第83話 尋問と恐怖体験
その頃、オーロイス伯爵邸では。
「へっくしょいっ!」
「うわっ、きたねぇっ!」
カオルが思いっきりくしゃみをしている。その盛大すぎるくしゃみに、ライツがびびって飛びのいている。
「誰か噂してんのかなぁ……」
カオルはしっかりと押さえながら鼻をすすっている。
メイドとしてちょっとあるまじきというところだが、前世では男だったせいか、そういうところはちょっと緩い感じなのだ。
オーロイス伯爵の執務室で二人が仕事をしていると、尋問の結果を聞いてきたオーロイス伯爵が戻ってくる。
「お帰りなさいませ、旦那様。いかがでしたでしょうか」
「相変わらず黙秘のようだ。今日ですでに五日間も黙っている。まったく口が堅いというものだな」
オーロイス伯爵が話すには、どうやらまったく成果が芳しくないようである。
街の中で怪しい動きを見せていた連中をカオルの抜兎術で捕まえたのはいいのだが、まったく何も話そうとしない。疑わしいだけに釈放というわけにもいかず、オーロイス伯爵はなんとも難しい判断を迫られているようだ。
それというのも、一般人であった場合は失態になりかねないということがある。貴族優位の社会とはいえど、やはり一般人たちの取り扱いというのは慎重にならざるを得ないというわけだ。
しかし、街の中で何かを聞き回っているという行動は怪しさしかない。
「旦那様、俺が出向いて口を割らせましょうか?」
「うむ、そうだな。これ以上は問題が出かねない。さっさと正体を割ってしまわないとな」
カオルが提案すると、オーロイス伯爵も仕方がないとその提案を受け入れることにした。
翌日、オーロイス伯爵はカオルとライツを伴って、怪しい男たちが捕らえられている地下牢へとやってきた。今回は伯爵邸の地下ではなく、自警団の牢屋で捕らえられている。捕まったのが伯爵邸の中ではなく、街の中だからだ。
ひとまずはカオルとライツには後ろに待機してもらい、まずは伯爵だけが向かっていく。
さすがに六日間も飲まず食わずでは、それなりに衰弱した様子が見受けられる。
「さて、そろそろ喋ってもらわないとな。このまま死なれてしまっては困るというものだよ」
オーロイス伯爵は男たちをじっと睨みつけている。
ところが、これほどまでに衰弱しながらも、男たちはオーロイス伯爵に反抗的な態度を取り続けている。
その後方では、カオルとライツが様子をじっと見守っている。
「おや、あいつらは……」
ちらりと顔の見えた瞬間、ライツが反応している。
「知っているのか、ライツ」
ライツはカオルの言葉に反応して頷いている。
「知っているも何も、同じ帝国の人間ですよ。城の中で見たことのある下っ端文官です」
「なんだ、お前。帝国の城で働いていたのか」
「そうですよ。末端の兵士の一人にしか過ぎなかったので、少しは役に立てと言われて、伯爵邸に傭兵のふりをしてやってきたんです」
思ってもみなかった証言だった。
ライツの証言を聞いたカオルは、ライツを連中に引き合わせることにしたようだ。
オーロイス伯爵の命令ではまだまだ待機ではあったが、事態の打開を考えるのなら、ライツの証言を信じて会わせるしかなかったのだ。
「お、お前は……っ!」
「カオル、ライツ。まだ待機していろと言っただろうが」
二人が姿を見せると、伯爵は当然ながら、捕まった男たちも反応を示していた。どうやら、ライツのいった通り、顔なじみだったようである。
「よう、久しぶりだな」
「なんだ、ライツ。知り合いだったのか」
「イダンカ帝国の帝都の城でちょっくら顔を合わせた程度の関係ですけれどね。俺は兵士の下っ端、こいつらは文官の下っ端で、下っ端同士、なかなか気が合いましたよ」
憐れむような視線を向けるライツの姿に、男たちは怒りをにじませたような表情を浮かべている。
「……ライツ、裏切ったのか」
「いや、俺も同じように伯爵の暗殺に失敗して捕らえられていたさ。だが、どうしても生き延びたくてな、傍で仕えることにしたのさ。なかなかここの生活は快適だぞ。お前らも意地を張るんじゃねえよ。命あっての物種だろうがよ」
「黙れ、帝国を裏切るなどできるものか」
ライツが出てきた瞬間、今までの沈黙が嘘のようにしゃべり出す。しかも、衰弱しているはずのにしっかりと話している。帝国の文官、おそるべし。
だが、大丈夫と分かれば、カオルがにこにことして前に出てくる。
「なんだ。また抜兎術を食らいてぇのか? いいぜ、いくらでも食らわしてやるぞ?」
ものすごい笑顔を浮かべて、カオルは刀に手をかけている。その瞬間、捕らえられている男たちは震え上がる。
捕らえられる原因となる抜兎術・空のことを思い出したのだ。カオルが刀を振るった次の瞬間、男たちはあっという間に空中に吹き飛ばされていた。何をされたのか分からない以上、恐怖でしかないのだ。
その結果、男たちはカオルから向けられる恐怖とライツの説得により、素直に自分たちの目的を話してしまった。
これまでの尋問を加えてきた五日間はなんだったのだろうか。あっさりと口を割ることができた現実に、オーロイス伯爵は言葉を失ってしまうのだった。




