げた。
「リョウ、こいつ九中だぜ」
中学生のズボンのポケットから長髪が学生証を取り出した。
「ははぁ、源のとこか。あいつには借りがあるよな」
リョウと呼ばれた野球帽が中学生の胸ぐらをつかむといきなり殴った。
「キャー!」
思わず叫んでしまった。高校生達が一斉にこちらを向いた。
「お、おい、ばかやろう!」
茂みから河野君が立ち上がって、ドスの利かない声を上げる。全然怖くない。その時、細い路地の向こうから制服姿の誰かが走ってくるのが目の端に入る。
誰かがこっちに来る。助けを呼んでくれるかもしれない。時間を稼がなきゃ。体が震えて声が上手く出なかった。
「い、今助けを呼んだから、もうすぐ来るから」
私が小さな声で言うと高校生たちは鼻で笑う。
「小学生か、増えてもたいしたことはねえな」
タイミングよく、脇の小道からガサゴソ音がした。
私達は全員ギョッとして振り返る。はったりで言ったのに本当に誰かが来たわ。
見れば、知らない中学生が息を切らして立っていた。さっきの人、畑の脇を抜けてきたんだわ。びっくりした。
誰?
ポンと肩に手が置かれて見上げると、その人は真剣な顔で頷いた。
「お巡りさん、こっちですって思いっきり叫んで。早く」と私の耳元でささやいた。
でも頭の中は真っ白だった。何を叫べばいいのか分からなくなった。
私は思いきり息を吸い込んだ。
「お巡りさん! 人殺しです! こっちです。早く、早く!!!」
一瞬後から来た中学生が私を二度見した。とっさに出た言葉に驚いて両手で口を押えた。
まずかった!? パニクっちゃって、人殺しなんて言っちゃった。
「……人殺しって」
そこにいた高校生達は「まじぃ、やべぇ」と呟くと、あっという間に散り散りに走り去った。
「結果オーライか……」
後ろにいた人は私の頭をなでる。
「よくやった。君の声通るね」
そう言うと殴られていた中学生の方へ近づいていく。後ろを確認したけど、もう誰も来なかった。
「優一、大丈夫か? ラインが途中で切れたから……」
しゃがみこんでいた中学生にその人が歩み寄り声を掛けた。
「兄さん!」
高津君の声にその人が驚いたように立ち止まった。
「幸助、お前、ここで、何してるんだ?」
「兄さんこそ。あっ、今の録画したから」
殴られていた人は散らばった自分の荷物を集め始めた。
見れば唇が切れている。私はカバンから消毒液とバンソウコウを取り出した。その人のそばによると声を掛ける。
「あのぉ、血が出ているから」
私が指で口元を指すとその人は手の甲で口元をぬぐった。
「瑠璃、お前、何でそんなものを持っているんだ?」
河野君が消毒液を私の手から奪った。
「あっ、お母さんがいつも持ってなさいって」
「ああ、瑠璃ちゃんち、母親が看護師だものな」
高津君がティッシュペーパーに消毒液を振りかけながら言う。
「知っているの?」
「まあね。うちも一応同業者なんでね」
「幸助、それを貸してくれ」
お兄さんが消毒液を指さした。高津君がお兄さんへ手渡すと、高津君のお兄さんは同級生の傷を確認しながら傷を消毒していく。
「優一、安心しろ。擦り傷ばかりだ。死なない」
優一と呼ばれた中学生は苦笑いをしていた。
「小学生に、みっともないところを見られたな」
私は高津君のお兄さんに手に持っていたバンソウコウを差し出した。
「あの、よかったらこれを使ってください」
「ああ、ありがとう。優一、立てるか?」
高津君のお兄さんは、私達みんなに声を掛けた。
「ここじゃまずい。うちへ来い」
私達はそのまま、高津君の家へと行くことになった。
いつも読んで頂きありがとうございます。今日は夕方にもう1話投稿します。




