第78話 治安と不安
怪しい動きは、すぐさまオーロイス伯爵のところにも伝えられる。
「カオル、ちょっといいかな」
「なんですか、旦那様。今日はせっかくだから料理でも作ってみようと思ってますのに」
散々探し回ったオーロイス伯爵がカオルを発見したのは、なんと厨房だった。
伯爵邸での生活もなじんできたことだし、ちょっとばかりお節介をしようかなと考えてのことである。
しかし、伯爵に呼ばれてしまえば作業を中断せざるを得ない。カオルは仕方なく厨房から出ていく。厨房には、何を教えてもらえるのか楽しみにしていた料理人たちが、非常に残念そうな顔をして立ち尽くしていた。
オーロイス伯爵に呼ばれたカオルは、伯爵の部屋までやってくる。
急に何の用なのだろうかと、カオルは珍しくオーロイス伯爵に対して少し嫌気を感じているようだ。
「まあ、座ってくれ」
オーロイス伯爵に言われて、カオルはソファーに座る。対面に伯爵が座ったのだが、その表情はかなり神妙である。何がここまで伯爵の表情を強張らせているのだろうか。カオルは嫌気が消えた代わりに疑問を感じている。
座ったのはいいものの、ずっとお互いに黙り込んでいる。その場の空気はとにかく重たかった。
さすがに沈黙に耐えきれなくなったのか、カオルが先に動き出す。
「えっと、旦那様。俺を呼んだのはどういう用件なのでしょうか」
さすがに黙られていては何も分からない。仕方のない質問である。
カオルに質問されても、すぐにはオーロイス伯爵は答えなかった。これにはさすがにカオルはちょっとイラッときた。
「呼んだっていうのに何も話さないんでしたら、俺は厨房に戻りますよ」
「ああ、悪い。話すからそのまま座っていてくれ」
カオルが立ち上がろうとしたので、伯爵は慌てて反応していた。その様子を見て、カオルはしょうがないなと腰を落ち着けている。
明らかに雇ってくれている主人に対する態度ではないのだが、カオルは腕組みに足を組むという態度でオーロイス伯爵を睨みつけている。
「実はな、カオル。どうやら街の中で君のことを書ぎ回っている連中がいるようなんだ」
「はあ? なんだって俺のことを聞いて回っているって、何のためにだよ」
オーロイス伯爵の口から出てきた言葉に、カオルは顔を歪めている。ウサギの顔とはいっても、ちゃんと歪むんだから不思議なものだ。興味があるのか、耳が少し持ち上がっているようにも見える。
詳しく聞いてみれば、どうやらその聞き回っている人間は一人や二人ではない様子。
「俺のことを聞いて回って、一体何をするつもりなんだろうな……」
「それが分かれば苦労はしないよ。ただ、君は明らかに普通の人間とは異なっている。能力あるので、気に掛ける人間がいても不思議じゃないだろう」
「ああ、なるほどなぁ……」
オーロイス伯爵の推測を聞いて、カオルは少し納得がいっているようで、足を組むのをやめて普通に座り直す。さすがに雇い主の前でしている態度ではなかったのだ、当然だろう。
だが、さすがに自分のことを探っている人間が多いとなると、カオルはいい気がしない。腕を組んだまま、肩をひそめながら仏頂面を浮かべている。
「私としても、優秀な部下のことを調べられるのはよく思わない。一応、私の抱える騎士たちとは別に存在する警備隊には、報告を受けた時点で指示を出している」
「さすが旦那様。そういうところはさすがですね。さっきの態度はいただけませんけど」
カオルは動いていたことには感心しつつも、なかなか話し出そうとしなかったことはきっちり文句を言っている。言うことはちゃんと口にするのが、カオルのいいところである。
「いやはや、悪かったとは思っているよ。言わなければいけないと思いつつも、心配をかけてしまうのではと、少々判断に迷ってしまった。すまなかったな」
「いいんですよ、旦那様。それだけ俺のことを考えてくれているってことですからね」
オーロイス伯爵の謝罪を受けて、カオルはあっけらかんとした様子で許しているようだ。ここ最近で築いた信頼関係があるからこそ、こういうやり取りができるのである。
とはいえ、探られているというのは実にいい気がしない。カオルはそのことでちょっと考え始めたようだ。
「そういう行動を許していると、心証が悪くなりかねないな。これはとっとと叩き出すべきじゃないかなって思いますよ、俺は」
「やはりそうなるか。ならば、すぐにでも行動に移した方がいいだろうかな」
「そいつらがどこにいるのか分かってるんですかね」
考え込むカオルに対して、オーロイス伯爵は確認するかのように声をかけている。さすがにカオルは気になる点を聞いてしまう。
きょとんとしているカオルを見て、オーロイス伯爵はきりっとした表情を返している。どうやら、問題の連中に関しての情報は、すでに集まっているようだ。
「それじゃ、俺が直接出ていって追い出しますかね。俺のことを聞き回っているんだったら、俺が始末をつけるのが当然でしょうからね」
「ああ、分かった。そういうと思って、わざわざ呼んだんだよ。つかんでいる情報を渡すから、確認をしてくれ」
伯爵はそういうと、警備隊からの報告をまとめた紙をカオルの前に差し出している。
しょうがないなというような表情を見せながら、カオルはその紙を受け取る。
さて、うごめくお邪魔虫の退治の始まりだ。カオルは悪い笑顔を見せていた。




