第91話 視察とトラブル
夜が明ける。
カオルは部屋で一人で目を覚まし、いろいろと準備を始める。
魔女のところにいた時からメイドの仕事をいろいろとしてきたこともあって、どんな時でも早起きをしてしまう。
ベッドから起き抜けると、大きく伸びをしてカーテンを開けている。
今日はクワイエ子爵領の中を視察して回ることになっている。本来なら子爵としては好ましくないものだろうが、カオルのことは信用できるのか、すんなりと許可を出してくれていた。それだけ、オーロイス伯爵にも信頼を置いているということだろう。
服を着替えて支度を終わらせたカオルは、部屋を出ていく。
その後、ライツたちと合流し、朝食を食べて領主邸の外に出る。そこで、視察の案内をしてくれる騎士と顔を合わせることとなった。
「ビージスと申します。子爵様より命を受け、カオル様たちの視察の案内を担当させていただきます」
挨拶をしてきた騎士は、おおよそ二十歳くらいと思われるがっしりとした体格の騎士のようだ。切れ長の目に鍛えられた肉体が目を引く感じだ。
「ビージスさん、本日はよろしくお願いします」
カオルはよそ行きの笑顔で右手を差し出す。どうやら握手をしたいらしい。
だが、ビージスがその手を握ることはなかった。
「女性の手を軽々に取るのは騎士としていかがかと存じます。申し訳ございません」
どうやら、女性の手を取るのはよろしくないと判断されたようだ。
見目はウサギ型の魔物とはいえ、メイド服を着ている以上、カオルは女性扱いになるようだ。無理強いをするのもよくないと、カオルは差し出した手を引っ込めていた。
朝から街の中を視察して回るカオルたち。道案内をするビージスはそれは親切丁寧に紹介を含めながら案内をしてくれている。まったく不満のない完璧な案内に、カオルはとても感心している。
(こりゃ、前世のツアーガイド並みの完璧さだな。こっちが尋ねた内容にも、ほぼ完璧に返してくる。よっぽど街の中を知り尽くしているみたいだな。子爵様がお勧めするわけだ)
見事な案内っぷりに、カオルも満足をしている。
朝の時間の視察を終えると、ビージスお勧めのお店で昼食を取ることになる。
街の一等地にある食堂で、クワイエ子爵も利用することがあるほどのお店なのだという。
ところが、店に入ると、問題が発生した。
「いや、さすがに魔物のメイドは入れられませんね」
そう、問題になったのはカオルの容姿だった。
毛むくじゃらというのは飲食店にとってしてみれば、確かに問題のある姿ではあるだろう。だが、それを踏まえたとしても、かなり大げさな反応をしているように思える。
「そこを何とかならないだろうか。子爵様の大切な客人なのです。あまり不快にさせるのもよろしくないのですよ」
「そんなことを言われても無理なものは無理だ」
ビージスが説得しようにも、食堂の主人はカオルだけは受け付けないようだった。
「主人、もしかして、過去に動物か何かに嫌な思い出があるのですかね」
カオルが何気に聞いてみると、食堂の主人がぴたりと騒ぐのを止めた。その姿を見て、カオルはなんとなく察した。
「なるほど、過去のトラウマがあるから、俺を受け入れられないんですね。いいですよ、無理強いをしても周りに嫌な印象を広めるだけですからね。持ち帰りができるのでしたら、俺は外で食べます」
「そ、それなら、いいですよ」
カオルが譲歩すると、食堂の主人はようやく了承をしてくれたようだ。
トラウマというのは、時に深く心に残ってしまう。そのことが理解できるからこそ、カオルは素直にこの選択を取れたわけである。
椅子を一脚借りて、カオルは店の外で座って料理が来るのを待っている。
「まったく、団長だけを外に出しているってのは、俺たちとしちゃ、心苦しいんですがね」
「揉めに揉めて全員が食事を取れないよりはマシだろう。とりあえず、お昼が食べられればそれでいいんだ。ビージス殿との話は、ライツたちに任せるぜ」
「まったく、何をのんきなことを言ってんですかね」
ライツはカオルの言葉を聞いて、ものすごく呆れていた。
食事を受け取ったカオルは、膝の上にトレイを置いて、街の様子を見ながらのんびりとご飯を食べている。
さすがにお昼時とあってか、街の中を行き交う人の姿はほとんどない。日の光に照らされながら、カオルは一人で黙々と食事を食べている。
ほとんど平らげて、食器を中へと返そうとした時だった。
街の外がいきなり騒がしくなってくる。
「なんだ?」
さすがに耳のいいカオルは、垂れた耳をピンと立たせて声を拾いにかかる。
「魔物だ! 街の外から魔物の大群が押し寄せてきたぞ!」
「なんだって?」
カオルの耳が拾った叫び声に、思わず顔をしかめてしまう。
カオルは椅子の上にトレイを置くと、そのまま走り出している。
声の方角からすると、街に西側から魔物が迫ってきていると思われる。カオルはとにかく慌てて街の中を駆け抜けていく。
「まったく、こういう時に何が起きてんだよ」
急な魔物の襲撃に、カオルはものすごく嫌そうな顔を浮かべている。
見た目が魔物なだけに、最悪自分のせいにされかねないため、余計のこといらついているようだ。
カオルが街の外にたどり着いた時、街の西側の方から、ものすごい土ぼこりが上がっている様子が確認できる。
このまま近付けさせまい。カオルは腰に下げた刀に手をかけるのだった。




