第60話 目覚めと反省
イダンカ帝国の兵士たちの襲撃から四日が経過する。
「う……っ」
ベッドで眠っていたカオルが、ようやく動きを見せる。
「こ、ここは……」
カオルが声を発すると、近くにいた使用人がびっくりしたように反応する。
「伯爵様ーっ! 目を、目を覚まされました!」
そして、そのまま叫びながら部屋を出ていった。
まだまだ意識がはっきりしない状態なので、カオルはあまりの声の大きさに頭が痛くて仕方がない。垂れた耳を折って、耳をしっかりとふさいでいる。
しばらくすると、部屋の外から足音が聞こえてくる。
(伯爵様って言ってたってことは、どっちの伯爵だろうかな……。でも、気を失う前のことを考えると、ここは旦那様の屋敷じゃなくて、ミリスリーナ伯爵の屋敷だろうか)
がっつりと耳を折り畳んだ状態で、カオルはまだもうろうとする意識の中、どうにか思考を巡らせている。
しばらくして足音がやんで、ようやく答え合わせの時間が来たようだ。
「おお、確かに目が開いているな。どうだ、調子のほどは」
聞こえてきた声に、カオルはなんとか反応をする。顔を向けた先にいたのは、まだぼやけているがミリスリーナ伯爵で間違いなさそうだった。声が聞こえるから、判別可能なのだ。
「おい、客間にいるだろうオーロイスを呼んで来い。やつのところのメイドなのだ。早く見せて安心させてやれ」
「はいっ!」
ミリスリーナ伯爵の命令で、使用人が再び部屋を出ていく。
聞こえる声からすると、どうやらオーロイス伯爵もこちらの屋敷に来ているらしい。
自分の仕えている主が無事だと知って、カオルはまだしっかりと声を出せないが、心の底から安心できたようだ。
使用人が飛び出ていってから少々すると、再び部屋に近づいてくる足音が聞こえてくる。
「カオル!」
部屋にオーロイス伯爵が入ってくる。
「オーロイス。まだ彼女は意識が戻ったばかりだ。自分のところのメイドだから心配なのは分かるが、もうちょっといたわってやれ」
「あ、ああ、すまないな、ミリスリーナ伯爵」
大声と大きな音を出したことをしっかりと咎められて、オーロイス伯爵は謝罪をしている。だが、そのくらいに心配していたのは間違いはない。
「まったく、彼女はこの戦いの一番の功労者だ。あれだけいた帝国兵たちは、彼女の戦いっぷりに恐怖して撤退していったのだからな」
「ええ、まったくですよ。ですが、ここまで無茶をさせていることになるとは……。考えが浅はかでした」
「仕方あるまい。彼女自身が無茶をしたのだからな。この分であると、動き回りながらここまで魔法を使ったのは、今回が初めてだったと考えられる」
謝罪するオーロイス伯爵に対して、ミリスリーナ伯爵は優しい感じで諭している。その上で、カオルが倒れた理由を推察している。
実際、カオルがここまで魔法を使いまくったのは今回が初めてだった。しかし、状況考えれば魔法に頼らざるを得ないのもやむを得ない。なんといっても、相手であるイダンカ帝国は非常に多くの兵士がやってきていたのだから。
オーロイス伯爵側が百に対して、帝国兵は千。ミリスリーナ伯爵の兵力は百五十にたいして、帝国兵は千だったのだから。数だけ見れば、確実に負けると思われる差である。それをひっくり返してみせたのだから、カオルが無茶をしたのは想像に難くないというわけだ。
「オーロイス、今はまだ休ませてやろう。彼女も君が無事なことを確認できて安心しただろうからな。動かすのはまだ厳しいだろうから、ここは我々に任せ、君は自分の街に戻りなさい」
「はい。カオルのことを、もうしばらくお願いします」
「うむ、任された。動けるようになったら、そちらまで送り届ける」
二人の伯爵は約束を交わし、オーロイス伯爵は静かに部屋を出ていった。
部屋の扉が閉じられると、ミリスリーナ伯爵がカオルへと顔を向けてくる。
「此度の働き、実に見事であった。君のおかげで、マサエウ王国の主要街道の危機は脱せたのだ。礼を言う」
ミリスリーナ伯爵はカオルの顔をしっかりと覗き込んで感謝を述べる。
「しかし、倒れるまでの無茶はいくらなんでも感心しない。オーロイスのところではないから安心できないとは思うが、とにかく今はゆっくり休んでいなさい」
ミリスリーナ伯爵の言葉を聞いたカオルは、小さくながら首を縦に振っている。
カオルが無事に反応を示したことで、ミリスリーナ伯爵はひと安心といったところだろう。部屋にいる使用人に引き続き世話を命じて、自分の仕事へと戻っていった。
今回の一件は、カオルとしても大いに反省しなければならないところだ。
戦争ともなれば、力の差を見せつけたとしても相手は簡単には退いてくれないということは大いに勉強になった。こういう状況は、一撃に力を込める抜兎術にとってかなり相性が悪いものだった。
(もうちょっと、力を押さえつつできるようにしないとな。戦いの最中に倒れるなんざ、二度とあってたまるものか。鍛練あるのみだな)
声はまだ出せないし、体も思うように動かないながらも、カオルは強く誓いを立てている。
その次の瞬間、大きなお腹の音が響き渡り、カオルは思わず赤面してしまう。
「ふふっ、四日間も飲まず食わずでしたものね。では、おかゆを作ってお持ちしますね」
部屋にいた使用人はつい笑ってしまうが、カオルのために食事を用意しに部屋を出ていった。
(ああ、早く回復させねえとな……。まったく、情けねえぜ)
カオルはベッドの中で少し小さく丸まるのであった。




