第95話 半魚人と名付け
カオルはクワイエ子爵を連れて西のサズー川の岸の辺りにやって来る。
往復でかなり時間を取ることに放ったが、カオル自身の鼻とブルシャーフの帰巣本能のおかげでどうにかなった。
どうにかこうにかやって来たのは、クワイエ子爵領の領都からほぼ真っすぐ西のサズー川左岸地域である。そこには元リバーファングの半魚人とブルシャーフの群れがどうにか共同生活をしていた。
「これは……、見たことも聞いたこともない姿の者たちだな」
カオルの後ろに乗っていたクワイエ子爵は、半魚人たちの姿に目を丸くしている。
「どうやらこいつら、サズー川にイダンカ帝国の連中が放ったリバーファングどもらしいんだ。どういう理由か知らないが、俺のように人化しちまったらしい」
「なんと、そのようなことが……」
一応簡単な説明を聞いていたクワイエ子爵だったが、その時は信じていなくても、目の前で見せられては信じざるを得ないというものだ。
どう考えても魚と思われる特徴を持った、二足歩行のなんとも不気味な存在が目の前に実際にいるのだから。
「おう、この辺りの領主を連れてきたぞ」
「おお、やって来たのか」
「約束は守るやつだったのだな」
カオルが声をかけると、リバーファングたちは顔を向けて次々と寄ってきている。カオルはまだ慣れているものの、クワイエ子爵は耐えられそうにない表情を浮かべている。
実際ほぼ唯一といってもいい存在だったリバーファングが根絶されたことで、マサエウ王国内では魚を見る機会がほぼないのだからしょうがない。
クワイエ子爵がドン引きしている中、カオルはリバーファングたちと話をしている。
「そうだ。お前らはもうリバーファングと名乗るには姿が違いすぎるな」
「それがどうかしたか」
カオルがふと思ったことを口にすると、リバーファングたちは訝しそうな表情をしている。元が魚とはいえど、意外に表情が豊かだ。
「俺は単体だからいいんだが、お前らは集団だ。その集団を示す名前があってもいいだろう。そう思いませんかね、子爵様」
「あ、ああ。確かにその通りだな」
カオルが話をすると、まるでまったく話を聞いていなかったかのような反応をしている。それだけ目の前の光景が現実離れをしすぎているということだ。
クワイエ子爵が気になっているのはもう一つあった。
それがカオルがリバーファングたちとともに囲まれているブルシャーフだ。怒らせたら怖い魔物ではあるが、基本的には臆病であり、人に懐くようなことはない。そんなブルシャーフたちが、カオルにはとても懐いているように見えるのだ。
(ふーむ、本当にカオルというのは不思議な魔物だな。魔物ゆえなのか、目の前の魔物たちとはとても懐いているように見える。これは一体……)
実際、クワイエ子爵の周りにはブルシャーフがまったくいない。それだけ警戒されているということだ。
「で、子爵様。こいつらにはなんてつけましょうかね」
「ああ、そうだったな。種族名か……」
本題を振られて、クワイエ子爵は頭を悩ませる。こういうネーミングには、あんまり自信がないようなのだ。
「カオル殿、君がつけてくれ。君がいたから、この魔物の騒動があっさりと収束したんだ」
考え抜いた結果、行きついたのはカオルに丸投げする案だった。さすが領主。さっきまでの騒動をうまいこと利用したものである。
さすがにこんな無茶振りをされてしまっては、カオルは表情を歪ませてしまう。その心の中はやれやれといったところだろう。
「うーん、あっちにいた頃は、こういう連中のことはサハギンって呼ばれているが……。さすがにそれはやめた方がいいか」
種族名をつけるにあたって、カオルはあれこれと悩み続けている。
かなり悩み抜いた結果、カオルはひとつの名前にたどり着いた。
それは、転生前の世界で半魚人の代表とも言われる種族名に、元々生息していた川の名前を組み合わせたものとなった。
「よし、お前らの種族名は決まった」
「おおっ、一体どんなのだね」
無茶振りをしたクワイエ子爵がものすごく興味深そうにしている。さすがにそんな表情を向けられてしまえば、カオルはどの面して期待しているんだと、露骨に嫌そうな表情浮かべている。
「サズー川の半魚人ってことで、サズギンとしました」
「うむ、悪くはない。では、サズギンのみんなは、我がクワイエ領の住民ということでよいかな」
「ここで気ままに過ごさせてもらえるのであるなら、お前たちに逆らうつもりはない。好きなようにしてくれ」
カオルの発表を受けたクワイエ子爵が話し掛けると、サズギンの面々は別に嫌がる様子もなかった。
それというのも、自分たちがまったく敵わなかったカオルが名付けた名前だからだ。
そんなわけで、クワイエ子爵領のサズー川流域に、新たな住民が居つくことになった。
彼らサズギンは、自分が驚かせてしまったブルシャーフともすっかり打ち解けており、これでひとまずすべての問題が解決したようである。
話もまとまったことにより、カオルたちは一度クワイエ子爵領の領都へと戻ることになったのだった。




