第59話 もう一人のカオルと勝利の眠り
カオルはその場に倒れて意識を失ってしまう。
戦意を失わない帝国兵は、これは好機と、さらにカオルに対して攻撃を仕掛ける。
ところが、倒れたはずのカオルはむくりと起き上がり、刀を振るって攻撃をすべて薙ぎ払ってしまう。
「ふぅ……。ようやく表に出てこれた。今はゆっくり休んでいるといいよ、君のおかげで私は生きてこれたんだ」
攻撃をすべて叩き落としたカオル(?)は、下を向いてぽつりとつぶやいている。
「君が回復するまでの間、私が君のことを守らせてもらうよ。あいつら、とっちめてやる!」
刀をしっかりと握り、顔を上げたカオル(?)は帝国兵に向けて突撃していく。
「なっ、なんだ、こいつは?!」
「君たちは、彼にとって敵のようだからね、みんなおねんねしてもらうよ!」
握った刀を返し、峰を敵に向けた状態で、カオル(?)は帝国兵を斬り捨てていく。
峰なので刃ではないが、振り回しているのは金属の塊だ。そう、鈍器である。
そんなものを思いっきり叩きつけられれば、誰だって気絶してしまうというもの。
(ふふっ、君の技術ってすごいね。私でも問題なく使えているんだから、すっかり体が覚えてしまっているみたいだ)
ミリスリーナ伯爵の兵士たちの前に姿を見せたカオル(?)は、カオルの真似をして抜兎術を放とうとする。だが、こればかりは真似ができないようで、ただの弱い衝撃波程度の攻撃しか出せなかった。
(やれやれ、抜兎術とやらは君じゃないと使えないみたいだ。残念だね)
カオル(?)は残念がっているようだが、その弱い衝撃波でも帝国兵を牽制するには十分だった。なにせ、衝撃波を食らった帝国兵は、その場でお腹を押さえて動けなくなってしまったのだから。
「ば、化け物め……」
「ははっ、それは私にとっては褒め言葉だよ。なんといっても、私は魔物ロップヴォーパルだからね」
「ろ、ロップヴォーパル……だと……?」
カオル(?)が自分のことを話すと、帝国兵たちが怯んでいる。どうやら、帝国兵たちはその魔物のことを知っているようだ。
「彼は嫌がるからやらないけれど、私がその気になれば、君たちの首なんて簡単に落とせるんだ。悪いことは言わない。さっさと帰ってねんねしてね」
「くそ……っ。退却、退却ーっ!」
目の前で見せられた怖い笑顔がとどめになったらしく、帝国兵たちはミリスリーナ伯爵の軍勢の前から一気に引き揚げていく。
退いていく帝国兵たちの姿を見て、カオル(?)は満足げな表情を浮かべている。
「た、助かった、カオル殿」
「いや、当然だよ、このくらい。それよりも、ゆっくり休ませてくれないかな。さすがに両岸でこれだけ暴れたら、疲れちまった。眠たくして仕方がねえ」
ミリスリーナ伯爵がやってきたので、カオル(?)はカオルのふりをして対応している。自分は表に出るべきではないと考えているのだろう。
どうやらこの人格は、元の魔物の部分が人化したことによって発生したもののようで、カオルの奥底にもうひとつの人格として眠っているようだった。それが、魔力の使い過ぎでカオルが倒れたことで、緊急事態で表に出てきたと思われる。
「分かった。おい、早く屋敷にお連れしろ」
「はっ!」
ミリスリーナ伯爵はカオルを一刻も早く休ませるために、部下の兵士たちに命じている。
その横では、カオルは頭を押さえて具合が悪そうにしている。
「おい、大丈夫なのか?」
「ああ、多分、な。なに、ゆっくり休めば、なんとかなる……さ」
(ああ、ダメ。私が活動できるのは、思ったよりも短いみたい。本当に彼に危機が迫った時のおまじないのようなものなのね……)
魔物の部分の人格は、再び自分が眠りにつきそうになっていることをひしひしと感じ取っていた。もはや立っているのもきつい。支えられていないと、倒れてしまいそうだった。
(とりあえず、君が守ろうとしたものは、守れたみたい。安心して、お休、み、なさい……)
「お、おいっ!」
カオルは再びがくりと意識を失ってしまった。それだけ、オーロイス伯爵とミリスリーナ伯爵の両方の街を守ろうとして、必死に戦ったということだ。
今はオーロイス伯爵の部下ということなので、本来は送り返してやるべきだろうが、自分たちのためにこんなになるまで頑張ってくれたので、ミリスリーナ伯爵は自分のところでまずはゆっくり休ませることにしたのだ。
屋敷に戻ったミリスリーナ伯爵は、オーロイス伯爵のところに、カオルの状態と当面の処置を知らせるために使いを出す。
自分の屋敷の女性の使用人にカオルの看病を任せながら、ミリスリーナ伯爵はカオルの顔をじっと眺めている。
(一体、この魔物のようなメイドは何者なのだろうな。あれだけの数の帝国兵を、一人でほとんどを蹴散らしてしまった。彼女がいなくては、この戦い、きっと負けていただろうな)
ミリスリーナ伯爵は、カオルから視線を外し、女性の使用人に声をかける。
「丁重に扱ってくれ。彼女は私たちの恩人なのだからな」
「はい、承知致しました。回復するまで、しっかりと面倒を見てまいります」
ミリスリーナ伯爵の命令に、使用人は深く頭を下げて従っている。
魔力を使いきったカオルではあるが、その表情は意外と穏やかで、静かに寝息を立てている。
はたして、カオルが目を覚ます時は、いつ訪れるのであろうか。




