第94話 普通の魔物と人化した魔物
どういうわけか、サズー川に生息していたリバーファングたち二足歩行の半魚人たちに変わっていた。この事実にカオルは目を白黒とさせている。
「いや待て、本当にどういうことなんだ。まったく理解できんぞ」
カオルは刀を握ったまま、半魚人たちの方に手を差し出して考え込んでいる。
だが、元リバーファングの半魚人たちに聞いてみても、それが判明するわけでもなかった。
「ひとまず、サズー川で俺を襲った後のことを聞かせてくれ。なんか複雑な事情があるみたいだから、話だけは聞いてやる」
「うるさい! 仲間の仇だ、死ね!」
はたしてリバーファングたちに仲間意識があるかといったら、おそらくないだろう。だが、なまじ人化をしてしまったことで、人間のような感覚がリバーファングの中に生じたのだろうと考えられる。
とはいえ、今はそんなに悠長な風に考えている場合ではない。仲間の仇といって、リバーファングたちがカオルに襲い掛かってきた。
「抜兎術・空!」
考え込んでいるのを邪魔されたこともあり、身を守るためにカオルは刀を振るう。もちろん、殺傷能力が一番低い空である。
「だっひゃあーっ!」
また変な叫び声を上げながら、人化したリバーファングが宙を舞っている。
さすがに二発も食らえば、もう敵わないとようやくおとなしくなったようだ。それにしても、名前の通り鋭い牙を持つだけあって、かなり好戦的だ。
「とりあえず落ち着け。意思疎通ができるのなら、無駄に戦うこともないだろう。俺だって魔物から人化した存在だからな。同じような経緯を持つ者として仲良くしようじゃねえかよ」
「ぐぬぬぬ……」
カオルは落ち着くように声をかけているが、リバーファングはどうも納得をしているようには見えなかった。やれやれ、困ったものである。
「というか、水場が生息地のお前らが、なんでこんな陸地の奥までやってきたんだよ」
「分からん。分からんが、なぜか陸に上がってこの方向に向かえという声が聞こえた気がするんだ」
カオルが尋ねると、リバーファングたちはこのように答えている。知らない声に導かれたということだろうか。にしても、なんとも奇妙な話というものだ。
「で、その声は今は?」
「今はもう聞こえない。……まさか、お前と出会うように仕向けられたのか?!」
声が聞こえなくなったことで、そのような結論に至るとは、なかなかに頭がいいらしい。巣を作って生息するのも、そういった知恵が働くからなのかもしれない。
「それなら、そういうことだったのかもしれねえな。ってことは、こいつらに危害を及ぼすつもりはなかったんだな」
「それはない。たまたま移動するところにいたために迷惑をかけてしまったようだな。すまなかった」
「謝るってできるんだな」
「できたら悪いのか?」
カオルがびっくりした顔をすると、リバーファングは怒りの表情を向けてくる。獰猛な魚という風に聞いているので、思い至らなかっただけなのだ。それでも、リバーファングたちの機嫌を損ねるには十分だった。
「悪い悪い。だが、これは旦那様と子爵様に報告しないといけないな……。うーむ」
リバーファングに謝りながら、カオルは腕を組んで悩み始める。
「何をうなっているのだ」
「いや、お前らの存在を、ここの領地を治める人物に話さないといけないと思ってな。悪い魔物のままなら退治しないといけないし、人間と共存したいっていうのなら、この国の枠組みに沿ってもらわないといけない。お前らはどうしたいんだ」
「そんなもの、決まっておろうが。生き物たるもの、縄張りを築いてその地で生きていくというもの。我々は何者の指図も受けん!」
リバーファングたちはこう言い切っていた。
それを聞いたカオルは、このままではらちが明かないと感じ、とりあえず川まで戻るようにお願いをしておく。陸地に長く上がっていては、生活に支障があるからと考えたからだ。
人化したリバーファングたちは、その願いを聞き入れている。ピンと張りつめた緊張の糸が緩んで、陸に上がってからのダメージが出始めたからだ。
「このブルシャーフたちも連れて帰ってくれ。陸に上がったお前らに驚いて、逃げ出してきたんだからな」
「ぐぬぬぬ、仕方あるまい」
自分たちの責任だと言われたら、悩みながらも意外とすんなり受け入れていた。
そんなわけで、カオルはブルシャーフ一体だけを残して、残りをリバーファングたちに押し付けることに成功した。
「それじゃ、このあたりの領主を連れてくるから、話し合いでもしてもらおうかな。俺とこんだけ話ができるんだ。可能だろう?」
カオルが意地悪そうな顔でリバーファングに声をかけると、やはり悔しそうな表情を浮かべながらも受け入れているようだった。魔物である以上、強者には従うようだった。
そんなわけで、カオルは一体だけ引き取ったブルシャーフの背に乗って、クワイエ子爵領の領都へと戻っていく。
リバーファングが人化するという謎の現象に見舞われたこの騒ぎ。はたして、どのような結末を迎えることになるのだろうか。
驚きの連続に、カオルの頭はパンクしそうである。




