第2話 ウサギ獣人と抱く気持ち
こうして魔女のお供として、新しい生活が始まった。
垂れ耳ウサギということもあって、ロップイヤーじゃねえかと嘆いたものだから、名前はロップスと決まってしまった。
その瞬間から、兎沢薫改めロップスとして生きることになった。
最初の間は混乱していたものの、魔女の下僕であるのなら悪役っぽくていいかと、この状況を完全に受け入れてしまっていた。
(はぁ……。まぁいっか)
メイド服に身を包んだ垂れ耳ウサギの獣人という、少しばかり不名誉な姿ではあるものの、ロップスは魔女の庇護下で今日も一生懸命頑張っている。
「ふむ、思ったより上手に料理を作るものだな」
いきなり料理を作れと言われた時は戸惑ったようだが、幸い魔女の家の中には、見慣れた調味料がたくさん並んでいた。さすがに味噌と醤油、それとマヨネーズはないものの、塩や胡椒、ソースといったものがあればある程度の再現は可能なのだ。
「これでも、一人暮らしで料理を作ってきたからな。さすがにあっちの料理の再現とはいかねえが、まぁ、食べてみてくれよ」
「まったく、口の利き方がなっておらんな。だが、そこまで自信があるというのなら、食べてやろうではないか」
ロップスが自信たっぷりに言い放つものだから、魔女は料理を口へと運ぶ。
口に入れた瞬間、目を思いっきり見開いているので、どうやら口には合ったようだ。
「ふむ、味もいい感じだ。まったく、これは予想以上の結果だな。これならば、私もこれまで以上に研究に打ち込めるというものだな」
魔女は表情をほころばせている。
嬉しそうな表情を見て、ロップスもずいぶんと満足しているようだ。
「何をしているのか知らねえが、ここで住まわせてもらえるんなら、身の回りの世話くらいなら引き受けてやるよ」
ロップスは自分に対して親指を向けながら、自信たっぷりに魔女に言い放っている。
実に生意気そうなウサギ獣人を目の前にして、魔女は不敵な笑みを浮かべている。
「そこまで言うのであれば、やってもらおうではないか。そうだな、その宣言通りに事を行えたのであるなら、その時には褒美を与えてやろう」
「おっしゃ。そういうことなら任せておいてくれ」
頑張る様子を見せたロップスに対して、餌で釣ろうとしているのだ。普通ならば警戒しそうなところではあるが、何かをもらえると聞いてロップスは単純に喜んでいた。
それというのも、こんな姿になったとはいえど、ロップスにはどうしても欲しいものがあったからだ。
全身の姿は獣のように見えるが、手や足などを見れば、人間と骨格が変わらないようだった。ならば、以前のように刀を握れるのではないかと考えたからだ。
悪役とはいえどずっと時代劇俳優として過ごしてきたロップスにとって、刀というのは自分とは切っても切れない関係にある。それゆえに、褒美として刀が欲しいと思ったのだ。それが、このやる気の理由である。
当然ながら、魔女からしてみればやる気を出させるための甘言でしかない。だが、ここまでやる気を出すとは思ってなかったので、なんともおかしな気持ちでロップスを眺めていた。
そんなこんなで、ロップスは魔女の下僕として、しっかりとその役目を務めあげていた。
そもそも役者であるがために、自分の役どころに対しては忠実がモットー。ゆえに、こんな予想外な状況に陥っても、しっかりとその役割を果たせてしまうのだろう。
あと、何気に一人暮らしが長く、家事のほとんどもきちんとこなしていたというのも大きい。
研究で忙しい身であった魔女は片付けや掃除といったものがどこかなおざりになっており、それなりに分かるようにはなっていたものの、家の中はそこそこ散らかっていた。
ところが、そんな散らかりも、ロップスの手にかかればなんてことはない。役どころは悪役でも、私生活いたってまじめだ。魔女も見違えるほどに整理整頓された屋内が、そこには展開されていた。
「おお、床がこんなに見えるのも、久しぶりだな」
「師匠は散らかしすぎなんだよ。時間がなかったとはいっても、散らかしてしまえば余計に時間を取っちまう」
「まったく、私の下僕のくせに意見するとはな。ますます面白いものだ」
魔女はロップスを見ながら笑っている。
「それにしても、なぜ師匠と呼ぶ。何も教えてやったつもりはないんだがな」
「さぁな。多分、師匠が俺のことを助手に使うからとかいったからだろう。なら、いろいろと教えてもらう立場になるから、先生とか師匠とか呼ぶのが適切だと思ったんだよ」
「なるほどな。魔物のくせに、異様に頭が切れるというものだ。まっ、好きに呼ぶとよい」
口ではどうでもよさそうな風に言っているものの、魔女の表情は少し嬉しそうに見えた。その表情を、ロップスもしっかりと見逃さなかったようである。
(しばらく見てきて思ったが、師匠はどうも素直じゃなさそうだな。そのおかげで、こっちでの生活も楽しめそうなんだが……)
魔女が自分の部屋へと戻っていく姿を見ながら、ロップスは複雑そうな表情を浮かべている。
それもそのはずだ。
見知らぬ世界へとやって来たのだ。元の世界での自分たちがどうなってしまったのか、そこが気になってしまう。
ただ、急激に意識を失っていったので、向こうの世界の自分は、おそらく死んでしまったものと考えられる。
「はぁ、もっと役者のこととか殺陣のこととか、後輩に教えてやりたかったな」
こうなってしまっては、もう向こうには戻れないだろう。
ちょっとした未練を抱きながらも、ロップスは家事を再開させたのだった。
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