第52話 まだ見ぬ敵と強者の笑み
王都側とオーロイス伯爵の治める街とを結ぶサズー川の橋から下流。そこには大量の兵士たちが待ち構えている。
「どうだ。計画の発動から二年。そろそろ頃合いだろうということで、こうして出兵してきているわけなのだがな」
一番立派な天幕に、頭をオールバックにした無骨な男性が座っている。同じ天幕にいる若い兵士に対して声をかけている。状況を確認しているようだ。
「はっ、将軍。潜入している者たちによれば、そろそろ橋を壊すとのことであります」
「そうか……。ならば、その混乱に乗じて、我々は両岸の街に攻め入ればいいというわけだな。橋を壊されて混乱する連中など、恐るるに足らんというわけだな。ぐわっはっはっはっはっ!」
将軍と呼ばれた男性が、大きな声で笑っている。それだけ、自信がたっぷりあるということなのだろう。
笑っていたかと思えば、報告に来た兵士へと声をかける。
「みなのものに伝えよ。いつでも攻め込める準備をしておけとな」
「はっ!」
命令を受けた兵士は、すぐさま天幕を出ていき、各部隊へと伝達をしていく。
数名の部下と天幕に残った将軍は、部下たちに声をかける。
「お前たちも、準備はできておろうな」
「もちろんでございます、将軍」
「にっくきマサエウ王国に、大きな打撃を与えられるとあらば、準備を怠れるはずもございません」
「肥沃なサズー川左岸地域を奪い、マサエウを弱体化させてやりましょう」
取り巻きである三人の部下が、将軍の言葉を受けてそれぞれ答える。
その答えに満足をした将軍は、にやりと笑みを浮かべている。
「さぁ、我らがイダンカ帝国の発展のため、必ずやこの作戦を成功させようではないか!」
「おーっ!」
天幕に、将軍たちの大きな声が響き渡っていた。
その三日後のことだった。
将軍のいる天幕に伝令がやってきた。
「将軍、ご報告いたします」
「うむ、聞こう」
将軍の前に跪き、兵士は報告を始める。
「様子を見ていた兵士からの報告では、橋の爆破が行われたそうでございます」
「ほう、攻め入る合図があったということか」
報告を聞いた将軍は、にやりと笑みを浮かべる。だが、兵士の様子がどうにもおかしい。将軍もそれを感じ取って、少し表情を曇らせる。
「どうした。何かあったのか?」
「は、はい……」
「申せ」
「はっ!」
気にかかった将軍は、伝令の報告を詳しく聞くことにした。
それによれば、大量のリバーファングの死骸が、尖兵たちの潜む場所に流れ着いたということだった。
このリバーファングは、攻め入る際にさらに敵兵を混乱させるために密かに仕込んでいたものだ。うまく仕込んで川岸などには近づかないようにしていたはずなので、これだけでも将軍の顔を曇らせるには十分な内容だ。
それだけではない。
特に弱体化を狙っていた左岸側のオーロイス伯爵の暗殺に失敗したということらしい。
さらに加えれば、橋の爆破も完全に目標を達せなかったとのことだった。
この報告を聞けば、将軍の顔は曇るどころか険しくなっていく。
「なんだと! この役立たずどもが!」
だが、怒号を上げたのは将軍自身ではなく、取り巻きの部下たちだった。将軍は冷静に考え込んでいる。
「将軍、こうなっては一刻も早く攻め込みましょう。こちらの犠牲は増えるかも知れませんが、今さら計画を変更はできません」
「将軍、ご判断を!」
部下たちがうるさい。
それでも将軍は叱らなかった。それどころか、顔をにやつかせ始めている。
将軍の表情に気が付いた部下たちが、一斉に静かになる。
「しょ、将軍?」
「何を騒いでおる。合図があった以上攻め込むという選択肢には変わりがない。だが、それ以上に計画を邪魔したやつがいるということに俺は燃えているのだ。腕の立つやつをねじ伏せてこそ、勝利はより喜ばしいこととなる」
つぶやいた将軍は、勢いよく立ち上がる。
そして、右手を前へと勢いよく突き出し、部下たちに命令を下す。
「全軍に通達せよ! これよりオーロイス伯爵、ミリスリーナ伯爵の拠点を攻撃する!」
「はっ!」
将軍の命令で、一気に野営の中が慌ただしくなる。
将軍の部下たちも、一緒になって準備を始めている。
将軍は天幕から出ると、攻め入る方向を見て顔をにやつかせている。
(ふっ、俺たちが二年前から計画してきたことに、今さら気が付いたところで手遅れよ。だが、大量のリバーファングを討伐したほどの人物がいるとは、これほど楽しみなことはないというものだ。この戦、退屈しなくて済みそうだ)
初めは静かに立っていた将軍ではあったが、徐々にその体を大きく震わせ始めると、まるで堰を切ったかのように大声で笑い始めている。
「ぬはははっ、ぬはははははっ!」
将軍はまだ見ぬ強敵の影に興奮を抑えきれないらしい。
戦争に向けてせわしく動き回る兵士たちの中に、将軍の低く重い笑い声が響き渡っている。
このような人物たちを迎え撃つことになるカオルたちは、はたして無事に街を守りきり、退けることができるというのだろうか。
衝突の時は、着実に近付いている。




