第57話 決着と後始末
宙を舞う折れた金属。
勢いよく地面へと突き刺さる。
カオルと将軍は、まったく動かない。
「……なぜ止めた」
将軍が口を開く。
「戦争が殺し合いなのは分かっている。だが、俺はこの国にいるってだけで、それほどこっちの国に思い入れがあるってわけじゃないからな。だから、お前を殺して、そっちの国に恨みを買うわけにもいかねえだろ。あくまで中立なんだよ、俺は」
すっと刀を引いて、カオルは再び肩に峰を当てている。
そう、折れた金属は将軍の剣だ。根元近くからぽっきりと折れていて、もう使い物にはならないだろう。
「オーロイスに肩入れをしているのは、ただ雇われただけだからか」
「そういうこと。とはいえ、最終的にはこの国で偉くなる必要はあるんだがな。だからといって、お前は殺さない。そんなことをしたら、二度と戦えねえだろ?」
「ふん、甘いやつだ。敵に情けをかけるとはな」
肩に峰を当てたまま笑うカオルを見て、将軍もつられたように笑ってしまう。
「どうとでも言ってくれ。さっ、約束通り兵を退いてもらうぜ」
「……よかろう。俺に二言はない」
将軍は小さく頷くと、前線へと声をかける。
「……というと思ったか。オーロイスはを討ち滅ぼしてから退かせてもらう」
「だろうな。じゃあ、暴れ足りねえから俺は行くぜ。責任持って、全員連れて帰ってくれよな」
「ふんっ。その面、いずれ後悔をさせてやるぞ」
「お好きにどうぞ。名前は……今はいっか。じゃあな!」
カオルはそういうと、将軍を一人残して兵士を残らずぶっ飛ばしに走っていった。
武器を失った将軍は、その姿をただ見送るしかできなかった。
やがて、その場に座り込む。
「見た目は魔物の女性のようだが、本質は男の剣士といった感じか……。我が帝国にいれば、さぞかし心強い味方だったであろうな。だが」
将軍はその強さに言葉を漏らしながら、右手をぎゅっと握りしめる。
「実に悔しい。この俺が後れを取ったことも、相棒たるこの剣を折られたことも、そのすべてが! ……カオルといったな、いずれお前とはまた戦うことになるだろう。その時を楽しみにしているぞ」
将軍は強く睨みつけるようにしながら、歯を食いしばって前を見つめている。そこには、自軍の兵士たちが派手に吹っ飛んでいく光景が繰り広げられていた。
笑うに笑えない。だからこそ、将軍はなおさら悔しさを募らせたのだった。
「そーら、お前らで最後だ。家に帰っておねんねしてな!」
「だはーっ!」
抜兎術・閃によって武器を壊され、さらには抜兎術・空によって吹き飛ばされた帝国兵たち。カオルたった一人によって、あっさりと戦況をひっくり返されてしまう。
まさかもう少しで攻め落とせたところを、ひっくり返されるなど、誰が想像しただろうか。
「旦那様、ご無事でございましたか」
「あ、ああ。この通り無事だ。それよりも、カオルも無事だったか?」
「ええ、この通りピンピンしてますよ。ただ、さすがに躱しきれずに服を何か所か斬られてしまいましたがね。せっかくいただいた服を破いてしまい、申し訳ありません」
「ぶ、無事なら構わない。そのくらい、いくらでも用意できるからな」
なんとも緊張感のない回答に、オーロイス伯爵は呆れたように言葉を返している。
「伯爵様、帝国兵はみな撤退していったようでございます」
「そうか。これでひと安心だな」
部下の報告を聞いて、オーロイス伯爵はほっと胸を撫で下ろしている。しかし、カオルはまだ気を抜いていないようだ。
「いえ、まだちょこっとだけ帝国兵は残ってますよ。ただ、後ろから何の反応もないところを見ると、罠にかかってくれたみたいですけどね」
「ああ、回り込もうとしていた連中か。悪いが、任せてもいいかな?」
「お安い御用ですよ」
伯爵と状況を確認したカオルは、街の中に攻め入ろうとして迂回していった兵士たちの様子を見に走り去っていく。
しばらくすると、罠にかかって帝国兵たちが眠っている様子が確認できた。
「さすが師匠の特製レシピだな。ものすごく効いてやがる」
そう、この兵士たちの迂回は、カオルたちは最初から想定していたこと。街にいる一部の冒険者や住民たちにも手伝ってもらって、地面を掘って仕掛けておいたのだ。
そして、その罠が発動すると、完全に敵の動きを封じるためにカオルもちょっとアイディアを貸していた。魔女と一緒にいる間に教えてもらった眠り薬を仕掛けておいたのだ。結果がこれである。
抜兎術・空で空気を払うと、兵士たちにすべてを拘束してもらう。
これで、オーロイス伯爵側の戦闘は完全に終結した。
一千という帝国兵をたったの百で追い返すことができた。兵士たちは歓喜に包まれる。
ただ、犠牲がなかったというわけでもないので、すぐさま弔いが始まっていた。
オーロイス伯爵とカオルは、その様子を黙って見つめている。
だが、この戦いはまだ終わっていない。
「旦那様、俺はミリスリーナ伯爵のところに行ってきます。おそらく、向こう側も攻め込まれていると思いますのでね」
「分かった。頼んだぞ、カオル」
「お任せ下さい」
戦況がはっきりしたことで、カオルは対岸のミリスリーナ伯爵のところへと向かう。
はたして、あちらは無事なのだろうか。カオルは急いで橋を駆け抜けていった。




