第70話 魔女と魔物の話
翌朝。
「あーーっ!!」
客間にカオルの大声が響き渡る。
「ど、どうしたんだ、カオル」
オーロイス伯爵が驚いて飛び起きている。
「あっ、も、申し訳ございません。ちょっと思い出したことがありましてね」
カオルは苦笑いを浮かべている。
だが、こんな顔をされれば逆に気になるというもの。オーロイス拍車がカオルの顔をじっと覗き込んでいる。
「なんだ、今の声は……」
「カオルだよな、今の声。てか、お前は女なのに、なんで同じ部屋で寝てるんだ」
同じ部屋に寝ていたミリスリーナ伯爵とライツが、眠い目をこすりながら起きてくる。部屋にいる全員が起きてしまうくらいに、カオルの声が大きかった。
「お、俺は旦那様の護衛だぞ。一緒の部屋で寝て何が悪い。お前らだっているから、同衾にはならんだろうしよ」
「そういう問題じゃねえよ……」
カオルの答えに、敵国の間者であったライツが呆れている。
やはり、こういう世界では、大人の男女が一緒の部屋で眠っているというのはかなり問題視されるようだ。
分からなくはないのだが、なぜか一部屋しか与えられなかったことの方を問題視してもらいたいと思うカオルである。
メイド服を着ているとはいえど、外見上はウサギだからか、人間の女性としてみなさずに同室で問題ないとされたのかもしれない。そのせいか、理不尽な苦情だなと受け取るカオルなのである。
「それはそれとしてだ」
ライツの疑問は確かなのだが、オーロイス伯爵は気になることがあるようでカオルの顔をじっと見つめている。
「一体、何を思い出したというのかな、カオルは」
そう。最初に質問をした時のカオルの答えが気になっているのだ。
「いや、ネンインって名前なんですけど、なんか覚えがあるなと思ったら、俺が乗合馬車に乗った街で見せてもらった指名手配書の発行人の名前だったんですよ。賞金首を懸けられた人物の名前は、プレセアとなってましたね」
「ほう、そうなのか」
「あっ、それなら俺は憶えがありますね。情報収集であちこちうろついてましたから、冒険者ギルドの張り紙はよく覚えてますぜ」
カオルの答えを聞いたオーロイス伯爵はあごに手を当てるだけだったが、ライツの方はずいぶんと食いついていた。
「俺のいたイダンカ帝国内でも、名の知れた人物でしたからね。稀代の魔法使いプレセアって女性の話は。こっちに潜入した時にお尋ね者になっていてびっくりしましたぜ」
間者をやめたからか、ライツは結構口が軽くいろいろと話してくれている。
だが、隣国でも名前が知られていると聞いて、カオルはどことなく誇らしげになった。
「実は、俺をこんな姿にしたのは、そのプレセアっていう人物なんですよ」
「なんだって?」
二人の伯爵が同時に反応している。
そこで、カオルはちょっとだけ魔女、プレセアのことについて話をすることにした。
「なるほど、魔女が教えたのであれば、あれだけの魔法が使えるのも分かる」
「にしても、本当に元々が魔物とはね。ずいぶんと人間の生活に慣れているように見えるんだが」
「ああ、それはちょっといろいろと事情がありましてね……。詳しくは言えないんですけど」
カオルは、異世界の人間の魂が入っているとかはさすがに言えなかったようだ。言ったところで信じてもらえるかどうかという問題がある。
しかし、現在のカオルが持っている技術や知識等々は、その異世界での経験を基にしたものだ。いずれは説明が必要になることはなるだろう。その時まではひとまず秘匿することにするカオルなのである。
「そういえば、ライツ」
「なんだよ、カオル」
「お前、俺の種族について詳しそうだけど、教えてくれないか?」
「はあ?」
カオルが元となった魔物のことをライツに尋ねている。魔物本人が知らないとかどういうことだよという顔をするライツだが、魔物自信がそういうことを知っているのも確かにおかしいかと思い、やむなく説明することにした。
そういう話は王都にやってくるまでの間にもできただろうが、いろいろと監視の目も厳しくて、ライツが気が気でなかったので無理だった。
こういう背景があって、今ようやく聞けているのである。
ちなみにだが、ライツはしっかりと話をしてくれた。
リバーファングと同様に隣国イダンカ帝国を主な生息域とする魔物、それがカオルとなった魔物ロップヴォーパルである。細かく聞けば、そもそも住んでいた森もその国境とは近い場所にあるようだった。
(なるほど。師匠の手にかかればロップヴォーパルを捕まえるのも大した労じゃないと。さすがだぜ)
ただ、魔女はロップヴォーパルという魔物の名前は知らなかった。カオルがロップイヤーというウサギの種類を口走ったことから、ロップスと名付けたくらいである。となれば、マサエウ王国の中では希少な魔物ということなのだろう。
「ロップヴォーパルは、首を執拗に狙ってくる魔物だ。一度かみつかれれば、その前歯であっという間に絶命させられるって噂なんだよ。その垂れた耳も凶器だって聞くし」
「それは怖いな」
話を聞いていたオーロイス伯爵は、カオルを見ながらそうなのかと疑うような目を向けている。
「そんだけ恐ろしい魔物なのに、この国の連中はのほほんと接している。俺は耐えるのが大変だったんだ!」
どうやら、カオルのことでライツはかなり苦労していたらしい。なまじイメージがあるからだろう。
「安心しろ。俺はそういうんじゃないから。裏切らねえ限り、お前は襲わない」
「そういうところが怖えんだよ!」
あまりにも必死に訴えるライツだが、二人の伯爵とカオルは笑っていた。
しばらくすると、扉がノックされる。どうやら朝食の支度ができたらしい。
ひとまず話を打ち切って、朝食に取ることにするカオルたちである。
今日からはサズー川両岸の街の戦後対応の話し合いが始まる。
カオルたちは少し、いや、かなり気合いを入れて臨むつもりである。




