第41話 人食い魚とメイドの攻防
街を取り囲む外壁に取り付けられた明かりに照らされながら、カオルは川へと向けて移動している。
ある程度進んで来た時だった。カオルは異変を感じて足を止める。まだ川は遠いというのに、カオルの耳が何かを捉えたのだ。
(この音は、水音か。ってことは、リバーファングどもが俺の気配を察知した、ということなんだろうかな)
カオルの耳に、わずかながらに水の騒ぐ音が聞こえてきたのだ。
静かな状態であるのなら、こんな音が鳴ることはない。となれば考えられるのは、川の中に住み着いているリバーファングしか考えられなかった。
カオルの感知距離よりも遠い位置から、リバーファングたちはカオルの気配をかぎつけたようなのである。一度狙いを定めるとどこまでもしつこいようだった。
(まったく、めんどくせぇ魚だな。この流れだと、俺は二度とこの川を渡れねぇじゃねえか)
あまりのしつこさに、カオルも苛立ちを隠せないようである。
カオルの最終的な目的は、王国での立ち位置を確保して、魔女の仇を取ること。こんなところで足踏みをしている場合じゃないのだ。
焦りを感じたカオルは、やむを得ないと川へと突っ込んでいく。
バシャバシャという音が大きくなる。近づいてくる敵に対する、明確な攻撃準備だ。
この大きくなる音を聞いて、カオルはぎゅっと刀を握る手に力が入る。
「抜兎術、断!」
襲い来るリバーファングたちに対し、渾身の一撃を放つ。
振り抜かれた刀から発生した強力な一撃は、目の前のリヴァーファングたちを遠慮なく真っ二つにしていく。
カオルの編み出した抜兎術の中でも最高威力を持つ『断』だ。食らえばひとたまりもないだろう。
地上に落ちるびちゃびちゃというと音と、水中に落ちるぼちゃぼちゃという音が、しばらくの間やむことはなかった。
ほっとしたのも束の間、再び水音が響き渡る。
カオルは先程と同じように抜兎術を放ち、第二陣も返り討ちにする。まったくとんでもない量だ。
(どんだけいんだよ、こいつらぁ……)
なかなかやまない音に、カオルの表情が引きつっている。
よくよく見てみれば、地面には足の踏み場もないくらいのリバーファングたちの残骸。その数にはさすがのカオルもぞっと背筋が凍るほどだった。
だが、ここで怯むわけにはいかない。分かる範囲でとにかく数を減らさなければならない。
カオルは再び刀を鞘に納めて構える。
「抜兎術……空!」
再び刀を強く振り抜く。
刀から振り抜かれた一撃は、川を切り裂き、その流れを一時的に断ち切ってしまう。
抜兎術の中でも風の塊を発生させる技なので、切り裂かれた場所には風魔法が残る。そのため、そこだけ一時的に川の流れが止まってしまう。かなりの広範囲であるので、なんとも不思議な光景である。
(ひぃ、ふぅ、みぃ……、全部で五つか)
川の流れが途切れた中に、カオルはリバーファングの巣を発見する。意外なくらいに等間隔に、ほぼ一直前に並んでいる。これは明らかに人為的に作られた巣だと思われる。
だが、分からないのは、人為的だとしても誰がそんなものを仕掛けたかである。前世のように機械とかあれば話は別だが、ここは剣と魔法の世界だ。こんなことは到底無理だと思われる。
(わからねぇ。分からねえけど、見えた分はとっとと潰しておくか)
カオルは再び刀を構える。
ところが、そうはさせまいと、リバーファングが三度襲い掛かってくる。
(いちいち構っている間はねぇっ!)
カオルは仕方なく、襲い掛かってくるリバーファングごと斬り捨てることにした。
「抜兎術、閃!」
川底を傷つけないように、断ではなく閃を放つ。
縦方向に鋭く振り抜かれたその一撃は、飛び掛かってくるリバーファングごと、川底の巣を文字通り一刀両断にしていく。巣と卵と稚魚もまとめて斬り捨てたので、これで数はかなり減らせるはずだ。
だが、ここまでの騒ぎを起こせば、街の警備が気が付かないわけがなかった。
「なんだ、今の大きな音は!」
「敵襲か? すぐさま調査にあたれ!」
(やっべっ。見つかったら大騒ぎになるな)
カオルはあたふたとしている。
ちなみに大きな音の原因は、巣を探すために川を割った時の音だ。そりゃまあ、誰だって気が付くというものだ。
慌てたカオルは、そのまま川と外壁が迫っていく方向へと進んでいく。反対側に進めば間違いなく兵士たちに見つかるからだ。だが、そちらに向かえば、リバーファングたちが見境なしに襲い掛かってくる。
どうにかリバーファングを撃退しながら、カオルは扉のある位置までやってきた。だが、扉には取っ手がない。
それは当然だ。元々非常口で脱出用なのだ。外から開けられては意味がないというものだ。
万事休す。
カオルがそう思った時だった。
ガチャン!
カギが開く音がした。
(ありがてぇっ!)
そう思ったカオルは、再度リバーファングたちを蹴散らしながら、攻撃の手が緩んだ時に扉をこじ開けて中へと飛び込む。
助かった。
だが、極楽ではなかった。
「カオル、こんな時間に何をしているのかな?」
「げっ、だ、旦那様……」
そう、扉の向こう側にいたのは、オーロイス伯爵だった。
どうやら昼のカオルの様子を見ていて、動くだろうなと見張っていたらしい。
案の定動いたカオルを、オーロイスは一晩中説教をすることになった。その間、前世の影響からか正座をしていたカオルは、説教が終わった時には足がしびれてしばらく動けなくなっていたのだった。




