第86話 橋と影響
橋の復旧作業が始まってトータルで二十日間が経過する。
イダンカ帝国から寝返った文官たちのことはライツに任せて、カオルはオーロイス伯爵と復旧工事が行われている現場へとやって来る。
現場ではとにかく重要な拠点ということで、ほぼ休みなく復旧工事が続けられている。
「これはずいぶんと直ってきたものだな」
「ですねぇ。この世界の土木技術もたいしたもんだぜ」
目の前の状況を見て、オーロイス伯爵とカオルはびっくりしている。
「おお、オーロイスも来たか」
「これはミリスリーナ伯爵殿。どちらも視察に来ていらしたのですか」
復旧状況に感心していたオーロイス伯爵の目の前には、対岸の街を治めるミリスリーナ伯爵の姿があった。どうやら、たまたま視察がかぶったらしい。
「それにしても、やはり馬車を行き来させながらの復旧工事となると、なかなかに大変ですな」
「この川は、川幅が尋常ではない。船で渡るとなると、馬車で渡るよりも時間がかかってしまうからな。ここにこの橋を築いた祖先というのは、本当に偉大な方々だよ」
「ははっ、まったくですね」
オーロイス伯爵とミリスリーナ伯爵は笑いながら言葉を交わしている。
それにしても、橋の約半分を爆破破壊されたというのに、二十日間でその半分が元の石橋に戻っている。カオルの土魔法で作られた土手と半々ずつになっている光景は、なんともちぐはぐな感じである。
復旧作業をしている作業員たちからすると、カオルの作った土手でも十分大丈夫だったようなのだが、欄干がないというのはやはり危険らしく、元の石橋に復旧せざるを得なかったようだ。
とにかく作業員たちは、元の石橋に戻すために懸命に作業を続けている。
片側交互通行が続いている状況では、マサエウ王国の経済は文字通り滞りかねないので、とにかく急ピッチである。
軽く見回して状況を確認すると、改めて作業員たちを激励して街へと戻っていった。
視察を終えて、オーロイス伯爵とカオルは屋敷に戻ってくる。
「お帰りなさいませ、伯爵様」
「うむ。一日どうだったかな」
出迎えに出てきたライツたちに、オーロイス伯爵は問いかけている。
なにせ監視役であったカオルが今回は伯爵の護衛として不在にしていたのだ。寝返ったばかりの四人の下級文官はまだそれだけ信用がないということなのだ。
「こいつらなら心配要らないですよ。どうせ今さらイダンカ帝国に戻ったところで、こいつらの扱いは酷いもんでしょうからね。だったら、ちょっとでもマシな生活を求めるってもんですよ」
オーロイス伯爵に答えながら、ライツは四人の文官の方へと視線を向けている。四人はなんとも恥ずかしそうに縮こまりながらその場に立っている。
その様子を見たオーロイス伯爵は、大丈夫そうだという印象を受けたようだ。
「そうかそうか。ならば、これからも我が領のために尽くしてくれ。ちゃんと働きに対した対価は支払うからな」
「はい、尽力いたします」
オーロイス伯爵に声をかけられると、文官たちは元気よく返事をしている。
「ちゃんとやってくれよな。じゃないと、俺の抜兎術をぶっ放すからよ」
「は、はいぃっ!」
カオルが冗談交じりに脅すと、四人は震え上がっている。この様子にはライツも含めてただただ笑うだけだった。
だが、オーロイス伯爵の仕事はここでは終わらない。
なにせ、復旧作業中の交通の停滞の影響を検証せざるを得ないからだ。
サズー川はとにかく川幅が広い。その約半分において橋を破壊されたのだから、そりゃ当然、相当の影響が出てくるというものだ。
これだけ物流などが滞れば、当然ながら心配になってくるのは王都の状況である。サズー川の左岸でしか生産されないものもあるので、この橋の影響は本当に計り知れない。だからこそ、イダンカ帝国はこの橋を落とそうと考えたのだ。
なにせ、マサエウ王国の東半分は、サズー川のせいで地形的に王都のある右岸側の地域とは別の地域といっていいほどだ。ならば、陸地的につながっているイダンカ帝国が支配した方がいいだろう。
それでも、マサエウ王国が東半分を自国に置いているのには訳がある。
そのことが気にかかったオーロイス伯爵は、カオルを自室に招いている。
「重要拠点を任されている以上、とにかく、私はこの状況を早く正常化しないといけない。そこでカオルに頼みがある」
「なんでしょうか」
「ライツたちを連れて、この左岸地域の状況を確認しに行ってくれ。私の持つ権限を振るえるように、代理人の指名をしておくからな」
「承知致しました。このカオル、伯爵様の命をきちんと遂行いたしましょう」
オーロイス伯爵からの命令を受けたカオルは、その前に跪いて誓いを立てている。
その動作を見た伯爵はなんとも大げさな気がしたのだが、やり遂げると誓いを立てているのだから、あまりに気にしないことにした。
「明日にでも出てもらうので、チェックしてきてもらうところを今夜中にまとめておく。街からそうそう簡単に離れられない私の代わりに、ぜひとも頼むよ」
「はっ!」
カオルはしっかりと返事をしている。
こうして、カオルはライツたちを連れて、左岸地域の調査に出向くことになった。
マサエウ王国における重要拠点とはどのような場所なのだろうか。
この世界にやって来てまだまだ知らないことがあふれているカオルは、なぜかとてもわくわくとした気持ちになっているのだった。




