第98話 帰還と報告と面倒ごと
ようやく、カオルたちはオーロイス伯爵領の領とまで戻ってきた。
領の境にあるダイゴでは、ブルシャーフには人間の姿になってもらってやり過ごした。内心ひやひやしたらしいが、どうにか問題なくやり過ごした。当然ながら、不審そうな表情をされてはいたのだが。
いろいろあったせいで、調査に向かってから二十日もしないうちに戻ってくるとは、はたして誰が想像しただろうか。
「これは、カオル殿。もうお戻りですか?」
「ああ、緊急事態なんで、戻ってきたんだ。旦那様は?」
「伯爵様でしたら、お屋敷にいらっしゃいます。今ですと、おそらく執務室かと」
カオルの質問に、耳打ちをしながら答える門番である。
間者がいたという過去があるからか、他人には聞かれないようにするのは、もはや暗黙の了解となっているのだ。
「時に、そこにいるフードの人物は一体?」
さすがに門番には気付かれてしまった。
「ああ、こいつは緊急事態の理由のひとつだ。すまないが、門番殿には内容は教えられない。まずは旦那様に報告してからだ」
「しょ、承知致しました。では、お通り下さい」
いろいろと聞かれてしまったものだが、とりあえずカオルたちは無事に街の中へと入っていく。
伯爵邸へと向かう馬車の中では、人化したブルシャーフが、外を物珍しそうに見つめている。
「うわぁ、人間がたくさんいる。ご主人様みたいな人はいないの?」
「俺らみたいなのがほいほいいてたまるか。とりあえずおとなしくしてろ。旦那様の許可が出たら、街の中を案内してやるからよ」
「はーい」
少女は意外と聞きわけがよかった。さすがは元が臆病な魔物といったところか。
だが、カオルはリバーファングから人化したサズギンといい、目の前のブルシャーフの少女といい、どうして人化したのかがまったく分からなかった。ついでにいうと、今のこの性格はどこから来たものなのだろうか。まったく謎が謎を呼ぶというものだ。
(この人懐っこい感じ、小さい頃の近所のがきんちょによく似てるな。サズギンたちも、どことなく役者仲間に似ている感じもしたし……。いや、まさかな)
つい前世のことを思い出してしまったカオルだが、たまたまであり、気のせいだと思うことにした。
今はとにかく、ブルシャーフの少女が勝手な行動をしないようにしっかりと見張っている。
そうして、オーロイス伯爵邸に戻ってくる。
門番がひとっ走りしてくれたおかげで、玄関に戻ってくると伯爵がわざわざ出迎えてくれていた。
「カオル、どうしたのだ。予定通りなら、まだ侯爵領にいるはずだが?」
急に帰ってきたことで、伯爵はカオルに事情の説明を求めている。
「すみません、旦那様。緊急事態がありまして、急きょ引き返さずにはいられなくなったんでございます」
「それは一体……」
「部屋で説明します。それと、この子はその緊急事態のひとつですね」
「女の子?」
カオルの後ろからひょっこり顔を出す少女を見て、伯爵は事情がつかめずに首を傾げている。
とりあえず、カオルが言った通り、伯爵の部屋ですべての事情を聞かせてもらうことになった。もちろん、ライツたちも同行している。
部屋へと移動をすると、とりあえず椅子に掛けてもらう。座るのはカオルとライツ、それとブルシャーフの少女だけで、文官たちはその後ろに立っている。
「とりあえず、その子のことから話してもらおうか」
伯爵は分かりやすいところから説明を求めている。
「実はこの子、ブルシャーフっていう魔物なんですよ。どういうわけか、俺のように人化してしまいましてね」
「……なんだって?」
伯爵が露骨に顔をしかめている。
カオルは、しょうがないので少女に魔物の姿に一度変身してもらう。カオルのいうことならばと了承した少女は、ブルシャーフの姿になってしまった。
「これはまた……おかしなこともあるものだ」
「俺にもまったく分かりませんね。あと、サズー川に住んでいたリバーファングどもも、同じように人化してましてね」
さらにポンと出てきた内容を聞いた瞬間、伯爵は思いっきり固まってしまっている。
立て続けに魔物が人化したなど聞かされて、一体誰が信じられるというのだろうか。
「……この目で見てみるしかないな」
そういう結論に至った伯爵は、ライツたちの方へと視線を向ける。
「カオルとちょっと確認に行きたいから、留守の間、侍従とともに街のことを頼むぞ、ライツ」
「えっ、いいんですか、俺たちで」
「君たちも立派な私の部下だ。信じているよ」
「しょ、承知致しました。必ずご期待にお応えいたしましょう」
オーロイス伯爵から留守を頼まれたライツたちは、しっかりと頭を下げて了承をしている。本当にすっかりと伯爵の信用を勝ち取っているようである。
サズギンたちのいる場所へと向かうことにしたオーロイス伯爵だが、一応、それ以外の報告もすべて聞いておく。
ひとまず、クワイエ子爵領には影響がないという話を聞いて、少しは安心したようである。
「橋の復旧作業は終わったのでな、今影響がないというのであれば、もう影響が出ることは考えられないだろう。カオル、明日の早朝、すぐに出るからな」
「承知致しました、旦那様」
「で、その子の服を今から軽く見繕ってもらってくれ。面倒ならメイド服で構わないぞ」
「仰せの通りに」
話が終わると、伯爵はライツたちと街のことで話を続けるとのことだ。
ブルシャーフの少女とともに部屋を出たカオルは、メイド長のところへと向かうことにした。面倒なので、メイド服を着てもらうことにしたのだ。
嫌がるかと思ったのだが、カオルと同じ服が着られるならと喜んでいる様子。
今日のところは仕事はもう切り上げて、カオルは少女の相手をするべく自分の部屋へと戻ったのだった。




