14 白いウサギと黒い雲
「大地! 今、宮司から電話があったぞ。火の用心お手柄だったんだな」
帰ると河野君のお祖父ちゃんが待っていて、河野君を捕まえると髪の毛をわちゃわちゃと撫でている。
「じいちゃん! やめろ」
河野君がじたばたとお祖父ちゃんの腕から逃れようとしていた。
見るに見かねた高津君のお兄さんが笑いながら口を開く。
「偶然です」
お兄さんが今日あったことを説明していった。黒い機械の事は伏せていた。
河野君のお祖父ちゃんは「うんうん」と機嫌よく聞いていく。隣にいたもう一人の人が時々質問を挟んでいた。
「これは、釣り仲間のてっちゃんじゃ」
お祖父ちゃんの紹介してくれた人は昨日浜辺で一緒にいた人だった。
「明日は皆で沖に出るぞ。昨日は飲み過ぎたからな」
お祖父ちゃんはそう言うとてっちゃんと2人で『カハハハハ』と笑う。
変な笑い方だなって思った。
「瑠璃、あの機械は肌身離さず持っていろよ。いいな」
河野君が小声で私に言う。それを高津君のお兄さんが見ていて、大きくうなずいていた。
私のミッションはこの機械のメッセージをみんなに見せることね。そのためにここにいるんだわ。ふと、肩たたき100回はいつするのかな?と思ったけど、聞くのは止めた。墓穴を掘りそうだったから。
次の日、小さなボートに乗るのかと思ったら、真っ白なクルーザーだった。
船の名前は『KIKU号』。河野君のお祖母ちゃんの名前からとったんだって。お祖母ちゃんは菊枝さん。女性の名前を付けるらしい。
小さなキッチンにソファーまであって、こちらも秘密基地みたいだった。
ソナーって言うのかな? レーダーで魚の群れを追っていく。映画みたいで面白い。途中でイルカの群れが泳いでいて、上にカモメが飛んでいた。こういうところに魚がいるみたいだった。
船を停めると、お祖父ちゃんとてっちゃんが釣り竿にエサを付けて渡してくれた。河野君と高津兄弟は慣れた手つきで釣竿を海に垂らしていく。私が釣り竿を持ったまま立っていると、てっちゃんが私の釣竿を一緒に海に投げ入れてくれた。
「後は待っておけばいいんだよ。時々釣竿を上下したりすると魚がかかるよ」
そう言うと自分の釣竿を船の後ろに固定した。
周りは見渡す限り海で、当たり前なんだけど初めての経験でびっくりすることばかりだった。
「泳げないんだけどな」と、小さくつぶやくと、てっちゃんが頭を撫でてくれた。
「そう簡単には船は沈まないから」と、てっちゃんはまた「カハハハハ」と笑った。
「うわっ、じいちゃん! 引っ張られるぅ……」
河野君の声が聞こえる。見れば河野君の釣竿が弓なりにしなっていた。あんなのが来るのか……。サメだったらどうしよう。
「おっ、大地でかいな。頑張れ」
お祖父ちゃんと2人で上げた魚は茶色くて平たい魚だった。
「ヒラメか。面白いのがかかったな」
私以外のみんなは次々と魚を釣り上げていった。私の釣竿は沈黙を守っていた。だんだんと風が出てきて、船が揺れ出すと、
「ウサギが跳び出したな」
お祖父ちゃんが呟く。
「ああ、南の海上で台風も発生しているみたいだしな」
てっちゃんが言う。
ウサギ? 海なのに?
私が首をかしげていると高津君のお兄さんが教えてくれた。
「波が出てきたっていうことだよ。白い波が、ウサギが跳んでいるように見えるから」
そうなんだ……。
「そろそろ帰るぞ」
お祖父ちゃんの掛け声で私達は港へ向かった。
「瑠璃は釣れなかったのか」
河野君の言葉に頷いた。生き物は苦手だから、別に釣れなくてもいいんだけど。縁日の金魚すくいだって上手くいかないもの。
「またくればいいんだよ。なっ、じいちゃん」
河野君がニカッと笑う。
「ああ、そうだ。海は逃げない」
操舵席のお祖父ちゃんがそう言って、てっちゃんと笑った。
とれた魚を見て、お祖父ちゃんが「今日も日本酒だな」と言うと、また2人で「カハハハハ」と笑った。
ああ、この笑いは河野君の笑いの進化系だ。いつか河野君も「カハハハハ」と笑う日が来るのかもしれないな。
港に着くとさっきまでの青い空とは打って変わって黒い雲が湧き始めていた。
「瑠璃ちゃん。あの機械に変化はない?」
高津君のお兄さんに聞かれて機械を確認する。特に変化はなさそうだと思ったその時に、また機械が点滅した。
息をのんでみていると
『トルネード』
「トルネード? モンスターの名前か?」
肩越しに覗き込んでいた河野君が言う。
「兄さん、竜巻の事だろう。違う?」
高津君がお兄さんの顔を窺った。高津君のお兄さんはしばらく海の方を眺めていた。
「あの積乱雲……。まずいな。お祖父さん!」
高津君のお兄さんが今晩のつまみをどれにするかと、てっちゃんと話している河野君のお祖父ちゃんを呼び止めた。
「竜巻が発生するかもしれません」
お祖父ちゃんとてっちゃんは空を眺めた。空はどんよりと曇り始めていて、沖の方の雲はだんだんと灰色になり厚みを増していた。
「まさか、竜巻なんぞ、来るはずもなかろう。あれは雷雲だな」
お祖父ちゃんの言葉にてっちゃんが首を振る。
「いや、沖の方の雲が怪しいな。念のため、子供たちは、急いで向こうの事務所の建物に入るんだ」
お祖父ちゃんとてっちゃんは急いで魚をしまうと、周りの漁師さんたちに声を掛けて回る。漁師さんたちが空を見上げて騒ぎ出した。
お日様が陰って一気に暗くなってきた。
「行くぞ」
私がぼんやりと皆を眺めていると、河野君が掛け声と共に、パッと私の手を取り走り出した。
「瑠璃、お前、遅っ!」
そんなこと言ったって走るのは苦手だ。おまけに砂に足を取られて走りにくかった。
その時、反対側の手を高津君が取る。
「大丈夫。一緒に行こう」
河野君の手を振りほどこうとしたら、ぐっと引っ張られた。
お祖父ちゃんとてっちゃんは防災担当の方へ声を掛けに行っていた。砂浜にサイレンが鳴り響く。
港が急にあわただしくなった。
その時だった。
私のポケットの中で、黒い機械がもう一度震えた。
恐る恐る画面を見る。
『サカナ フル』
「……?」
思わず足を止める。
「どうした?」
河野君と高津君が私の顔をのぞき込んだ。
私は黙って画面を二人に見せる。
「サカナ……フル?」
3人で顔を見合わせた。
「え? 魚? 今?」




