第97話 魔物と少女
カオルは、朝食の席にやってくる。謎の少女を連れて。
カオルの腕をしっかりと抱きしめた少女は、頭に角があることもあって、とにかく目立つ。
「カオル、そいつは誰なんだ?」
「知らん。目が覚めたらベッドの上に乗っかってたんだ。頭の角と、鼻が感じ取るにおいからすると、おそらくはブルシャーフだと思う」
「は? 昨日、子爵様を乗せて戻ってきた、あのブルシャーフか?」
「おそらくは」
確証がないものの、カオルはそう結論付けるしかない。
ちなみにだが、起きた時には羊のようなモコモコの毛皮を着ていたのだが、それはさすがに部屋の中ではどうかと思ったので、人を呼んでカオルと同じメイド服を着させてもらった。角で破けそうになったものの、なんとか着替えられた。
背中の方を見てみると、牛のようなしっぽも存在している。
ただ、カオルとは違ってかなり人間に近しい姿をしている。髪の毛はブルシャーフの体毛の色であり、羊のようにもこもことした感じだ。言ってしまえば天然パーマ。そこから牛の角が生えている。
口は閉じた状態だと、いわゆる『ω』のような形をしている。
これから朝食だというのに、さらに慌ただしい声が聞こえてくる。
「旦那様、大変でございます!」
「どうしたのだ、騒々しい」
食堂に兵士が駆け込んできた。
彼が報告するには、馬の世話をしにやって来た使用人が、ブルシャーフが姿を消したことに気が付いたのだ。
その報告を受けた瞬間だった。全員の視線が一転に集まる。
「あははははっ! 目が覚めたらこんな姿だったから、こっそりと中に入ってご主人様のところまでやって来たの」
両手を腰に当てながら、大声で笑う謎の少女。
「いやぁ、あそこの寝心地も悪くなかったんだけどね。やっぱり、ご主人様の方がいいかなと思って」
「俺は別にご主人様になった覚えはないんだが」
謎の少女の言い分に、カオルはジト目を向けながら反論をしている。
そう、カオルとしては移動のために一番近くにいたブルシャーフを選んだに過ぎないのだ。言ってしまえば、どのブルシャーフでもよかったのだ。
だが、ブルシャーフ側からすると、選んでもらえた特別な存在だと思ったらしい。
それが人化の原因なのだろうか。なんとも理解に苦しむものである。
「サズギンたちのこともそうだが、なんでブルシャーフまでこうなるかなぁ……」
カオルが頭が痛い。
「こ、この少女が、あのブルシャーフですか? か、可愛い……」
「うん?」
兵士が驚きながらも、なにやら小さな声で呟いていた。
カオルの聴力をもってすれば、そんな声、余裕で拾えてしまう。
「まあ、可愛いのは事実だな。あのごつい体のブルシャーフとは思えない」
「ブルシャーフって、私のこと?」
カオルたちの話を聞きながら、謎の少女は唇に人差し指を当てながら、こてんと可愛らしく首を傾けている。本当に人化したばかりなのか疑わしくなる。
「と、とりあえず、朝食にしようか。えっと、ブルシャーフの子も、一緒に食べていくといい」
「わーい、ご飯ご飯」
食事という言葉を聞いて、少女はとても喜んでいる。
結局、少女はカオルの隣に座って、朝食を一緒に食べることになった。カオルは自分のやることを真似て食べるように言うが、はたしてきちんとできるのだろうか。
結果からすれば、何の問題もなかった。どこで学んだのやら、ちゃんと人間と同じように食事をしている。
不思議なことが起こりまくりで、カオル自身もわけがわからなくなっている。
しかし、やはり一度、オーロイス伯爵のところに戻った方がいいという結論に至った。
おそらく、この人化というものが、あの橋の辺りからリバーファングが消えたことの理由なのだろうから。
食事を終えたカオルたちは、荷物をまとめて屋敷の外へと出る。
玄関先には乗ってきた馬車がすでに待機しており、出発を今かと待ち構えている。
「それでは、クワイエ子爵様。俺たちはこれで失礼させていただきます」
「ああ、オーロイス伯爵様によろしく伝えておいてくれ」
「はい!」
挨拶を終えたカオルたちは、すぐに馬車へと乗り込んでいく。
ところが、ブルシャーフだけは馬車に乗ろうとはしなかった。
「私は、自分で走る」
「えっ?」
ブルシャーフは気合いを入れると、なんと元の魔物の姿に戻ってしまった。
「はぁ?!」
これにはカオルもびっくりするしかなかった。人化したと思ったら、魔物化もできるというのだ。ますますわけがわからない。
『ご主人様は、私が守る。私だって、頑張れば戦えるんだもん』
頭を忙しく動かしながら、じたばたと暴れている。
これで、カオルのところに現れた謎の少女は、確実にブルシャーフだということが判明した。
「カオル殿」
「なんでしょうか、子爵様」
「これは、王都にも報告した方がよいぞ。明らかに普通のことじゃないからな」
「しょ、承知致しました。旦那様と相談の上、対応を決めさせていただきます」
子爵から忠告を受けたものの、カオルは自分だけでは決められないとして、伯爵の判断を仰ぐことにした。
結局、子爵領でいろいろあったせいで、予定の半分ほどの日程でオーロイス伯爵領へと戻ることになってしまったのだった。




