第88話 街の責任者とカオル
翌朝、宿で朝食を食べるカオルたちのところに一人の人物が従者を伴ってやってきた。
「おはようございます。伯爵様の代理人の方々ですね」
「そうだけど、あんたは誰だ?」
食事中だったので、カオルはちょっと不機嫌そうに顔を向けている。
「これは食事中失礼致しました。私はこのダイゴの街の責任者であるスローンと申す者でございます。昨日はご挨拶に伺えずに申し訳ございませんでした」
「いや、俺たちの到着が遅かったから気にしていない。とはいえ、朝早くからというのも困る、食事中なんだからな、今は」
「できれば早くと思いましたので、気が利かず申し訳ございません」
スローンと名乗った人物は、カオルたちにとても丁寧に接している。従者はカオルの姿を見て不満そうだが、相手がメイドなのでそうなるのもしょうがないだろう。
現れたタイミングは最悪だが、カオルたちからすれば好都合といえば好都合だった。今日は、このダイゴの街の状況を見て回る予定だったのだから、責任者から直接話が聞けるのは無駄足が減るというものである。
そんなわけで、宿の主人に頼んで簡単な食事を出してもらい、一緒に食べながら話をすることになった。
「俺は、オーロイス伯爵様の代理人でカオル・ロップスという。見た目の通り、二足歩行する魔物でメイドだが、今は伯爵様の部下なので安心してくれ」
カオルが自己紹介をすると、スローンは驚いた顔を見せている。
この表情には、カオルもちょっとびっくりしてしまっている。
「おお、あなたがそうでしたか」
「……どういうことだ?」
スローンの反応を見て、カオルは疑問を感じている。
「いえ。川沿いの領都がイダンカ帝国に襲撃されたという話は、さすがにもうここまで伝わっております。一人のメイドの活躍により、イダンカ帝国は撤退をしたと聞き及んでおりましてね。それが、カオル様でしたか」
どうやら、先日の戦争のことは既にこのダイゴにはしっかりと伝わっているようだった。
となると、隣のクワイエ子爵領などにも伝わっていることだろう。となれば、何か吹っ掛けられてくる可能性は十分にあり得る。なにせここは領境の街なのだ。カオルは少し警戒したのか険しい顔になっている。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、いや。それならば、サズー川の橋のことも、ご存じですかね」
「それは、伺っておりますとも」
スローンが気にかけてくるので、カオルは逆に質問を投げかけてみる。予想通り、橋が破壊されたことも伝わっていた。
「そうか。では、ダイゴの街に現在影響はいかほど出ているかな?」
「現状、こちらは隣国のエランペ皇国との取引もございますので、あんまり影響はないといったところですかね」
どうやら、ダイゴの街には影響は出ていないらしい。
しかし、カオルはどうにもスローンの表情が引っかかる。
そこで、ちょっと言葉遣いを改めて聞いてみることにする。
「すみませんでした。ちょっと丁寧にお聞きしましょう。本当に何も影響はないのですかね」
言葉遣いを丁寧にしながらも、なぜか圧力を加えていくカオルである。真っ白な毛並みとはいえど、真っ赤な瞳から繰り出される目力というものは、相手を圧倒するに十分である。
カオルからの圧力を加えられて、スローンはちょっと困った顔をしている。やはり、何かあるようである。
「生活に影響がないのは事実でございますよ。ですが、貿易においてこちらから出すものが少しずつ不足してきており、どうも相手方が値を吊り上げるような動きを見せているのです。このままですと、民の生活を守るためには要求をのまねばならず、影響が出始めるかと思うのです」
やはりそうだった。
商売というのは基本的に等価交換だ。北方のエランペ皇国との間では、基本的に物々交換で取引がなされている。
だが、物品が少なくなってくれば取引のバランスが崩れてしまい、その分取引の物量が減ってしまうのだ。
となれば、南からの供給と北からの供給が減ることになり、挟まれた地域は苦しくなるというわけである。
「なるほどですね。それは長期的に見た場合、大変なことになるでしょうね」
カオルは納得の表情を見せる。
「橋の復旧は、今、ちょうど半分が終わったところです。俺が気が付いたことで、イダンカ帝国による橋の破壊が半分で済みましたからね。もし、全部が落とされていたら、今頃はもっと影響が出ていたでしょう」
「おお、ただのメイドではないと思っておりましたが、そこまでとは。素晴らしい部下を持ちましたな、伯爵様は」
カオルはちらりとライツたちを見る。ライツたちはカオルに視線を向けられると、ちょっと縮こまってしまっているようだった。
このような反応を示すのは当たり前だろう。自分たちがやらかしたことの結果だ。知られたらおそらく殺されたって文句は言えない。
カオルはその姿を見て、ちょっと呆れた様子を見せている。
「とりあえず、王都側との取引もそのうち正常化しますので、しばらくの我慢です。今はとにかく耐えて下さい」
「はい、分かりました。どうか、よろしくお願いします」
スローンはカオルに対して頭を下げている。
ひとまず、ダイゴの街では心配はなさそうだ。その現状を知って、カオルはちょっと安心をするのだった。




