第54話 伯爵軍と帝国軍
オーロイス伯爵の治める街のすぐ近くに、将軍と呼ばれる人物が姿を見せる。
「あれが、オーロイス伯爵とやらが治める街か。さすが交通の重要地点とあって、そこそこ堅固な造りをしているように見えるが……」
馬に乗った状態で、将軍は前方をじっと眺めている。目がいいのか、まだずいぶんと距離があるようだが、街の姿をはっきり捉えているようだ。
そこに前方から兵士がやって来る。
「将軍、申し上げます」
「うむ、聞こうか」
「はっ。街の前には伯爵と思しき人物と百名程度の兵士が陣取っております。どうやらこちらの動きを察知して防衛線を張ったようでございます」
兵士は見えた状況を将軍に報告している。
報告を聞いた将軍は、少しあごを触って考え込んでいる。
(ふむ。橋の爆破が中途半端だったという報告だしな。向こうに切れ者がいるのかもしれんな。だが、ここを落とせば王国の力を大いに削ぐことができる。この作戦をなんとしても成功させねばな)
冷静に対処されていることには驚いたが、作戦の変更はしない。そもそも攻め込むイダンカ帝国側は一千人以上で攻めてきている。一瞬で決めるつもりであるが、あまり大勢を動かすと気付かれる危険性が高いのでギリギリを狙った感じである。
(仕方あるまい。数の優位で押し切るとしよう。問題は切れ者がどれほどの実力を持った者かということだな……)
考え込む将軍は、報告に来た兵士にさらに情報はないかと聞く。
「はっ、そうです。伯爵と思しき人物の隣に、なんかこう、妙なメイドがいましたね」
「メイド? 何を言っておるのだ」
さすがの将軍も、メイドがいると聞いて首を傾げてしまった。メイドというのは通常は非戦闘員だ。そんなものがいるとは誰だっておかしく思うものである。
だが、兵士がいうにはただならぬ雰囲気を放っているということだった。
「よし、ならばまずは二百ほどの歩兵隊を進ませろ」
「はっ、承知致しました」
情報を聞いた将軍は、様子見のために、部隊の一部を突撃させることにした。
「魔法兵、弓兵。状況を見て援護をしろ」
「はっ!」
自分の周りにいる後方支援の隊にも命令を出す。
「歩兵隊、突撃!」
「おおーっ!」
「到達する前に、挨拶代わりの遠距離攻撃を叩き込め。相手の注意をそらすのだ!」
「はっ!」
将軍の命令を皮切りに、いよいよイダンカ帝国の軍勢がオーロイス伯爵の軍勢に一気に攻め入っていく。
一方のオーロイス伯爵軍。
なかなか動きがない中で、緊張感だけが高まっていっている。兵士たちの中には苛立ちが高まっていっている。
「攻めてきませんね」
「ああ。我々が街の外で待ち構えているので、警戒して攻めてこれないのだろう。初動を封じれたとはいえ、おそらくは戦力差があるから、いずれ動くだろう」
カオルが質問をすると、オーロイス伯爵は冷静に話をしている。
そのオーロイス伯爵の言葉通り、ついに相手が動きを見せる。
降り注ぐ魔法や矢。急な上空からな攻撃に、兵士たちは戸惑いを見せている。
「抜兎術・空!」
そんな中、カオルだけは冷静だった。
刀を振り抜いて魔法や矢をすべて薙ぎ払ってしまっている。
「前方、敵影。どうやら今の攻撃を合図に攻めてきたようですよ」
「そうか。迎え撃つぞ!」
「おおーっ!」
カオルの報告を聞いて、オーロイス伯爵が指示を出す。伯爵の声に応えて、兵士たちが身構えている。
「俺が飛び道具に対処します」
「頼むぞ、カオル」
「任せて下さい」
カオルが面倒をすべて引き受けると申し出てきたので、オーロイス伯爵はカオルに対処をすべて任せることにした。
とはいえ、おそらく相手は正規軍だと見ているオーロイス伯爵の表情はさえなかった。
一応街の自衛のために鍛えているとはいえど、オーロイス伯爵の兵士たちは実戦経験が乏しい。正規軍相手に一体どこまで持ちこたえられるか……。間違いなく、厳しい戦いが予想される。
実戦経験が乏しいというのはちょっと語弊があるかもしれない。
対魔物の戦闘経験と、対人の戦闘経験というのは別物だ。人を攻撃するのは、魔物を攻撃する場合とは明らかに心構えが違うのだから。
いよいよ歩兵隊との衝突が始まる。
相手の数は伯爵の軍勢のおよそ倍。それに戦闘経験の違いから明らかに押されている。
(くそっ、こいつはやべえな)
致命傷を負わないまでも、動きの違いは歴然だった。
「抜兎術……空!」
すぐに現れた劣勢に、カオルは再び抜兎術を放つ。
「うわーっ!」
「お、押される!」
風魔法の塊を飛ばす抜兎術だ。さすがに鍛えられた兵士たちも、カオルの一振りから放たれた風圧には耐え切れなかったようだ。
「すごい……」
「これが伯爵様の秘密兵器ですか!」
「これは、勝てるかもしれない!」
カオル一人で敵を押し返してしまった状況を見て、兵士たちが勝手に盛り上がっている。
「てめえら、浮かれんな! まだ戦闘は始まったばかりだ。しっかり警戒しろ!」
「は、はいっ!」
あまりに浮かれ具合に、カオルはキレていた。大声で怒鳴りつけると兵士たちはすぐさま身構え直している。
こんな腑抜けた姿を見せられたのでは、カオルはとてもじゃないがやってられないと思った。
命のやり取りはない、すべては演技。そんな時代劇の殺陣のシーンでも、カオルはまったく気を抜いたことがない。それゆえに兵士の浮かれ具合を見ていられなかったというわけだ。
相手方からの攻撃は緩む気配はない。
戦況を見る限り、絶対に気を抜けないと直感するカオルなのであった。




