第79話 明と暗
オーロイス伯爵とカオルが話をしている頃だった。
「シーディス様、大変ですよ」
「どうしたのですか、騒々しい」
王都にいるネンインに対しての報告書を作成しているシーディスのところに、男の冒険者が血相を変えて駆け込んできた。かなり息を乱しており、それだけ大慌てで戻ってきたことが分かる。
男の冒険者は少し呼吸を整えると、改めてシーディスに報告を行う。
「どうも、俺たちの動きが伯爵に知られたようなんですよ」
「それがどうしたのですか。例のメイドの情報がつかめたのなら、とっとと街を出ればいいだけなのです」
冒険者の慌てっぷりに対して、シーディスはものすごく落ち着いている。
「だ、だったらあいつも回収してとっとと街を去りませんと。捕まえる気満々ですよ、あいつら」
「……ふむ、それは確かに少々面倒ですね」
顔を青ざめさせている男の冒険者だが、どこまでいってもシーディスは慌てない。
なぜここまで慌てないかといえば、師匠で上司であるネンインの教えがあるからだ。魔法使いたる者、どんな時も冷静であれ。それがネンインの教えなのだ。さすがは魔法使いとしての地位を確立しているだけのことはある。家訓は立派だった。
「分かりました。では、とにかく東に動きましょう」
「東に、ですか」
「ええ、東です。王都に来たのは初めてらしいですし、川を渡っていないのならば、ここから東があのメイドの出身地と見て当然でしょうからね」
シーディスは本当にどこまでも落ち着き払っていた。
そして、男の冒険者に相方である女の冒険者を連れて、馬車の乗り場まで移動するように命令を出している。命令を受けた冒険者は、すぐさま宿から飛び出していった。
その後に続くように、シーディスは宿の受付へと向かう。今日までの宿泊代を精算して、乗合馬車の乗り場へと向かっていった。
シーディスが乗合馬車の乗り場に到着してからしばらくのこと、ようやく男女の冒険者がやってくる。
「し、シーディス様、お待たせして申し訳ございません」
「よろしいですよ。この程度待っていたには入りません。それに、おかげでネンイン様への報告書を出すことができましたから、何も問題ないのですよ。くくく……」
男の冒険者が謝罪をすると、シーディスは機嫌がよさそうに許している。だが、同時に不気味に笑い出したので、冒険者たちは怖がってしまっていた。
こんな態度を見せられては、機嫌のよかったはずのシーディスが不機嫌な様子を見せる。その時の視線に、男女の冒険者は恐怖に怯えてしまう。
なんといってもこのシーディス、王国お抱えの魔法使いであるネンインの弟子ゆえに、実力も権力もある。下手に機嫌を損ねれば、それこそ闇に葬られかねないのだ。
「さて、警備隊に捕まらないうちに、とっととオーロイス領を脱出しますよ」
「はい」
シーディスの呼び掛けに返事をすると、三人はそろって東の辺境行の馬車へと乗り込んでいく。
ネンインが気にかけているメイドの調査は、オーロイス伯爵が動き出したことで、これ以上の続行は不可能となってしまった。やむなくシーディスたちはオーロイス伯爵領の領都から離れることにした。
さらに王都から離れていってしまうことになるシーディスは、馬車から遠ざかっていく街を悔しそうな表情で眺めていた。
(いざこざを起こすのは本望ではありません。ですが、必ずやネンイン様の命令を完遂してみせますとも)
二人の冒険者がほっとした様子で馬車に腰を落ち着ける中、シーディスはただ一人、馬車の最後尾で外を眺め続けていた。
シーディスたちが去った領都の中ではというと……。
「俺のことをかぎ回ってんのは、てめぇらかーっ!」
「うびゃーっ!!」
「どっひぇーっ!」
自分のことを聞き回っている連中を見つけては、カオルは抜兎術・空で吹き飛ばしまくっていた。もちろん、死なないように威力は調整してあるし、吹き飛んだ後もクッションとなる空気の塊を発生させてある。
さすがにこんなにド派手に暴れられては、残っているイダンカ帝国の密偵たちは恐怖に顔を引きつらせていた。
「な、なんなんだ、あいつは!」
「ああ、俺たちの仲間は、あんな簡単に吹き飛んでいく……」
「リーダー、とっとと街を脱出しましょう。これじゃ、俺たちもいずれ吹っ飛ばされますよ」
あまりにもとんでもない光景を見せつけられているので、まだカオルに見つかっていない密偵たちはとっとと領都からの脱出を図らねばならなくなってしまった。このままでは、自分たちも捕まるのは時間の問題だからだ。
「やむを得ん。とりあえず、俺たちだけでも無事に帝国に戻り、この状況も含めて報告だ」
「はっ!」
残った密偵たちは、南門からさっさと外へと脱出していく。幸いながら、出入りの制限がなされていなかったので、問題なく領都を出ていくことができた。
アイーデ将軍の敗走に加え、この密偵たちからの報告で、イダンカ帝国は対マサエウ王国への作戦を根本から練り直しになってしまったのはいうまでもない話。
実力を見せつけたのは事実だが、たった一人で、人知れず王国への脅威を食い止めてしまったカオルなのである。




