第3話 ウサギ獣人と褒美の願い
それからというもの、ロップスの活躍によって、魔女の生活は激変していた。
床も見えずに埃もかぶっていたような魔女の家は、すっかり見違えるほどにきれいになっていた。
ここまできれいになると、ロップスもだいぶ時間が余るようになってくる。そんな余った時間を、ロップスは自己鍛錬のために使うようになっていた。
「おや、ロップス。何をしているのだ」
研究の息抜きで家の外に出てきた魔女は、ロップスの様子を見て思わず質問をしてしまっている。
この時にロップスが行っていたのは、、いわゆる体感トレーニングというもの。体が変わってしまったので、一からの鍛え直し。そんなわけで、動けるようになってからは毎日欠かさずにこなしているのである。
「師匠。何って、体を鍛えているんですよ。いざって時に師匠を守れなかったら、従者として失格ですからね。だいぶこの体に慣れてきたので、もうちょっと負荷を上げてもいいかな」
ロップスは魔女の質問に答えながら、鍛練のメニューを考えているようだった。
自分が研究の末に生み出した存在とはいえど、魔女は目の前の存在がまったく理解できないようである。
「やれやれ、殊勝な心掛けではあるが、いまいちわからぬな」
ぽつりとつぶやいた魔女は、再び家の中へと入っていった。
なんとなく魔女の気持ちが分かるので、ロップスは特に何も思うことなく、鍛練を続けている。
ただ、正直なところ、ロップスには不満があった。
魔物とはいえど女性であり、服装はずっとメイド服だからだ。他の服を所望してみても、魔女からは突っぱねられてしまっていた。下僕の使用人であるのなら、この服装が正装だと言われれば、元日本人であるロップスにはまったく言い返すことはできなかったのだ。
そんなわけで、不満を抱えつつも、メイド服を着たまま鍛練を続けるしかなかったのである。
その日の夜だった。
「ロップスよ。以前に私が言ったことは覚えているかな?」
「どのことでしょうか、師匠」
魔女の問い掛けに、ロップスは何度もまばたきをしながら聞き返している。
「宣言通りのことをし続けたのならば、褒美をやろうといった件だ」
「ああ、仰られてましたね、そんなこと」
ロップスはかろうじて思い出せたようである。そのせいか、表情ははにかんでいるように見える。
「で、褒美は何がいいかな?」
魔女はロップスの様子にお構いなしに、褒美に何が欲しいのかと圧力をかけてくる。
普通なれば、ここでずいぶんと考え込むところなのだが、ロップスの心は既に決まっていたようだ。
「従者として、師匠を守るための武器が欲しいですね。特に刀であればなおよいという感じです」
「うむ……? 刀?」
ロップスが迷いなく答えた内容を聞いて、魔女は首を捻っているようだ。どうやら、この世界では刀というものがないらしい。
これはどうしたものかと、ロップスは困ってしまう。
その時だった。
ロップスは自分が手に持っているものに気が付いた。
そう、食事をする上で使うナイフだった。肉や野菜などを切るためのナイフは、小型の刀といってもいいようなものだからだ。
「師匠、刀というのはですね……」
それからというもの、ナイフを片手に、ロップスによる説明が始まった。
実に事細かいことまで説明をしていくと、さすがの魔女も困惑した表情を浮かべている。どうやら、魔女の理解を超えたようなのだ。
「ま、まぁ、待て……。早口で説明をされても、聞き取れなければ意味はないぞ」
「あっ、すみません」
なんということだろうか。それに加えてオタク特有の早口まで発動していたようだった。これでは、説明が意味をなさない。ロップスは素直に反省をしている。
しかしだ。そこは研究者気質の魔女だ。興味を覚えたようである。
「ふむ、剣身が小さく反り返った、片刃剣といったところか。話を聞いていると、鋳造ではなく鍛造で造られているようだな」
「ああ、その通りだ。熱くなった金属を叩いて伸ばして形を整えていくんだ。鍛冶場を見学させてもらった時に、それは感動したもんだよ」
小学生の時かそこらで、両親に連れられて見学したのがきっかけだったらしい。それ以降、ロップスは刀の魅力にとりつかれたのだという。
それが高じて刀鍛冶に進むかと思いきや、刀を扱う役者の道だったという。
どうしてそうなったというと、刀に興味を持っていたところに、修学旅行で行った江戸時代のテーマパークが合わさったからだという。
「分かった分かった。私は錬金術をも扱う、魔女と呼ばれる魔法使いだ。私で再現できるか分からないが、できるだけやってみよう」
「お願いします、師匠!」
魔女の前向きな答えに、ロップスの目はキラキラと輝いていた。
おそらくウサギ獣人となってしまってからでは、最大の目の輝きだろう。
魔女も魔女で、これはいいことだと考えていた。
隠れ住んでいるとはいえ、いつどんなやつがやってくるか分からない。ロップスに相手をさせて追い返せば、自分の研究時間がさらに確保できると踏んだようなのである。
(ふふっ、これはやってみる価値があるわい)
魔女は不敵に笑っていた。
様々な思惑が入り乱れてはいるものの、その日の食事はいつもよりもさらにおいしく感じられたようだった。




