第44話 怪しいやつとカオルの戦い
使用人たちの聴取を終えたのだが、部屋の中まで洗いざらい調べてみてまったく何も出てこなかった。つまり、使用人たちは白である。
ということは、疑いを向けるのは兵士たちだ。
そこで、オーロイス伯爵は、食事の担当者たちから当日に近付いてきた人物について聞いてみることにした。
この間、カオルの表情はとても険しいものだった。
(うーん、さすがににおいが弱すぎて、俺の鼻でもなかなか捉えられない。問題はあの植物をどこから手に入れてきたか、だな)
そう、カオルがずっと気にしていたのは、料理に混入されていた毒のことだった。
あれはとある植物を潰して作られるもの。においはほとんどなく味にも影響を及ぼさない。結構取扱注意の代物だった。
魔女がこのことを教えたのは、カオルに生きていく術を教えている時のことだった。毒草と薬草は似ていることが多いので、その流れの中で聞いたのだ。
そんな中、カオルの垂れた耳がぴくりと少し上向く。
「誰だ!」
叫び声とともに、カオルは壁に刀を突き刺す。
「ひっ!」
壁を突き抜けた刀が廊下まで届いていたようで、誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「誰だ、入ってこい」
さすがに神経質になっているオーロイス伯爵は、声を聞いて中へと呼び入れる。
怒鳴るような声で呼ばれたら、さすがに入ってこざるを得なかった。
「お前は、執拗に私を外に出そうとしていた兵士だな。なんでこんなところにいる」
「あ、いえ、俺は……」
どういうわけか、きょどきょどと挙動不審である。
オーロイス伯爵は、じっと見つめている。
「確か、ライツ・レドモンドだったかな。二年前くらいに雇った兵士だったな」
「旦那様、覚えてらっしゃるんですね」
「ああ、一応雇った人物は、全員顔と名前が一致するよ。それくらいできないと、領主なんて務まらない。さすがに、領民全員ともなれば厳しいがね」
入ってきた兵士から目を外すことなく、カオルの質問にしっかりと答えている。
この屋敷だけで百人以上が働いているというのに、その全員の名前と顔が分かるのだという。その話を聞いて、オーロイス伯爵は大したものだと思うと同時に、領主とは大変なものだと思わされた。
我に返ったカオルは、鼻に覚えのあるにおいが感じられたことに気が付く。
「こいつ、例の毒草を持っています」
「なんだと?!」
「……チッ!」
カオルが毒草のにおいに気が付いて指摘すると、ライツと呼ばれた兵士は突然走り出した。
「逃がすか!」
カオルはすぐさま走り出す。
軽装鎧を着た兵士と、ひらひらとした服装のメイド。どちらも走りにくそうである。しかも屋敷の中という狭い空間での追いかけっこだ。
この状況であれば、屋敷の中での活動経験の多い兵士の方が逃げ切れそうだが、カオルはウサギの魔物という身体能力を活かして徐々にその距離を詰めていく。
「捕まえ……」
カオルが手を伸ばそうとした瞬間だった。
「っと、危ねぇっ!」
兵士が何かを投げつけてきた。
魔物の持つ直感のおかげで、カオルは攻撃を躱せたが、気づくのが遅ければまともに食らっていた。
「くそっ、暗殺者かなんかか、てめえは!」
躱した影響で、距離を開けられてしまう。
カオルはやむなく、強引にでも兵士を取り押さえることにする。
「抜兎術、空!」
刀を思いっきり振り抜き、風魔法で兵士を狙う。
「ぐわあっ!」
風はあっという間に兵士に追いつき、天井へと向けて吹き飛ばしてしまう。その勢いのままに天井に叩きつけられた兵士は、実に痛そうな悲鳴を上げている。その様子を見たカオルはやりすぎたかと一瞬思ったが、毒物を盛った相手であるならまあいっかとすぐに心配することをやめたようだった。
「さっ、旦那様のところに戻って、洗いざらい吐いてもらうぜ」
床へと落っこちてきた兵士を土魔法がガチガチに固めると、カオルはそのまま兵士を引きずって、オーロイス伯爵の部屋まで戻ってくる。
だが、部屋まで戻ってきたカオルが見た光景は、とんでもないものだった。
「旦那様!」
そこで見たのは、横たわる使用人たちと、剣を持って戦うオーロイス伯爵の姿だった。
オーロイス伯爵の前には口を布で覆った、全身黒づくめの怪しい男が立っていたのだ。カオルが兵士を追いかけていった隙に侵入したようである。
「てめぇ! 一体何をしてやがる!」
激高したカオルが、兵士を部屋の入ったところに投げ捨てると、侵入者に向かって斬りかかっていく。
侵入者はその攻撃を見て躱す。
だが、カオルの刀はその動きにしっかりとついていっていた。
「ぐふっ!」
剣先が侵入者の腹部を確実に捉えていた。
その瞬間、カオルは冷静さを取り戻す。
(いかん、殺してしまっては話が聞けない)
危うく貫通させそうになっていた刃を引き、刀を返して改めて峰で斬りかかる。
「がはっ!」
強く斬られた侵入者は、その場に倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
「安心しろ、峰打ちだ」
そう発言したカオルは、刀をすっと鞘に納めていた。
だが、自分のいない間にオーロイス伯爵と使用人たちを危険な目に遭わせてしまったことで、すっきりしない気持ちでその状況を眺めている。
オーロイス伯爵の無事を確認し、悪者をしっかりと縛り上げたカオルは、使用人たちの状態を一人ひとり確認して回ったのだった。




