第8話 メイドと初めてのおつかい
どのくらい時間が経っただろうか。
「う、ん……」
ようやくロップスが意識を取り戻す。
「よく寝ておったな。どうだ、体は」
「うぁ……」
魔女の問い掛けに、寝ぼけた頭と垂れたよだれという最悪な状況で、間抜けた声を出している。
「あ、ああ。とりあえず、体はなんともないようだが……。うん?」
ロップスは自分の手を見て、すぐさま違和感を覚えた。
どういうことだろうか。まったくといっていいほど毛が生えていない。ウサギの魔物から変化した獣人だったので、全身毛だらけのはずである。だというのに、目に飛び込んできた手は、うっすらとした体毛が生えている程度の状態だった。
そう、ロップスのその手は、まるで人間の手のようになっていたのだ。
「し、師匠。これは一体……」
「うむ。人化薬は成功のようだな。ほれ、見てみるといい」
何が起きているのか確認しようとしているロップスに対して、魔女は冷静に姿見を引っ張り出してきていた。
大きな鏡を前にして、ロップスはじっと鏡を覗き込む。
「えっ、こ、これは?!」
そこに映っていたのは、ウサギ獣人の姿ではなく、髪まで含めて色白な女性の姿だった。
(うげっ……。俺、本当に女になってたんだな)
ところが、ロップスが最初に思った感想はそれだった。
それもそうだ。前世は三十代男性である。それが、どう見ても十代後半の女性の姿になっているのだから、戸惑う方が普通というものだ。つまり、今のロップスはうら若き美人メイドになってしまったというわけである。
あまりにも美人だったがために、ロップスはじっと鏡の中の自分を眺め続けていた。
「まったく、いつまで見ておるのだ。もうよいであろう」
「あっ、すまない」
魔女に注意されたロップスは、ようやく鏡から離れて直立している。それだけ美少女になった自分に見とれてしまっていたのだろう。
「とりあえず、この姿なら街に入っても怪しまれまい」
「すごいな、これは。どう見ても女子高生くらいの姿だ。俺もこんな感じで育っていれば、ずいぶんと人生違ったかもなぁ」
「何をよく分からぬことを言っておる。体の状態が問題ないようなら、さっさとおつかいに行ってきてくれんかな。そのカタナは護身用に持っていくといいが、揉め事には気をつけるのだぞ」
「ああ、分かった。できる限り早く用事を済ましてくるよ」
魔女とのやり取りを終えて、ロップスは街へと向かおうとする。
ところが、すぐにぴたりと足を止めてしまう。
「悪い。お金はないのか?」
どうやら一番の問題に気が付いたようなのだ。
そう、ものを購入しようにも金がなければ何もできないのだ。
「おお、悪い悪い。ちょっと待っておれ、探してくる」
「おいおい。しっかりしてくれよ、師匠」
どうやら魔女も自分がうっかりしていたことに気が付いたようで、自分の部屋に戻ってなにやらごそごそと探している。
ここでもロップスがきれいに掃除してしまった影響が出てしまったようで、見つけ出すまでに時間がかかっていた。普段はどのくらい無頓着に散らかしていたかがよく分かる。
ようやくお金を見つけたようで、魔女はほっとした表情を浮かべていた。
「すまんすまん。頼んだものを全部購入しようとすると、このくらいあれば足りだろう。ほれ、手を出すといい」
「まったく。見つけたお金は、全部まとめて師匠の机の引き出しに入れておいたはずなんだが、どうしてこんなに時間がかかったんだよ……」
文句を言いながらも、ロップスはお金を受け取っている。全部で金貨が十枚ほどだ。長いこと引きこもっていたというわりには、結構お金を持っているようだが、これがどれほどの価値なのかはロップスには見当もつかなかった。
しかし、無事にお金を受け取ったロップスは、魔女からの頼みをこなすために、初めて魔女の家の外へと出ることとなった。
「地図の通りに進めば、一日も歩けば街に到着ができるであろう」
「引きこもっているというわりには、ずいぶんと街まで近いな」
「ふふっ、それこそ私の魔法のすごさというものだ」
徒歩で一日となれば、おおよそ五十キロくらいだろうと思われる。思ったよりも近いことに、ロップスは驚きを隠せなかった。
だというのに、誰にも見つかることなく隠れて暮らせているのは、それだけ魔女の魔法が優れているという証左なのだろう。魔女がこれだけ威張るのも理解できるというものだ。
「まぁ、さっさと行け。おぬしならうまくやり過ごして帰ってこれるだろう。出身を聞かれたら、うまくごまかすのだな」
「ああ、そうするよ」
魔女に急かされたロップスは、左の腰に鞘に納まった刀を下げ、メイド服のポケットにお金をしまって準備万端だ。
魔女に見送られながら、出発の挨拶をしてから小屋を出発していく。
よく思えば、このおつかいがこの異世界に来てから初めての旅になる。
はたして自分が転生してきた世界は、一体どのような世界なのだろうか。未知の世界に、ロップスの心は高鳴っている。
魔女からの言いつけで買い出しに向かうロップスは、実に楽しそうに笑みを浮かべながら街を目指して歩いていく。
はてさて、ロップスは用事を済ませて、何事なく戻れるのだろうか。




