第80話 見栄と仕事
オーロイス伯爵領の領都から脱出したシーディスと男女の冒険者は、東へと向かっている。脱出した馬車の中で他の客からカオルの情報が手に入ったからだ。
どうやら、以前にカオルが乗ってきた時にもいた同乗者がいたらしく、東の辺境の街から乗車してきたという情報を聞くことができたのだ。
「東の辺境といえば、以前にネンイン様が見回り調査に同行なさった時に行かれましたな」
シーディスはあごを擦りながら何か考え込んでいる。
「一体その辺境がどうしたんですかね」
男の冒険者が気になって声をかけている。
「いやぁ、あそこの辺境の街、ゴーチエという街があるのですがな、奇妙な森が南にあるのですよ」
「奇妙な森?」
シーディスが話をすると、女の冒険者の方もなにやら気になったようで耳を傾けている。
冒険者が二人とも興味を持ったようなので、シーディスはやむなくその森について話をすることにする。
そのゴーチエという街の南側には、かなり大きな森が広がっている。さらに南に進めば、今回サズー川の両岸の街に侵攻してきたイダンカ帝国との国境になる。
その森なのだが、広大な上に両端が丘陵部となっているため、通らないと反対側には出られなくなっている。ところが、通り抜けようとしても、森を抜けたと思ったら入ってきた場所に戻されるという不思議な森になっていた。通称『迷いの森』である。
「ネンイン様はその森で何かをしたようなのですが、部下であり弟子でもある私にも何も話してくれませんでしたね。ものすごく気になるのですよね」
「ふーん……」
「迷いの森だったら、私は聞いたことがありますけど、そんな遠くにあるんですね」
「一応、マサエウ王国の東の端ですよ。もうちょっと東に行きますと、特に目印もなく別の国ですからね。気を付けて下さいね」
シーディスはなんだかんだ言いつつも、二人のことを気にかけているようだった。
そういう微妙な雰囲気を保ちながら、シーディスたち一行は、段々とゴーチエの街へと近付いていく。
目的地まであとふたつとなった時、思わぬことが起きる。
乗合馬車から降りて、その日の宿を取った後、三人はそれぞれ別行動を取ることになった。
いつもだったら宿の中で一人で閉じこもっているはずのシーディスだが、この日ばかりはちょっと気分転換をしたくなったようで、近くの酒場へとやってきた。どうやらずっと馬車に揺られているのが嫌になったようだ。
酒場の中は、街道沿いの宿場町ということもあってかなりにぎやかである。同行者である冒険者たちと似たような雰囲気の連中が、酒を浴びるように飲みながらわいわいと騒いでいる。さすがに文官に近いような立ち位置のシーディスにとっては不愉快な光景のようだ。
シーディスは一人ということもあり、カウンターに座って注文を始めている。
「おやおや、王都の魔法使いがこんなところまで何をしに来られているんですかね」
カウンターにいる店員が、シーディスに向かって話しかけている。
「なぜわかるのですか」
「以前にも同じような格好の方が来られましてね。その時、王家のエンブレムをつけられた方が同行していましたので、あなたも同じだと思った次第ですよ」
「なるほどですね。庶民というのも、意外と侮れませんね」
店員の洞察力に驚かされながらも、シーディスは適当に注文を出している。
酒とつまみを煽りながら、普段のうっ憤を払うかのようにシーディスは味わっているようである。
「そういえば、お客さんは何をしにこちらまで? 王都の方でしたら、よっぽどの理由がないとこちらまで来られないでしょうに」
「ああ、詳しいことは言えないのですが、上官から調べ物を頼まれてしまいましてね。その調査のためにこちらまできたのですよ」
「それはそれは、ご苦労さまですね」
シーディスの答えを聞いた店員は、そっと一品を追加している。
「……注文はしていませんが?」
「私からのおまけです。私は頑張っている方が見ますと、どうしても応援をしたくてたまりませんからね」
「……ありがたく受け取っておきましょう」
平民の施しなどとは思ったものの、最近はちょっといろいろあったせいか、突っぱねる気になれなかったようである。
しばらくは黙っていたものの、シーディスは目の前の店員に思わず声をかけてしまう。
「ちょっと聞いてもいいだろうか」
「はい、なんでしょうか」
「お前は、こういう長いものをぶら下げたメイドというものを知っていますかね」
唐突な質問に驚いていたのだが、店員は首を縦に振っている。どうやら知っているらしい。
詳しく聞いてみれば、ずいぶん前に盗賊が大量に捕まったという事案があったのだが、その時に盗賊を捕まえたのがメイドらしいということは、街でうわさになっていた。
シーディスはもっと詳しく聞かせてもらおうと、店員に思わず迫ってしまう。
ところが、そこに横から声をかけてくる人物がいた。
「おやおや、ウサギのような外見を持つメイドというのが気になるのかな?」
シーディスの隣に座っていた、同じような魔法使いのような服装に身を包んだ女性だった。
にこにこと笑顔を浮かべる女性を見たシーディスは、なぜかすぐに反応を返せなかった。
(誰なのですか、この女は……)
女性に完全に視線を奪われたシーディスは、動揺した様子でその場で完全に固まってしまっていた。




