第96話 判断と異変
カオルたちはクワイエ子爵領へと戻ってくる。
だが、その姿に街の門番たちはまた驚かされている。
「なんでまた魔物が!」
「子爵様、何とか言って下さいよ!」
門番たちが子爵に苦情をぶつけている。
それもそうだ。カオルとクワイエ子爵は、ブルシャーフの背中に乗っているのだから。
ブルシャーフは牛の頭に羊の体という奇妙な姿をしている。図体はそれなりに大きいものの、基本的にはおとなしい。カオルのいうことは素直に聞いている。
不思議なのはこの一頭だけがなぜかカオルの傍を離れないことだった。そのおかげで、街とサズー川との間の往復がとても楽に済んだわけなのだが。
「こいつは問題ないから、このまま中に入れてくれ。なんか俺にものすごく懐いているからな」
「私も大丈夫だと思う。さっ、中に通してやってくれ」
「しょうがないですね。子爵様がそこまでおっしゃられるのでしたら」
子爵が通すように言うものだから、門番は渋々ブルシャーフをカオルと一緒に中へと通していた。さっきは門まで子爵を呼んでくるという対応をしていたので、大きな出来事である。
子爵邸に向かう間も、ブルシャーフはこれでもかというくらいにカオルにべったりしていた。
そうやって子爵邸に戻ってくると、ライツたちがカオルを出迎える。
「カオル、無事だったのか」
「悪い。リーダーなのにお前らをほっぽり出してしまって」
「いや、それはいいんだ。魔物が襲来したっていうから、カオルが何とかしちまうだろうとは思ってたからな」
ライツはカオルに謝られるも、そのように言ってまったく気にしていないようである。あれからそんなに日数が経っていないというのに、すっかり信頼関係ができ上がっているようだ。
「で、それが街に押し寄せてきた魔物か。でけえな」
「ブルシャーフっていう魔物らしい。イダンカじゃ見たことはないか?」
「ないですね」
「そっか。とりあえず、中で詳しい話をする」
ライツと話をしたカオルは、とりあえず屋敷の中に入ることにする。だが、さすがに中までブルシャーフを連れていけない。そのことに気が付いたカオルは、ブルシャーフに声をかける。
「お前は中には連れていけない。悪いが、屋敷の馬小屋でおとなしくしていてくれないか?」
『分かったの』
ブルシャーフは、なんだか悲しそうな表情を浮かべている。しかし、その図体からして、屋敷の中へは連れていけないのは明白。外で過ごすようにカオルは声をかけるのだった。
おとなしく聞き入れたブルシャーフは、子爵邸で馬の世話をしている使用人のところへと連れていかれた。
屋敷に戻ってきたカオルは、子爵と一緒に中へと入っていき、補佐をしている侍従などに対して何があったのかを話すことになった。
カオルと子爵の話を聞いた侍従やライツたちは驚いていた。
それもそうだろう。ライツたちが持ち込んだリバーファングたちが驚くべき変化を遂げていたのだ。驚くなという方が無理である。
そして、その人化したリバーファングたちはサズギンという種族名を与えられて、領都の西側のサズー川の岸に住み着いたというのだ。
「そんなことってあるんですかね」
「私も初めてだよ。だが、オーロイス伯爵様の代理人として来ているカオル殿という前例があるだけに、あっても不思議ではないかなという気持ちにはなる」
「それは確かに……」
あまりにも変な話なので、ライツもドン引きといったところだ。原因は自分だというのに、その反応はまるで他人事である。
「ライツ……。そもそもお前がリバーファングをサズー川に持ち込んだことが原因だろうが。少しは反省しろ」
「うぐっ……」
カオルから指摘されたライツは、とても反論ができるものではなかった。なにせ、その通りなのだから。
ライツと同じイダンカ帝国出身の文官たちは、その様子を見て笑っている。彼らはリバーファングのことには関与していないのだから、そういう反応になるのだろう。
だが、こんなことがあってはとても調査を続行できる状況ではない。
なにせ、サズー川の流域、しかも、オーロイス伯爵領の上流で起きたことなのだ。間違いなく、なんらかの影響が出る。
そんなわけで、カオルはここでオーロイス伯爵からの指示を打ち切って、一度領都へと引き返すことに決めた。
急な話ではあるが、クワイエ子爵もその方がいいだろうと、カオルの判断を支持している。
ライツたちも仕方なく、その判断に従うことになった。
そういうわけでカオルたちは、明朝にオーロイス伯爵のところへと戻ることになったのだった。
そして、夜が明ける。
「う、ん……。もう朝か」
分厚いカーテンの向こうからは、日の光が差し込んでいる。
ところが、目を覚ましたカオルにはとんでもない違和感があった。
体がなんだか重いのだ。
疲れている、というわけではなさそうなのだが、一体何が起きているのカオルにはまったく分からなかった。
そこで、カオルはいっせーので思い切って体を起こすことにした。
「いっせーの、せっ!」
勢いよく体を起こす。それと同時に、予想もしていなかった音が聞こえてくる。
「きゃあっ!」
悲鳴とともに、床に何か重いものが落ちる音が聞こえてきたのだ。
一体どういうことなのだろうか。カオルは理解ができない。
「いったーい。おはようございます、ご主人様」
声を発しているのは、頭に角を生やした笑顔のまぶしい少女だった。
おそるおそる顔を向けたカオルは、そこにいた謎の少女の姿に思いっきり固まってしまうのだった。




