第53話 戦いと準備
オーロイス伯爵のところに、いよいよ血相を変えた兵士が駆け込んできた。
「ご、ご報告いたします!」
「何事だ!」
ノックもなしに駆け込んできた兵士に対し、オーロイス伯爵は険しい表情で声をかけている。
「も、申し訳ございません。こればかりはできるだけ早く伝えねばならないと思いましたので……」
「なんだ、申してみよ」
落ち着いた声と表情のギャップに驚いた兵士は、おろおろとしてしまっている。その様子を見たオーロイス伯爵は、とにかく話せと落ち着いた声をかけている。
「はっ! サズー川の下流より、武装した者たちがこちらに向かっているようです。遠めで分かりにくかったのですが、色や形状からして、隣国のイダンカ帝国の軍勢と思われます」
「なんだと?! なぜ今まで気が付かなかったのだ」
「わ、分かりません。もしかしたら、我々警備隊の中に間諜が紛れていたのかもしれません」
「くそっ!」
報告に来た兵士はオーロイス伯爵の怒鳴り声に思わず怯んでしまう。それでも、聞かれたことにはしっかりと答えていた。
その推測に、オーロイス伯爵はかなり険しい表情を浮かべている。
つい先日、屋敷の中にいた兵士であるライツが裏切り者だと発覚したのだから、なおさらというところだ。
「旦那様。この分では、対岸のミリスリーナ伯爵にもお伝えした方がよろしいのではないでしょうか。奴らの狙いが王国の弱体化なら、この拠点を同時に落とすことが考えられます。橋を落とされた状況では、あちらだって混乱しているわけですからね」
「うむ、それは十分に考えられる。よし、お前はすぐにミリスリーナ伯爵のところへ伝えに行け」
「えっ、橋が落とされたと仰られておりませんでしたか?」
カオルとオーロイス伯爵の話を聞いていた伝令の兵士は、ミリスリーナ伯爵のところへと命令されて困惑している。橋を渡らなければ到達できない場所に行けというのだから、当然の反応である。
だが、二人からは行けばわかるとだけ伝えられて、どういうことなんだろうかとわけも分からないままに屋敷から出ていった。
残ったオーロイス伯爵とカオルは、顔を見合わせている。
「さて、おそらくこちらを潰すつもりで来ているだろうから、我々の戦力だけでは不安しかないな」
「まあ、しょうがないですよ。こちらとしては気が付くのが遅れたわけですし」
状況が状況だというのに、二人揃って思った以上に落ち着いている。橋のことで対応を迫られている状況なので、慌ててもしょうがないといったところだろう。
「カオル、ずいぶんと頼ることになるかもしれないが、構わないだろうか」
「いいですよ。こそこそと汚い真似をしていやがった連中にやり返す、いい機会ですからね」
困った顔をしてカオルに話しかけるオーロイス伯爵。それに対して、カオルは意外と笑うだけの余裕があるようだった。実際は、腹をくくっただけなのだが。
ところが、腹をくくっただけではなく、大勢の敵が攻めてくることに少しわくわくしている。
それというのも、時代劇の撮影では自分は斬られる側のその他大勢だったことが影響している。
主役の役者のように、殺陣でばっさばっさと相手を斬り倒していくということを自分がやれるのかと思えば、それはちょっと楽しくなるというものである。
ただ、時代劇の撮影のように相手を殺さないというわけにはいかないだろう。なんといってもこれは戦争なのだから。
(この体で編み出した抜兎術で、うまく立ち回ってやるしかないか。すでに何人か殺しちまってはいるが、できることなら相手を殺さずに済ませたいからな)
カオルはぎゅっと拳を握り込んでいる。
そう、カオルは既に殺人を経験している。それは、自分がしばらく世話になっていた魔女の家が燃やされた時のことだ。魔女が死んだことによる怒りで我を忘れた際に、その場にいたならず者たちを一刀両断にしてしまっていたのだ。
前世が日本人であるので平和に済ませたいところだが、多くの兵士が攻め込んでくる戦争においては、あんまり甘いことは言っていられない。
「旦那様」
「どうしたカオル」
「勝ちましょうね。こんなせこい真似をする連中相手に負けるなんて無様なことだけは、絶対避けたいですからね」
「ああ、そうだな」
話を終えた二人は、各所に回って臨戦態勢を整えることを伝えて回る。
状況からしてそんなに時間的な余裕はないはずだ。それにここは王国における街道の重要拠点。明け渡すわけにはいかない。
時間的余裕がないということは、現在街に滞在している人たちを逃がすことも難しい。街道を押さえられている可能性だってあるのだ。状況は、住民たちを守りながらの籠城戦となることは確実だった。
オーロイス伯爵の指示で、次々と戦いに対する備えを行っていく。
敵はもうすぐそこだろう。
戦いの準備が始まってから二日後の昼。
「敵影、見えました!」
街を取り囲む塀の上から報告が入る。
「来たか……」
街の中からかき集めた兵力とともに門の前で構えるオーロイス伯爵たち。
その目の前には、自分たちを圧倒的に凌駕する数の兵力が姿を現す。
いよいよここに、戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。




