第62話 慈悲と無慈悲
サズー川を渡っていくカオルたち。
「橋が爆破されたとは聞いているが、普通に渡れる状態になっているな。これはどういうことだ?」
「カオルが魔法を使って地面を作り出したのでございます、元帥閣下」
「ほう……。それは素晴らしいな」
オーロイス伯爵の説明を聞いて、元帥はカオルの方へと視線を向けている。
だが、カオルは元帥から顔を向けられると、ふいっと視線を背けてしまっている。
「ふっ、恥ずかしがっておるのか、俺が嫌われているのか、どちらにしてもよくは思われていなさそうだな」
明らかに失礼な態度ではあるものの、元帥はカオルの行動をあんまり気にしていないようだ。言葉の割に顔は笑っている。
しかし、それぞれの間に温度差があるのは間違いないようなので、あんまり会話も交わすことなく、口数少なめの状態でオーロイス伯爵の邸宅まで馬で駆け抜けていった。
無事に伯爵邸に到着すると、オーロイス伯爵はすぐに地下牢へと元帥を案内することになった。それというのも、この地下牢には帝国からの間者が捕らえられているからだ。彼らには元帥の前でいろいろ吐いてもらおうというわけである。
地下までやってきたカオルたちの目の前には、すっかり衰弱してしまった二人の男の姿がある。看守の証言では、まったく白状する様子もなく強情であったがために、食事の量を減らすだけ減らして弱らせているとのことらしい。
だが、元帥はそんな弱った囚人にも容赦はなかった。
「さて、お前らに問う。イダンカ帝国は、なにゆえ今回攻撃を仕掛けてきた。答えぬというのであれば、どうなるかわかっておるだろうな?」
「だ、誰が……答える、もの、か……」
暗殺者の方は、まだまだ逆らう余裕がありそうだった。
だが、ライツの方はそうもいかなかった。
「は、話し、ます……。俺は、死にた、くないで、す……」
かなり衰弱しているのがよく分かる。言葉がまともに喋れないようだ。
元帥はライツをそのまま床に這わせた状態で尋問を始める。もちろん、もう一人の囚人によく見えるような位置に移動させてだ。
ライツは自分の知っていることをほぼすべて吐き出した。
今まで、オーロイス伯爵たちがいくら痛めつけてもしゃべらなかったというのに、元帥がひと睨みをしてやればあっという間に折れていた。これが元帥の力なのだろうか。
「そうか、よくしゃべってくれた」
元帥はそういうと、剣を振り上げていた。
「お待ち下さい、元帥閣下」
さすがに問答無用で殺そうとする元帥の姿を見て、オーロイス伯爵はそれを止めていた。
「なぜ止める」
「確かにこやつは国賊ではございますが、こやつの処分は、私めにお任せ下さい」
ぎろりと睨む元帥に怯むことなく、オーロイス伯爵は必死に訴えている。その後ろで、カオルはじっとその様子を見守っている。
オーロイス伯爵の真剣な表情を見た元帥は、剣を下ろして鞘へと納めている。
「そこまで言うのなら、お前に処置を任せよう。どういう結果になるのか、その手腕、しっかりと見せてもらうぞ」
「はっ、必ずや王国の益となるよう努力いたします」
「なぜ……、俺を、かば、うので、す……」
ライツが、しゃべるのもつらい状態にありながら、オーロイス伯爵へと声をかけている。
「俺は……あんたを、殺そうと、した、んだぞ……」
やはり、毒殺しようとしたことを気にしているようだった。
本来であればこのような真似をすれば、その時点で物理的に首が飛ぶ。あれからずいぶんと日数が経っているのに、こうやって生きていられることの方が奇跡的なのである。
「確かにそうだがな。とはいえ、私はお前を雇ったのだ。最後まで私がその責任を負うのが当然であろう」
オーロイス伯爵はそういうと、カオルの方へと視線を向ける。
「悪いが、彼のことを見てやってくれないかな」
「本当に旦那様はお人好しが過ぎますよ。まっ、俺も人のことは言えないんですけれどね。分かりました。こいつのことは俺が預かります」
オーロイス伯爵は、ライツのことをカオルに任せたようである。その命令を受けて、カオルはライツのことを軽々と持ち上げると、そのまま地下牢から出ていってしまった。
元帥はその様子を見送った後、オーロイス伯爵へと視線を向けている。
「本当に甘すぎるぞ、お前は。このような場所を任せられたのだから、少しは厳しくなるかと思ったのだが、変わらんな」
「ええ、本当に、私は変わりませんよ。人間、そんなに簡単に変われないのです」
「まあいい。後悔するでないぞ」
「存じておりますとも」
オーロイス伯爵との話を終えた元帥は、くるりともう一人の囚人の方へと視線を向ける。
その時の元帥の表情を見た囚人は、顔を青ざめさせ、ゆっくりと後ずさりをしている。衰弱しているというのに、危機に瀕した時には体は意外と動くものなのだ。
「あやつがしゃべったということだ。ならば、こいつは用済みで構わぬかな?」
「や、やめ……。助けて、くれ……」
蝋の中へと入り、元帥がゆっくりと近付いていく。もう一人の囚人は、壁に背中をつきながら、首を振って命乞いをしている。
だが、結局、その願いは叶うことはなかった。




