4 焼き芋食べるの……?
よく眠れなかった。
机の上のチラシをめくってみる。黒い機械は相変わらず暗いままだ。
明るくなったのはただの目の錯覚かもしれない。
「瑠璃、まだ寝てるの? お母さんはもう行くから、おやつに焼き芋あるから食べてね」
部屋の外からお母さんが声を掛けてきた。
「うん、行ってらっしゃい」
また焼き芋か。ケーキの方が良いのに。
夏でも焼き芋は冷やすと美味しいからと、お母さんが言う。
看護師のお母さんは食べ物にはうるさいんだ。
寝ぼけ眼をこする。まだ眠い。でも気になる。
とりあえず川を見てくればいいわ。そうすれば任務終了よ。だいたい川なんて日本にはいっぱいあるはずだもの。
うちの近所の川とは限らないわ。
朝食のバナナとヨーグルトを流し込む。お父さんは起きてこない。今のうちに出掛けちゃおう。
カバンにおやつの焼き芋とペットボトルの水を忍ばせた。後で川沿いの公園のベンチで食べるんだ。そうすれば任務もちょっとした遠足気分だ。図書館に寄って、マンガの続きを借りてもいいしね。
図書館に返却するマンガも入れて、と。出発進行。
気合を入れて川まで来ると、のどかな風景が広がっていた。川べりの歩道にはジョギングをする人、サイクリングをする人が行き交う。犬を散歩させる人も多かった。
川の脇にあるグラウンドでは野球の練習が始まっていた。こんな所に迷子がいたらすぐ発見される気がする。
一通り歩くと歩道のベンチに腰掛けた。
リキだったかしら?
隣のベンチでトランペットの練習をしている人がいた。横目で見ながらちょっと叫んでみる。
「リキ~」
周りを見るけど誰もいない。こ、これでいいわよね。任務終了。
最後にもう一度、「リキ~」
私は十分やったわ。誰も迷子なんかいなかった。周りを見渡すけど子供が一人で泣いてなんかいない。
心の中で小さくガッツポーズをして、立ち上がった。
その時、向こう側から勢いよく走って来る影があった。
んっ……。犬?
私は生き物が苦手だ。特に犬は吠えるからいやなの。
ベンチに座りなおす。気づかれずに通り過ぎてくれますように。心の中で祈ると知らんぷりを決め込んだ。
近づいてきた黒い影の正体は、大きな犬だった。
誰よ、リードを離したのは……。
無事に目の前を通り過ぎてくれますように……。
……しかし願いもむなしく、犬は私の前に来て匂いをかぐとペロッとすねをなめた。
生暖かい湿った感触に全身が硬直する。
か、かまないよね? 犬のつぶらな瞳と目が合った。犬と目を合わせちゃいけないんじゃなかった?
何かのテレビで見たような? そっと目をそらす。
ところが犬はクンクンと匂いをかぎまくっている。私のカバンの匂いが気になるらしい。
喉が渇いているのかしら。
カバンを開けると、犬は「ワァン」と嬉しそうにしっぽを振った。
犬ってお皿から水を飲むよね。ペットボトルから飲めるのかしら? 頭の中に小さい頃読んだ童話がよみがえる。鶴とキツネのお話だ。
ちょっとしたいじわるなんだけど、キツネは壺からは飲めなかった。
私が考えていると犬は焼き芋の匂いをかいでいた。まさか、欲しいのは焼き芋?そんなもの食べるの?
今は黒くて恐ろしい動物に襲われている最中。焼き芋で気をそらせるなら、ラッキーなのかもしれない。
ラップを取って目の前に差し出すと、大きな口であむっと一口で食べた。
私の、焼き芋が……。
――食べるのね。
しばらく見ていると、今度はペットボトルの匂いをかいでいる。お芋の次は水なんて、当たり前だけど贅沢な犬ね。
ペットボトルのキャップを取ると飲ませてあげようとするけど、ほとんどこぼれてしまった。少し持ち上げて、水道の蛇口をひねるように流してやると、今度はうまく飲めたみたいだ。
鼻面にかかった水を、プルプルッと体を震わせてはじく。しぶきがこちらまで飛んできた。Tシャツにシミが点々とついた。
「リキ~!」
目の前の犬の耳がぴくっと動く。犬は声のした方へ向き直ると一目散に駆けていった。向こうから少年が走ってくるところだった。
リキって犬の名前だったんだわ。納得すると同時に、あの黒い機械が気味悪く思えてきた。やっぱりあったところに戻した方が良いのかな……。
「田中じゃないか」
突然声を掛けられて顔を上げると、河野君がさっきの犬を連れて立っていた。リキと呼ばれた犬はまた私のすねをペロッとなめる。
ひっ! まだ慣れないんですけど。
「おい、リキだめだ。田中わりぃな、こいつなんか食ったか?」
あっ、勝手に焼き芋あげちゃったけど犬には毒だったりして!
「ごめんなさい」
「はぁっ? なに謝ってんだ?」
「焼き芋食べたの。その犬……リキ?」
「それでか、こいつ人見知りなんだけど、焼き芋につられたな」
そう言うと河野君がリキの頭を撫でている。
「焼き芋食べて平気なの?」
「リキの大好物だよ。よく夏にそんなもの持っていたな」
「あははは、そうだね」
私のおやつですとも言えず笑うしかなかった。
「今日は助かった。こいつ連れ去れそうになって、逃げだしたんだ。危なかった」
「河野君の犬なの?」
今更な質問をしてしまった。河野君はニカッと笑う。
「ああ、そうだよ。夏休みだから散歩させろって言うからさ」
「そっか、大変なんだね」
「田中、お前これからどこ行くんだ?」
「図書館だけど?」
「じゃっ、図書館で待ってろ。俺も行くから」
私は思わずうなずいた。河野君も図書館に何か用事があるのかな?
私は、特に深くは考えていなかった。




