第71話 別れと警戒
長い滞在を終えて、伯爵たちは王都を去ることになる。カオルも現在はオーロイス伯爵家に雇われている身なので、もちろん一緒にである。
あれだけの剣技を見せたのだから、スカウトされるかもとは考えていたのだが、現実はそう甘くはなかったようである。
(残念。まあ、そんなに焦ってもしょうがないな。できるなら早い方がいいんだが、今回は諦めよう)
お城を見上げながら、カオルは残念な気持ちを抱え、王都を去っていく。
名残惜しさがいっぱいのカオルたちの乗った馬車を、高い場所から見つめる人物がいた。
「ふん、ようやく帰りましたか……」
その人物はネンイン・ミーラウル子爵だった。
「ネンイン様、あのメイドのウサギが気になりますか?」
「当たり前というものですよ、シーディス。あのウサギから、忌々しい魔力が感じられたのですからね」
ネンインが顔を向けた先にいたのは、後ろ髪を結んでいる男だった。ネンインと同じようなデザインのローブをまとっている。ということは、ネンインの弟子か何かといったところだろう。見た目としては二十歳か、それよりも若い感じを受ける。
「忌々しい魔力ですか。確かに、あの姿なら元は魔物でしょうから、忌々しいのは……」
シーディスが話をしていると、ネンインは窓の近くの壁を強く叩いている。あまりにも大きな音だったので、シーディスは黙り込んでしまう。
「誰がそんな話をしていますか。あいつには、あの女と同じような魔力を感じるのです」
ネンインはシーディスに怒鳴りつけた後、再び窓の外を見る。
「奴め、本当に禁術を使ったというのですか。ああ、始末するのが遅れてしまったがゆえに、なんてことをやらかしてくれたのですか……」
なにやらぶつぶつと話している。あまりにも小さな声だったので、この独り言はシーディスの耳には入らなかった。
だが、カオルという存在に対して、ネンインはなにかしらの危機感を抱いているように見える。
「なんとしても潰してやりたいですが、イダンカ帝国の兵士どもを追い返したとなれば、あやつは英雄扱い……。適当な理由を挙げたとしても、きっと取り合ってはもらえないはず。なんと忌々しいことなのだ……」
ネンインは顔に恐怖を浮かべながら、どことなく体を震わせながら、いろいろと考えて回っている。
あまりにも不審な様子に見えたので、シーディスは思わず声をかけてしまう。
「ネンイン様。事情はよく分かりませんが、ひとまず落ち着かれてはいかがでしょうか。焦ってはいいアイディアも浮かばなくなるでしょうから」
シーディスに声をかけられたネンインは、つい声を荒げそうになってしまう。鋭い視線を向けて振り返るも、どうにか思いとどまっている。
だが、確かに言われた通りなのだ。ここで下手に喚いたところで、自分にプラスになるとは思えない。ネンインはひとまず落ち着くことにした。
「お前のいう通りですね。ふん、まだ未熟な弟子に諭されるとは、私もまだまだ未熟ということか……」
同時にネンインは何かを考え始める。考えた通りであるのならば、カオルを放っておくことは危険だと思われるのだから。
くるりと振り返り、ネンインはシーディスに指示を出す。
「諜報部に掛け合って、あのカオルとかいうメイドの詳細を調べてもらって下さい。私の直感では、あのメイドは危険な感じがしますからね」
「承知致しました。では、早速依頼を出してきます」
シーディスはネンインに頭を下げると、部屋を出ていった。
一人となったネンインは、ずっと窓の外を眺めている。
「もし、あの女絡みであるのならば、このまま放っておいては私の身が危険です。なんとしても早めに始末しておかねばなりませんね」
かなり強い危機意識を持っているようである。
ネンインが言うあの女というのは、カオルが師匠と呼ぶ魔女のことであり、かつては王国どころか近隣諸国にもその名をとどろかせたプレセアのことである。
魔法の才や腕前といえば、ネンインはずっとプレセアの後塵を拝し続けていた。ネンインにとって、目の上のたんこぶだったのだ。
だが、そのプレセアはある時、国家反逆という汚名を着て、王都から追い出された。これで名実ともに王国の頂点に立ったネンインだったが、それでも安心できなかった。
ネンインがプレセアに対して指名手配書を出したのは、その才能が怖かったのである。完全に自分が頂点に立つために、プレセアを抹殺することにしたのだ。
そのプレセアの魔力を漂わせたカオルを危険視するのも、そのことが原因である。
ネンインは怖いのだ。
「私の家系ミーラウル子爵家こそが、このマサエウ王国で魔法使いの頂点でなければいけません。疑わしきは、徹底的に排除しないといけませんよね。ふはは、ふはははははっ!」
しばらくの間、部屋にはネンインの不気味な笑い声が響き渡っている。
ネンインとカオル。その間には魔女を名乗るプレセアという共通の人物が存在している。
その奇妙な因縁は、今まさに、少しずつ絡み合い始めている。




