第47話 両岸の伯爵と容疑者
オーロイス伯爵は、単刀直入に話を始める。
「我々の領都を隔てるサズー川に、こんな魔物が生息している。ミリスリーナ伯爵の方ではなにか把握していないだろうか」
テーブルの上に、しっかりと敷物を敷いた上で、真っ二つになったリバーファングを見せている。さすがにこんな魔物を見せられては、ミリスリーナ伯爵も表情を歪めている。
「なんだ、これは」
「冒険者ギルドの図巻にも載っているような魔物だ。貴様も知らないわけがないであろう」
「旦那様、これはリバーファングです。隣国の川に生息する魔物で、王国ではすでに絶滅している魔物ですよ」
オーロイス伯爵が怒った声を出す中、ミリスリーナ伯爵の侍従が説明を加えている。この分では、本当にミリスリーナ伯爵は知らないと思われる。
目の前のやり取りを見ながら、周囲にも気を巡らせているカオルだが、目の前の二人の反応にうそのようなものは感じられなかった。とはいえ、対岸のミリスリーナ伯爵はまだグレー。引き続きカオルは警戒を続けている。
(ああ、橋を破壊される危険性もあるだけに、あんまり時間は取りたくねえんだがなぁ……)
のんびりしていられないと、カオルは苛立ちを募らせている。
オーロイス伯爵は引き続き、ミリスリーナ伯爵にサズー川の惨状を話している。こちら側では怪しい人物を見ていないかなど、いろいろと確認をしている。
「私にいろいろと尋ねてはいるが、お前の方はどうなんだ、オーロイス」
質問攻めにイラついたのか、ミリスリーナ伯爵はオーロイス伯爵に問い返している。
「それについては、俺の方から話をしましょう」
反撃をしてきたのが気に食わなかったのか、カオルが反応をしている。
「メイド風情が何を」
「俺はこう見えても、旦那様の護衛を兼ねております。旦那様のやりづらいことであれば、俺が代わりにかぶってやるというものですよ」
カオルはそういうと、リバーファングのことなどをすべてミリスリーナ伯爵に伝えた。伯爵邸内に裏切り者がいて命を狙われたことも。
「他にもいるかも知れませんし、俺たちの方で問題が起きているのなら、こっちでも十分可能性があると思いましてね。それで、橋の状態の確認を兼ねて、ミリスリーナ伯爵様を訪問させていただいたというわけでございます」
「それは心配ご苦労。こちらは街に入る人間は入念にチェックをしておる。それほど心配することでもないさ」
「そうですか。大した自信でございますね」
「お前、生意気だぞ!」
カオルの口の利き方が気に入らないらしく、部屋に同じように滞在している護衛が剣を構えようとしている。
だが、その瞬間にカオルが顔を向けて殺気を放つと、護衛は怯んで剣から手を離していた。
「こ、こいつ……、亜人のくせに……」
(ふうん、人間以外の種族もいるみたいな言葉が返ってきたな。魔法があるような世界なら、いても不思議じゃねえよな。って、待てよ?)
護衛の言葉を聞いて、カオルは何かが引っかかったようだ。
「旦那様、ちょっとお聞きしてよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「亜人ってなんですかね」
「さぁ、知らないな」
オーロイス伯爵に確認をすると、知らないらしい。その流れでミリスリーナ伯爵やその侍従にも聞いてみる。やはり知らないという反応が返ってきていた。
となると……。カオルはピンと来たようだ。
「くっ!」
この様子を見ていた護衛が逃げようとする。
「遅えよ……。抜兎術、牙!」
だが、カオルがその動きを見逃すわけがなかった。刀を抜いて、そのまま柄で護衛の額を小突いている。
「かはっ!」
護衛はそのまま壁に叩きつけられ、小突かれた衝撃と壁に激突した時の衝撃の合わせ技で脳震とうを起こしたらしく、あえなくその場に倒れ込んでしまった。
突然のことに、二人の伯爵は驚いている。
「な、何をした」
「なぁに、ちょっと眠ってもらっただけですよ。こいつ、俺がこの王国内で一切聞いたことのない単語を口走ったんで、もしやと思ったんでね。逃げ出すってことは、そういうことですね。こいつ、その隣国とやらからのスパイですよ」
「なんだと!?」
ミリスリーナ伯爵は驚きを隠せなかった。
先程言っていたように、身の上に関しては徹底的に洗い出した上で採用を決めていたのだから。
「そんなん、いくらでも抜け道はありますよ。こいつは外見の似たやつの何かを利用したんでしょう。まったく、油断も隙もありゃしねえ」
カオルが気絶させた護衛は、物音を聞いて駆け付けた護衛たちにしっかりとぐるぐる巻きにされた上で、牢屋へと連行されていった。
だが、これでサズー川の両岸からこの街道を封鎖しようという企みが露見したことになった。王国を内部から切り崩そうとする勢力が、それとなく入り込んでいるということだ。
「いや、助かったよ、カオル」
「このくらいは当然ですよ。俺は、王国騎士を目指してますからね」
「そんな魔物みたいな姿をしておいて、王国騎士になれると思っているのか」
「なってやりますよ。魔物みたいな姿でも、女であろうとも、そんなものなんてのは関係ないって証明してね」
オーロイス伯爵からは感謝され、カオルはにこりと笑って答えている。一方で、ミリスリーナ伯爵からは罵倒のような言葉を投げかけられるが、それでも余裕は崩さない。これが一度やると決めたカオルの強さなのだ。




