第51話 計画と潜入
オーロイス伯爵邸地下。
ここには犯罪者を収監する牢屋がある。
「よかった、こいつらは無事か」
あれ以降、数日間の拷問を受けているので、すっかり弱り果てているが生きている。
オーロイス伯爵は、看守に命じて水を飲ませることにする。
「げほっ、がはっ!」
唐突に無理やり飲まされたこともあって、二人はむせかえっているようだ。
「は、伯爵……」
ライツ・レドモンドは、すっかり弱り切った眼でオーロイス伯爵を見上げている。
「ば、ばかな……。なぜ、ここに、いるのだ」
「なぜ、そのようなことを問う」
ライツはしまったというような顔をしている。拷問で弱まったがためか、ちょっとしたことで思わず口走ってしまったようだ。
対照的に、暗殺をしようとして乗り込んできた方の男はまったく反応しない。生きてはいるが、黙秘を続けているといったところだろう。
「言え。今の問い掛けの理由を吐け。お前らはどこまでを知っているんだ」
伯爵は二人に圧力をかけながら、カオルに合図を送っている。
伯爵からの合図を見たカオルは、腰に差している刀に手をかけている。
弱ってはいるものの、ライツの目にはその姿が映り込んだようで、思わず恐怖で後退っている。なにせ、投げた暗器は躱され、直後に強力な一撃を食らった記憶がよみがえったのだ。恐怖するのも仕方がないというもの。
「は、話します! 話すので、なにとぞ命だけは」
ライツが土下座を始めるが、その顔の横を鋭い風が駆け抜けていく。
「ひっ……!」
「てめぇ、俺たちの命を狙っておいて、自分は助かりたいだぁ? ふざけてろよ」
「あわ、あわわわわ……」
さらにはカオルから鋭い眼光を向けられて、ライツは完全に戦意喪失状態だ。
これでは話が聞けないというもの。やむなく、カオルはもう一人の囚人にターゲットを切り替えることにした。
「まったくしゃべらねえとは、ずいぶんと強情なやつだな」
垂れ耳ウサギの姿を持つメイド服を着たカオルに凄まれているというのに、男はまったくといっていいほど反応を示さない。
別に、拷問で弱っているというわけでもないようで、その視線からは敵意をひしひしと感じられる状態だ。
「へえ……、そういう目は嫌いじゃねえな。こういうところ会ったんじゃなきゃ、お前とは気が合いそうだったんだが、実に残念だよ」
「化け物風情が……っ!」
さっきまで黙っていた男が口を開いた。だが、次の瞬間、ライツが食らったのと同じように鋭い風が頬をかすめていく。
完全に皮膚が切れており、たらりと血が流れている。
「風魔法の使い手か」
「いかにも。刀がなくても使えるんだよ。まあ、俺はステゴロもできるから、どんな状況でも戦えるぜ?」
「くっ……」
男は険しい表情を浮かべると、再び黙り込んでしまった。
「我々はあまり手荒なことはしたくない。悪いが、洗いざらい吐いてもらうぞ。リバーファングのこと、我々を毒殺しようとしたこと、橋を爆破したことすべてをな」
「はっ! そうかい、川にかかる橋が爆破されたのか。ってことは、いよいよってわけだな」
さっきまでほとんど無口だった男が、唐突に不気味に笑い始めた。この突然の変化に、オーロイス伯爵やカオルはもちろん、看守たちも警戒をしている。
その状況の中でも、男はずっと笑い続けている。
「いよいよ、この王国に攻め入る時が来たのだ。はははっ、長く潜入して、じわじわと準備してきた努力が実るのだ、これほど嬉しいことがあるだろうか! ふはははははっ!」
「貴様! 一体何を言っているというのだ」
「なあに、じきに分かるというもの。ふっふふふ……。精々残りの余生を楽しむことだなっ! ぐぼっ!」
「こ、こいつ!」
笑い狂ったかと思えば、いきなり血を吐いて男は果ててしまった。どうやら、口の中に毒を仕込んでいたようだ。
だが、男は一人果ててしまったが、まだライツが残っている。オーロイス伯爵は、慌ててライツを問い詰める。
「どういうことだ。しゃべれば命は助けてやろう」
「ほ、本当ですね、その言葉……」
「ああ、裏切りに裏切りだ。相殺とまではいかなくても減刑くらいはしてやる。さぁ、一体何をしようとしているんだ」
普段は物腰柔らかな伯爵も、この時ばかりはかなり感情的になってしまっている。そのくらいに、果てた男の言葉が気になっているということだ。
「お、お話します」
減刑を約束されたことで、ライツはすべてを話す気になったようだ。
ライツは元々隣国の貴族の子息だったらしい。ある時、国から持ち掛けられた計画に参加して、王国の壊滅の尖兵としてこのオーロイス伯爵家にやってきたとのことだった。
ただ、ライツはリバーファングの持ち込みには関係していないらしく、伯爵家で働きながら、街の情報を隣国へと流していたとのことだった。
じわじわと増えていったリバーファングが計画に十分と判断され、計画が実行に移されようとしたところで、カオルがやってきたというわけである。カオルたちを殺そうとしたのは、計画に邪魔だったからだ。
話を聞いたオーロイス伯爵は、すぐに兵士たちに命じる。
「全兵に告ぐ! すぐに街の防衛を固めろ!」
街に緊張が走る。
来たる戦いは、もうそこまで迫っているのだ。




