第69話 不気味な男と対処法
唐突に叩かれる扉。
だが、無造作に開くわけにもいかない。オーロイス伯爵が声をかける。
「誰だ」
「ひひっ。これはオーロイス伯爵、お久しぶりですな」
「この声は、ネンイン・ミーラウル子爵か。入っていいぞ」
「失礼致しますよ」
扉が開くと、ローブに身を包んだ男が姿を見せる。入口で会った魔法使いの男である。
「先程ぶりだな。貴殿が一体何の用で我々を訪ねてきたのかな?」
オーロイス伯爵は、ネンインをかなり警戒しているようだ。
それというのも、客間に通されたからには今はプライベートな時間だ。そこに唐突にやってきたのだから、警戒して当然だろう。
「ひひっ、ちょっと面白い話を聞きましてね。なんでも、ウサギの姿をした、妙な魔法を使う人物がいるとお聞きしたのですよ」
「ほう、それがどうかしたのかな?」
オーロイス伯爵は、カオルの方に視線を向けることなく、ネンインの言葉に対応している。
ネンインのミーラウル子爵家は、魔法の才能だけで爵位を与えられたような家だ。きちんと仕事をこなしてはいるものの、その様子は見るからに胡散くさい。だからこそ、オーロイス伯爵は急な来訪ということもあって、さらに警戒を強めているというわけだ。
そういった経緯から、突っぱねるような受け答えをしている。
「いやいや、ちょっとばかり、その妙な魔法を見せてもらいたいと思いましてね。ご存じの通り、我が家は魔法に関して造詣の深い家系。珍しい魔法があれば、興味を示さないわけがないのですよ」
ネンインは不気味に笑っている。
その胡散くささは、部屋の中の雰囲気を思いっきり悪くしている。
無下にはできないと思って招き入れたオーロイス伯爵だが、さすがにこんな態度を見せられては後悔するしかない。
「悪いが、ミーラウル子爵。我々は長旅で疲れているんだ。手短にすまない用事であるようならば、さすがに対応するわけにはいかない。今日のところは下がってもらえないかな?」
「おやおや、魔法を見せるくらいすぐに終わりますし、そんなに疲れないでしょう。何を拒絶されるというのですか」
困ったことに、ネンインはしつこく絡んできていた。
「そう急く内容なのか? どうせ我々は数日間滞在せねばならん。対応くらいいくらでも可能だ。頼むから、今日は休ませてくれ。ミリスリーナ伯爵からもよく言ってやってくれ」
どこまでいっても、オーロイス伯爵は休養を理由にネンインの頼みを突っぱねるつもりのようだ。
これにミリスリーナ伯爵も乗っかってくれた。二人の伯爵から言われてしまえば、さすがにネンインもこれ以上の食い下がりはできないようだ。
「お二方から言われてしまうとは思いませんでしたな。それでは、時を改めて、お願いすると致しましょう。きっと、私の魔法の研究の役に立つでしょうからな。ひひひっ……」
強い拒絶を食らわされながらも、ネンインは終始不気味な笑顔を浮かべたまま対応していた。なんとも不気味な人物である。
そのネンインの顔を見て、オーロイス伯爵ははっきりと言い放つ。引き下がるとは言いつつも、その顔はまだ居座る気満々のようだからだ。
「悪いが、こいつは私の部下だ。私の許可なしに何かしようというものなら、さすがに許されたものではないぞ。さぁ、とっとと引き下がるんだな」
「ぐぬぅ」
オーロイス伯爵に強く言われたネンインは、表情を歪めている。
だが、ここまで強く出られてしまった以上、食い下がるのは得策ではないと判断したようだ。
「そこまで言われてしまっては、これ以上の滞在はできませんな。仕方がありません、ここは引き下がると致しましょう」
ネンインは諦めきれないのか、カオルへと視線を向けている。
だが、あまりにもしつこい態度に、オーロイス伯爵は衛兵を呼んでいる。
「お呼びでしょうか、オーロイス伯爵」
「悪いが、ミーラウル子爵にお取引をしてもらいたい。連れていってくれないだろうか」
「はっ、承知致しました。ささっ、ネンイン様、さすがに客間での問題行動は、陛下の目にも余ります」
「ですので、どうかすぐにお引き取りを下さいませ」
呼ばれた兵士は必死にネンインを客間から連れ出そうとしている。
さすがに国王の目にまで届くといわれては、ネンインも下がらずにはいられないらしく、おとなしく部屋から退出していっていた。ただし、衛兵たちには自分の体に触れさせる様子はなかった。
ようやく面倒な男が去ると、オーロイス伯爵は安どのため息をついている。
「ふぅ、やれやれというものだぞ」
「以前にも増して、なにやら強い執着を感じましたな。どうやら、カオル殿に、何かを感じ取っているようですな」
ぐったりとするオーロイス伯爵を見て、ミリスリーナ伯爵は同情するような態度を取りながら話しかけている。
「まったくだな。なんとしても無事に城から脱出せねばな。陛下との話を詰めながら、周囲にも気を配らねばならぬとは……。まったく、先が思いやられる」
「あんなひょろっとしたやつ、俺の一撃で……」
「やめておけ。どう転んでも後で面倒なことになる。さっ、もう疲れているだろうからゆっくり休んでくれ」
「分かりましたよ」
カオルは力に訴えて終わらせればいいのではと思ったようだが、どうやら想像以上に貴族の世界は面倒のようである。
やむを得ず、オーロイス伯爵に言われた通り、今日のところはゆっくり休むことにしたカオルなのであった。




