第89話 北上と子爵領
ダイゴの街の視察を終えて、クワイエ子爵領へと踏み入っていく。
オーロイス伯爵から指示された内容は、国境までの影響の調査だ。最短で見積もっても、往復で三十日はかかるだろう。となると、戻る頃には橋の復旧が終わっているはずである。
はたしてこの調査に意味があるのかといわれたら、なんとも微妙なところである。
とはいえ、短期間の影響が後々に大きく響くことだってあり得るわけで、カオルは調査を継続する。
(多分、旦那様は俺たちに王国のことを知れというつもりなんだろうな。俺はこの姿になってから半年も経ってないし、ライツたちもオーロイス伯爵領の領都以外はほとんど知らないはずだ。だから、これからは自分の部下として見聞を広めろってことなんだろう)
馬車で移動をしながら、カオルはそのように考えている。
カオルたちの次の目的地は、クワイエ子爵邸だ。双方の領地の境目にあるダイゴに情報が伝わっているのなら、当然、クワイエ子爵にも情報がいっていると考えられるからだ。
というわけで、カオルたちはさらに街道を北上していく。
クワイエ子爵領に入ってから三日目、目的地である子爵邸のある領都へと入っていく。
さすがエランペ皇国との街道の途中にあるだけあって、大きな街だ。とても爵位が子爵とは思えないくらいににぎわっている。
「話には聞いていたものの、実際に来ると違った印象を受けますね」
「まさかここまでとは思いませんでしたね」
四人の文官たちが街のにぎわいに驚いているようだ。
それだけ、人伝に聞く内容と実際に見る内容とが違ったということなのだろう。
カオルたちを乗せた馬車は、そのままクワイエ子爵邸へと向かっていく。御者が言っていた通り、ここは領主である子爵に顔合わせをするのが当然というものである。
領都から少し離れたところに、そのクワイエ子爵邸はある。敷地に入り、屋敷の前までやって来ると、そこには子爵たちが並んで待っていた。護衛となる騎士が先んじて向かったために、カオルたちはどうやら歓迎を受けているようだ。なにせ、格上の爵位の使いがやってきたのだから当然だろう。
馬車からカオルたちが降りると、出迎えていたクワイエ子爵たちは目を疑った。なにせ、降りてきたのはメイドなのだから。しかも、どう見ても人間ではない。
「クワイエ子爵様ですね。俺は、オーロイス伯爵の代理人であるカオル・ロップスと申します。お出迎え、大変感謝致します」
カオルはメイドの姿ではあるものの、貴族令嬢のような仕草で挨拶をしている。
「こ、これは、カオル殿、よくお越し下さいました。ささっ、長旅でお疲れでしょうから、中へとお入り下さい」
「はい、お言葉に甘えさせて頂きます」
クワイエ子爵は顔を引きつらせながらも、格上の家門からやってきた人物なので丁重に扱っている。オーロイス伯爵は交通の要衝を任されている人物だ。機嫌を損ねるのはよろしくないのである。
使用人たちにはちゃんとした部屋を用意させているので、ひとまずそこへと案内させる。
しかし、まさか女性一人の男性五人とは思っていなかったので、部屋としてはバランスがとても悪そうだった。
客間まで案内してもらったところで、カオルはクワイエ子爵の使用人に声をかける。
「ああ、この五人は一部屋で構いません。これ以上、子爵様のお手を煩わせるわけにはまいりませんから。俺たちはこれで我慢します」
カオルはにこりと笑っている。
だが、魔物の顔で微笑まれても、クワイエ子爵邸の使用人からすれば、獲物認定されたように感じられてしまったようだ。なぜか震え上がっている。
その使用人の姿を見たカオルは、なんともいえない気持ちになる。だが、オーロイス伯爵の使いとして来ている以上、無用のトラブルは起こしたくないものだ。なので、カオルは穏便に済ませようとしている。
「少し休憩させていただきましたら、子爵様と少々お話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「は、はい。旦那様に確認を致しますので、どうぞおくつろぎください、ませ……」
カオルが話し掛けるも、やはり使用人は怖くて震え上がっている。こればかりはちょっとてこずりそうだなと思うカオルなのである。
そんなわけで、カオルはライツたちと部屋を別れて休憩に入る。
客間の中は、子爵邸とはいえども十分な広さがあり、これを一人で使うのはもったいなく感じてしまう。
とはいえ、ここまで平然とした様子で振る舞っていたカオルもさすがに長旅の疲れは隠しきれない。使用人が呼びに来るまでの間、ひとまず休ませてもらうことになった。
休憩をするカオルであるが、もちろんその間もただ休んでいるわけではなかった。
どういうタイミングになるかわからないにしても、クワイエ子爵との話し合いを行わなければならない。なにぶん、オーロイス伯爵から信任されての訪問だ。自分の言動がそのまま伯爵の評価につながりかねない。なんともいえない緊張感に襲われるカオルである。
休憩をしてから日が暮れてしまった時間のこと、不意に部屋の扉が叩かれる。
「カオル様、お食事の準備が整いました。食堂へとご案内させていただきます」
どうやら、食事の時間が来たようである。
すぐに話に入らなかった理由は分からないが、カオルは食事の呼び掛けに応じて部屋を出ていくのだった。




