3 勝利の女神?
あれ以来、謎の機械は静かだった。何度見ても、もう明るくなったりはしなかった。
昨日の『ハナマルヒャクテン』って何だったんだろう。気になる。
リビングでお父さんを待っていた。
夏休み最初の土曜日。休日だから、お父さんはまだ眠そうだった。
「おはよう、お父さん、ねぇ、花丸百点って知っている?」
大きなあくびをしながらお父さんがリビングのソファーに座る。
「おっ、瑠璃、100点取ったのか? 凄いな。見せてみろ」
スマホをテーブルに置くとお父さんがこちらを向いた。
「違うの、他の意味はないかなって」
「花丸百点の他の意味か?」
「うん」
私は期待を込めて頷いた。
「花丸百点なんて他に聞いたことないなぁ」
頭をポリポリかきながら、お父さんは携帯を開くと検索を始めた。
「おっ、あるぞ」
しばらくするとお父さんが嬉しそうに呟く。
「えっ、なになに?」
お父さんの携帯を脇から覗くと競馬の画面になっている。
え? 競馬? ただ競馬見たかっただけじゃないの?
「馬の名前だ。今日のレースに出るぞ。第3レースか……」
ホントかしら? お母さんに見つかった時の言い訳だわ。
お父さんはもうレースの画面から目を離さなかった。「勝利の女神の言うとおりにするか」なんてぶつぶつ言っている。
勝利の女神って誰よ? 本当に、お父さんは役に立たなかった。
私はため息を一つつくとお母さんに目をやる。朝食の用意で忙しそうだわ。私の視線を感じたのか突然こちらにやってきた。
「瑠璃、塾の体験に申し込んでおいたから」
お母さんがトーストにバターを塗りながら何気ないことのように言う。
「えっ、塾行くの?」
そういえば机の上にチラシがあった。あれはお母さんが置いたのね。
「あなた、成績良くないし。花丸なんてもらったことないじゃない」
自由な夏休みに塾行くなんて……。
「夏期講習は高いだろう」
スマホから顔を上げてお父さんが助け舟を出してくれた。
「そうなのよ。高かったから、3日だけの体験なのよ」
お母さんが申し訳なさそうに言う。
3日だけ? なら我慢できるわ。お友達出来たのとか色々聞かれることもないよね。
「いつ行くの?」
「来週の月曜日からよ。ごめんね。体験だけで」
私は少しだけ残念そうな顔をして頷いた。
「お母さん、無理しなくていいよ。ありがとう」
本当は助かった。塾なんてイヤだものね。
「瑠璃はいい子だ。わからないことはお父さんが教える。何でも聞け」
「うん」
お父さんは大きな手で私の頭を撫でた。
へへぇ、まっいいか。3日間の我慢。
ちょっと呆れた顔のお母さんは見なかったことにしよう。
部屋に戻るときに「あなた、適当なことばかり言って……」とお母さんがお父さんに何か言っていた。
我が家ではお父さんはお母さんに敵わない。
腕力も、脚力も、経済力だって、お酒の量まで負けていた。
私はお父さんに似ているらしい……。
その日の夜、お父さんが上機嫌で私に言う。
「瑠璃、当たったぞ」
「当たったの? 何が?」
「ハナマルヒャクテンだ。競馬だよ」
ハナマルヒャクテンが当たったの?
また当たるなんて……。偶然?
得体の知れないものを感じて少し背筋が寒くなった。
ううん、違うわ。あの機械のせいじゃない。
きっと、偶然なのよ。心に浮かんだ疑念をそっと、胸にしまう。
それに良いことばかりだしね。悪いことは起きていないもの。
キッチンにいたお母さんがお父さんの声を聞きつけて飛んできた。
「あら、あなた、いくら当たったの?」
お父さんはしまったというような顔をして私を見る。
私は小さく首を振った。
もう、お母さんに聞かれちゃったんだもの。
「あっ、さ、30万……」
「あなた、無駄遣いはダメよ。よく考えなきゃ」
「夏休み、どこか行けるかな?」
「温泉が良いぞ」
「温泉ねぇ」
お母さんの声がちょっと乗り気だ。これはいけるかも。
部屋に戻ると机の上の機械の下に本を重ねて、もう一段高くした。
ご利益あるかもしれない。横にある塾のチラシを伏せた。これは不吉よね。
その時また機械が明るくなる。
今度はなんだろう?
『マイゴ リキ カワ』
それを目にした途端、心臓がドクンと跳ねた。
……迷子?
リキ?
川?
迷子が川にいるの?
まさか……ね……。
でも、もし本当だったら?
私はそこまで考えると、塾のチラシを機械に被せた。
もう、見ない。
見ていないから。




